女嫌いと、また日常
――ピピピ!
「…………」
珍しく目覚まし時計に起こされる。
いつもは目覚ましが鳴る前に起きるってのに。
「じゃあ学校行ってくる……」
「いってらっしゃーい!」
母さんに一言残して玄関を出た。
早朝の静かな住宅街が目の前に広がっていた。隣の家の外壁工事も終わったようで、足場がきれいに外されていた。きれいな真っ白い壁が気持ちいい新築だった。
誰もいない見慣れた景色だ。
「…………」
おれは淡い期待の時間だけそっと待って、登校した。
その後の学校生活はとくになにもなく、いつもどおりだった。
「ああ、ハードルはおれが片付けておくよ」
朝は陸上部の朝練。
「…………」
昼は真面目に授業に取り組み。
「わはは!」「だっはは!」
ときどきセキカンと馬鹿話して。
「…………!」
放課後はまた部活をする。
「はっ、はっ……!」
家に帰ってからは日課のジョギングで公園周りを走って。
『旬ー、ごはーん』「ん、わかったー……」
勉強後に夕飯と風呂に入って就寝する。
そういうサイクルで日付はあっという間に過ぎていった。
それはいつもどおりで、とくになにもない日常だった。いままでどおり、おれの日常だった。
退屈で、ことさら取りあげることのない、平穏。
「旬……旬?」
「ん、ああ……なんだ、セキカンか」
「なんだじゃねーよ。オレの話、聞いてたか?」
「聞いてない」
「聞けよ!」
「寝てたんだよ」
「短い休憩時間に器用なヤツ。次移動だぞ」
「へ……」
ああ、移動教室ってことか。
「次なんの授業だっけ?」
「オマエ。ぼーっとしすぎだろ……寝不足か?」
「ちげえよ。で、なんの授業?」
「オマエなあ……」
珍しくセキカンに呆れられ、次の音楽の授業ではリコーダーを忘れて先生にも怒られ、同じクラスのやつらに笑われた。
休憩時間に入り教科書をしまって、黒板を消しに向かった。
今日の日直はおれだった。
「ああ、津島くん。ここはあたしがやっておくよー」
黒板にはすでに女のほうの日直が居て、黒板を消していたがおれはそれでも手を差し出して言った。
「上のほう、おまえじゃ手届かないだろ?」
「あ……」
相手の背ではどう考えても黒板の上のほうまでは手が届かなかった。
「なんか、ごめんね」
「気にすんな、このくらい……」
そう言っておれは女から黒板消しを奪い取るようにして黒板を消した。
「……ッ!?」
「どうした?」
「え、ううん! ただ、なんかいつもより津島くん近い気がして……」
「……?」
「それになんか口調が男らしくて……いつもの津島くんと違うような……」
「そんなことないだろ……」
そういや、クラスの女と自分からこんな間近で話したことなかったな。
まあ、どうでもいいことだ。
おれは日直の仕事を、淡々と片付けた。
その後も廊下でたくさんのプリントを抱えた女が並行してきた。
「谷山、そのプリント多くない?」
「ああ、津島くん……先生から数学準備室にある古いプリントを職員室に運んでくれって……」
「さっきからフラフラして倒れそうだぞ。おれが代わってやろうか?」
「ええ、悪いよ……」
「いいから。任せろって……」
「ええ……」
女は戸惑いながらこちらを向いてくる。
一方おれはおれで必死だった。いいからそのプリントの束を早く渡してくれ。
(さっきから廊下の隣をフラフラ歩かれて、いつこっちにぶつかってくるかわからないんだから!)
おれはさっきからハラハラして気が気じゃなかった。これならいっそ自分が運んだほうがいくらか気が楽だ。
「本当にいいの……? 重いよ?」
「力仕事なら男のほうが向いてるし」
「そう言ってくれるなら……」
申し訳なさそうにしながらも、こちらにプリントを渡そうとしてくる女に、おれは無表情で言った。
「あ、プリントはいったん廊下に置いてくれ」
「え゛っ?」
「ちょっと、かなこ! ボール飛ばしすぎ!」
「……?」
移動教室のため中庭を通っていると、バレーボールが足元に飛んできた。
どうやらどっかの学年の女どもが休憩時間にボールで遊んでいたらしい。
おれはそれを拾いあげて、女どもがこっちに向かってくる前に声をかけた。
「おおーい、これおまえらのかー?」
「あ、はーい! ごめんなさい……いま拾いに行きますから……」
「あ、いいから。投げるからキャッチしろよー」
「……?」
見当違いの方向に投げ飛ばされたボールをおれは片手で軽く女どもに投げ返した。
それを見事にキャッチして、女どもは驚いたような顔をした。
「わっ! あ、ありがとうございます……?」
「気をつけろよー」
「はーい!」
それだけ言っておれは目的の西校舎に向かった。
(まったく、遊ぶならしっかりと周りを確認してくれ。こっちに近づいてくるかと思って、寿命が縮んだぞ)
早めにボールを投げ返せてよかった。
内心ほっとしつつ西校舎に入っていった。
「なんか津島くん、最近ワイルドじゃない?」
「わかるー! 口調がぶっきらぼうで投げやりっていうか……気だるげなところがいいんだよね!」
「なのに、私たちが困ってるところ見ると向こうからやってきて手伝ってくれるんだもんねえ!」
そういう噂話はせめて本人がいないところでやってくれ。
教室の隅で女どもは聞こえてないと思っているのかもしれないが、丸聞こえだ。
「でもどうしたんだろう? 津島くんが荷物持ってくれたり優しいのはいつもなんだけど……最近マジで雰囲気変わったよね?」
「うんうん。なんかだるそうっていうか……落ち込んでる?」
「誰かに振られたのかも?」
「はあ?」
「ないない! あの津島くんだよ、誰が振るのよ!?」
はあ。なんか教室居心地悪いな、廊下に出るか。
「…………」
おれは席を立って、廊下に出た。窓から校庭を眺める。
休み時間のグラウンドは閑散としていて、その光景を見ているとさざ波だった心が落ち着くのだった。
いつもどおりだ。そう、以前となにも変わらない。
なにも変わらないはずだ。
おれは灰色のグラウンドを眺めながら、そう思った。
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