あんたら誰やねん!?知っとるけどな魔石院
light forest
第1話 トイレに行ってる間に、人生最大の厄介事
この国ではな、太陽より月より、
何よりも魔石院の布告が一番大事や。
ほら、見てみい。
今朝も「来月より、全国民の歯の詰め物に使われる魔石のグラム単価を10%引き上げます」ていう、
意味わからん貼り紙が広場にデカデカと
貼ってあるやろ? これ、誰が考えとんねん。
歯の詰め物て。虫歯増えんのか?
魔石がなければ、腹は膨れん。
家も建てられん。子供らの学費も払えん。
そして、その魔石の出し入れから、
歯の詰め物の値段まで、全部を管理しとるんが、
この国にそびえ立つ真っ黒いデカい建物、
魔石院(まほういしいん)や。
あそこにおる役人どもはな、生まれてこのかた
誰一人として国民に選ばれたことなんかないねん。
なのに、国の偉いさんらがどんなに
熱弁ふるうても、民のためになるええ話が
進んでも、魔石院の帳簿係がひょろひょろ~っと
現れて、魔法のそろばんを「チリンチリン」って
一回弾きながら
「予算が枯渇する恐れがあります」
「財政規律が乱れます」って
呪文のように唱えれば、全部パーや。
一瞬で白紙に戻るねん。
まるで、目の前で美味しいもんが
消えてなくなる魔法でも
見せられてるみたいに。
ホンマ、なんであいつら、
あんな偉そうなんやろな?
いや、偉そうというか、
もはや「魔石の精霊」みたいなもんや。
国民の貯金箱を握っとるだけやのに、
顔は青白いし、目ぇギラギラしとるし、
常に数字のことしか考えてへん。
前にウチの村に来た魔石院の視察団はな、
村長が
「今年は豊作で、魔石の生産量が去年より
2%上がりました!」って報告したら、
全員で「おおおぉぉお!」って、
まるで子供が新しいおもちゃもらったみたいに、
本気で感動しとったわ。
そんなん普通、村長の頑張りを褒めるべきやろ?
そんなアホみたいな、でも権力だけは
異常に持ってる奴らが牛耳るこの国で、
今日もワシらは魔石に翻弄されとるねん。
「で、パンピーさん。今回の魔石院の予算会議、あんたが行くってことで、満場一致やから!」
俺、パンピーこと山本一郎、48歳。
町の片隅で電気屋を営む、ごくごく平凡な
中年のおっさんや。
その日、町内会の会合で、この世で一番聞きたくないセリフを耳にした。
ちょうどトイレから戻ってきた瞬間のことや。
「はぁ!? なんやそれ! アホちゃうか!?」
思わず叫んだわ。
机をバンッて叩きそうになったけど、
大事な茶碗がひっくり返ったら面倒やから
思いとどまった。
会議室に座ってた連中は、
みんなバツが悪そうに目を逸らす。
町内会長の山田のおっちゃんが、
汗をだらだら流しながら言うた。
「いや、パンピーさん。誰も行きたがらんかったもんでな。ちょうどあんたが席を外してる間に、みんなで『あ、パンピーおらんな。じゃあパンピーでええやん』って…」
「そんなんで決めてええわけあるかい!
ワシ、魔石院なんて柄ちゃうねん!
数字なんか見ただけで頭痛なるし、
あの魔石院の奴らの顔見たら
蕁麻疹出そうなるわ!」
隣に座ってた魚屋の源さんが、
肩を叩いてきた。
「まあまあ、パンピー。今回は頼むわ。
うちの商店街もな、この前の集中豪雨で看板壊れたんやけど、修繕費の魔石が降りへんのや。
魔石院が
『天災は予見不可能。予算計上は困難』
の一点張りでな」
「そうや。うちの畑も、新しい灌漑用水路作らなアカンねんけど、
魔石院が『過去のデータに基づき、
この地域の降水量は十分と判断』やて。
水不足で米枯れても知らん顔やで!」と
八百屋のオバハンも口々に言う。
みんな、魔石院への不満と、どうしようもない諦めが入り混じった顔をしとる。
俺だって、人のことは言えん。
最近、店の古い魔石冷蔵庫が調子悪うて、
修理用の魔石部品を申請したんやけど、
「効率性から判断し、新規購入の方が長期的には安価。しかし、新規購入費用は支出過多」って、
結局どっちやねん!みたいな返答で、
もう何がしたいのか分からんかったわ。
「あんな連中と顔突き合わせて、
何の成果があるっちゅうねん…」
そうボヤいたら、町内会長が焦った顔で
「いや、パンピーさん。今回はな、
特に重要な議題があるんや!」と言うた。
「なんやねん、重要な議題って…」
「この町の、子どもらが遊ぶ唯一の場所、
『きらきら魔石公園』の閉鎖の件や」
俺は、その言葉にピクリと反応した。
きらきら魔石公園。あそこは、ウチの孫も、
近所の子どもらも、毎日走り回っとる場所や。
老朽化はしてるけど、みんなで大事に修繕しながら使ってきた、この町のシンボルみたいなもんや。
「閉鎖やて? なんでやねん!」
「魔石院が言うには、『遊具の維持管理費用と、公園の利用頻度を考慮すると、採算が合わない。遊具を撤去し、跡地を魔石貯蔵庫として再利用するのが最も効率的である』…やて」
それを聞いて、俺の頭の中で何かがブチッと切れた。
「アホちゃうか…!」
思わず立ち上がった。いや、ちゃう。
もう一回、ちゃんと座り直した。
あかんあかん。こんなところで感情的になっても、損するだけや。でも、
子どもらの笑顔が消える公園を想像したら、
身体の芯から熱いもんが込み上げてきた。
「…分かったわ。ワシが行く。あんたらがそこまで言うんなら、行ってやるわい。ただし、何の成果も出んかったら、文句言わんといてや」
そう言うと、会議室の連中は、ホッとしたような、申し訳なさそうな、複雑な顔で一斉に頭を下げた。
そして数日後、俺はあの、この国にそびえ立つ真っ黒いデカい建物、魔石院の会議室に座っとった。
周りには、俺と同じように疲れた顔した、
あちこちの町の代表らしきおっさんやおばはん、
それに若造が数人。
そして、壇上には、
青白い顔して魔法のそろばんをピコピコ弾いとる、魔石院の役人どもが座っとった。
その中に、ひときわ背が高く、顔色が悪く、まるで感情の抜け落ちた人形みたいな男が、
不気味な笑みを浮かべて座ってた。彼が、今回の予算会議の責任者、魔石院のエリート中のエリート、「予算削減の鬼」と恐れられる魔石院総務部長、冷血(れいけつ)なる金子(かねこ)や。
「さて、皆さま。本日も財政規律を遵守し、我が国の未来のための、有意義な予算削減議論を進めてまいりましょう」
金子が、感情のない声でそう言うた。
その声を聞いただけで、俺の腹の虫がキュルキュルと音を立てる。まるで、金子の言葉が、俺の胃液を逆流させる魔法でもかけたみたいに。
会議は始まった。最初から最後まで、彼らの話す言葉は、俺には理解不能な専門用語と数字の羅列やった。
「…つきましては、遊具維持管理費の対前年度比78.3%削減、公園敷地の魔石貯蔵への転用による
年間収益3.5%増を見込み、
当該『きらきら魔石公園』の閉鎖を、
算術的に妥当と判断いたします」
金子が、目の前に積まれた分厚い書類を指差し、
そう言い放った。彼の魔法のそろばんは、
なぜか宙に浮いて、自動で数字を弾き、会議室の壁には、緑色のレーザーでグラフと数字が立体的に映し出されとる。
「アホちゃうか…」
俺は、またボヤいてしまっとった。声に出してしまっとった。
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