ストック(それを愛と呼ぶなら)
昔からストックというものが苦手だ。
キープも。
(だからこの日記の善し悪しも日によるのかもしれない。ストックはなく、気分がいい日も悪い日も、その日その日で書いている。いや、これは言い訳ですね笑 すみません。)
ものが増えてくこと、ものに囲まれていること、無くなっても替えがあるということに安心ではなく、不安を感じる性分なんだと思う。
ミニマリストという言葉が流行る前から、無意識にミニマリストだった。捨てられないものといえば、手紙や小さい置物-ガチャガチャのような-くらいで広いところにちまちまとものを置く学生時代だった。
だから常に、私の周りはスッキリしている。
人間関係もほとんどが浅く広くなので、あるタイミングでさっぱりとする。
ただ、八方美人なので、いつでも関係を復活できるくらいにはいい印象を残すことを忘れない。にも関わらず、大学生くらいでその張りつめていた糸がプッツリと切れた。
20歳以降は私のことを嫌いな人が、それ以前よりも増えたと思う。まあ、それもそれで大事なことだと思うことにしてる。
もやもやするととりあえず掃除と断捨離をする。捨てるものがない時は、模様替えをする。どうもすることがない時は洗濯をする。
本当は外に出たほうがいいんだろうけど、どうも面倒くさい。
どうして、こんなに苦手なことを考えているか。
それは就職問題にある。
色々受けてみた結果、完全に自分を見失った。何がしたいか、とかそんな前向きな気持ちはどこか遠くに飛んでいってしまった。
だから、苦手なことや嫌なことを考えることにした。
そっちの方がぱっと思いつきやすい。皮肉なものだ。夢や希望を探すのに、反対のものを考えた方が近道だなんて。
ということで私は今日も部屋で1人悶々と嫌なことを考えている。
そして、ストックよりも苦手なことがわかった。
誰とも話さない、どこにも行かないそんな1日が1番嫌だと。そんな鬱憤をLINEや電話で仲のいい友人にぶつけている自分が嫌だと。
はやく仕事を見つけて、1日中話倒したい。
そしたらまた文章を書ける気がする。
そんな今日の1曲。
Uruで『それを愛と呼ぶなら』
何もしない、望んだ生活だったはずなのに、違ったみたい。やっぱりなんでもやってみないとわからない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます