第二十二話「クレイ、はじめてのクエスト」

「【ヒーーープノシーーーーース】ッッッ!!!」



 クレイの両手から、紫色のもやが放出され、受付嬢の目に吸い込まれた。

 受付嬢は、目から光を放ちながらプルプルと震え始める。


「イビリリリリリリリリリリ」

「おい! なんてことを!」

「話は早いに越したことはありません!」


 受付嬢は首をパキン、ポキン、と鳴らしてから、人形のような笑顔で言った。


「ゴチュウモンヲドウゾ」

「ほら、壊れちゃったじゃないか!」


 頭を抱えるフィンに、クレイはあっさりと答える。


「時間が経てば治りますよ」

「この前の憲兵、まだ土食ってたぞ!」

「ゴチュウモンヲドウゾ」


 こうなれば、このまま話を続けるしかない。


「その、ソロパーティーの……」

「おしどり夫婦でパーティーを作りたいです!」

「オシドリフウフ、ノ、パーティー、ヲ、サクセイシマス」


 首をがくんがくん動かしながら、受付嬢は書類に羽根ペンを走らせていく。


「わたくしはクレイ・アーチボルト! 職業は良妻賢母です!」

「リョウサイケンボ、トウロクシマシタ」

「もう無茶苦茶だ……」


 あまりにも強引な方法で、クレイはあっという間に冒険者の資格を得てしまった。

 結局フィンとクレイは、ふたりでパーティーを組む、ということになった。



「いや、言ってみるもんですね!」

「言うだけで済んでないだろう君は」

「うふふ、これ、もらっちゃいました!」


 クレイは発行された“冒険者の証”を、嬉しそうにかざしている。


「旦那さまとおそろいです!」


 そんなことを言って、嬉しそうに飛び跳ねるクレイ。

 フィンは小さくため息をついた。


「で、このクエストだ……」


 【治癒の薬草】の収集。

 王都の薬草不足は、未だに続いているらしい。


 加えて、ここリーンベイル近郊では上質な薬草がよく採れる。

 外からの依頼としては一般的なものだ。



 クレイには薬草の知識がないので、受付でサンプルをもらって来た。

 ギルドを後にし、街の門に向かって歩きながら、フィンはクレイに説明する。


「いいか、この草を集めるんだ」


 それを聞いて、クレイは首をひねった。


「なにかわからないことがあれば聞くぞ」

「これを山で集めるんですか? 非効率すぎませんか?」


 フィンはもう学習している。

 こういうときは、だいたいマズいことが起こるのだ。


「いいか、地道なクエストをこなすのはとても大切なことで……」

「大切ならば、これをいっぱい育てればいいんですよ!」

「すぐに育てば苦労はない。だいいち【治癒の薬草】の栽培は学者でも難しいって聞くぞ。だから……」

「であれば、この良妻賢母にお任せください!」


 フィンの指から【治癒の薬草】を抜き取って、クレイは道に突き刺した。


「おい、なにを……」




「【コンポーーーーーーーーーーースト】ッッッ!!!」




 クレイの両手が金色に輝いて【治癒の薬草】へと注がれる。



 ――ぴくっ、ぴくぴくっ


 【治癒の薬草】が、奇妙にうごめいた。


「君、今度はいったいなにを……」

「これでクエスト完了です!!」


 クレイがウィンクしながらサムズアップをキメた瞬間――。



 ――どばぁあああああああああああああああああああ



 【治癒の薬草】が凄まじい勢いで繁殖を始めた。

 地面一帯が一瞬にして緑色に染まるさまは、まるで森の洪水だ。


 急速に成長を続ける【治癒の薬草】は、道から家屋の壁に至るまで埋め尽くし、憲兵隊の詰め所やら領主の屋敷まで飲み込んでいく。


「なにが起こっている! なんだこの草はァアアアアアアアア!!」

「退避!! 退避ィィィッッ!!」



 いっぽうその頃。

 エドガー・ビンツ男爵は、自慢の庭で庭師たちを怒鳴りつけていた。


「3日後には王都よりモルデン侯爵がお見えになるのだ! 雑草の一本でも残っていたら承知せんぞ! 手を抜いた者は家族もろともこの街から追放してやる!」

「男爵さまぁ、ひとつ質問がございますだ……」

「なんだクソジジイ、申してみよ」



 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



アレ・・は……雑草に入りますかいのぅ……?」

「……アレ?」


 男爵が振り向いた瞬間、緑の波が、自慢の庭のすべてを飲み込んだ。


「わ、わしの庭が、グワァーーーーーッ!」


 大量の薬草に押し流され、男爵は植木のバラに顔面から突っ込む。

 バラのトゲは男爵の、たぷたぷにたるんだ頬や顎を容赦なく切り刻んだ。



「あばばばばばばば!! ギャアアアアアアいだだだだだだだだだ!!」



 しかし無数の切り傷は【治癒の薬草】によって一瞬で回復した。




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