第11話~道三、信長を語る~


 那古野で、『じゃんけん』が流行り始めた頃、美濃みの国にある稲葉山いなばやま城では、二人の男性が言い争っていた。


「父上、あなたと言う人はこの美濃の国を、あの『うつけ』に売り渡すおつもりか!!」


 父親を罵倒ばとうする男の名はー斎藤 義龍さいとうよしたつー帰蝶の兄である。

 その義龍に父上と呼ばれた男こそ、一介の油売りから大名にまで登り詰めたー斎藤 道三さいとうどうさんーその人である。


「義龍よ。お主には解らぬか?あやつは『うつけ』をよそおっているのだ。あの信長と言う男は、頭の切れる奴よ。」


 そう言って、道三は信長と正徳寺で会見した時の事を思い出していた。




 時は天文22年4月。

 信長が真弥達と出合う前の事である。

 道三は、帰蝶の夫である信長が噂通りの『うつけ』なのかを見極めるべく、正徳寺にて会見を行うことにした。



「さてはて、信長と言う男が噂通りであれば良いがな。」


 尾張からの街道沿いにある物置小屋に身を隠し、道三は信長一行が通るのを待っていた。

 信長は自分を慕い集まって来た、悪ガキ達と一日中野山を駆け回っていたことで、よく知られている。

 尾張領の民からは、『うつけの若様』と揶揄やゆされていた。

 しかし、道三は信長の奇行が何か別の意図があってのように思えるのであった。

 それを確かめる為にも、道三自身の目で見て、判断しようと思ったのである。

 直に会い、それでも尚『うつけ』であれば織田家を滅ぼし、尾張を自らの領地にすれば良いと思考えていた。


「殿、どうやら信長の一行が来たようですぞ。」


 物思いにふけっていた道三に、側近の一人が報告する。

 格子窓から覗き見ると、尾張領から軍列が現れた。


「な、なんだあの長さの槍は!!」


 先頭を歩く足軽兵の持つ槍が、通常(約4m)の倍の長さをしているのである。


「と、殿、信長軍の鉄砲の数が…」


 足軽兵の後には、アサルトライフルを持った鉄砲隊が続いて行軍している。

 その数、およそ1,000


「信長と言う男は、いくさを根本から変える気でいるらしいな。」


 道三は、側近達にそう告げる。

 側近達は一様に驚いていた。


 今までの戦は、遠距離攻撃といえば弓矢を使った攻撃であるが、かなりの練度が必要になる。

 しかし、信長は鉄砲がさほど練度が必要でなく、容易に敵を倒す事が出来ると知り軍備の比重を鉄砲に切り替えた。

 周辺諸国と比べ、信長の保有する鉄砲の数は明らかに多かった。


「しかし、殿、いくら軍備が優れていても、大将があれでは織田家の先は無いのでは?」


「確かにな。」


 道三の視線の先には、いつもの格好をした信長が姿勢を崩した状態で馬に乗っていた。

 その姿を見た道三は「噂は事実であったか。」と思い、これなら帰蝶に密使を遣わし尾張を支配するのも面白いかもしれない。等とほくそ笑んだ。


「殿、信長があの様な者ならば、尾張領も我等のものになる日も近いようですなぁ。」


「そのようだな。せっかく正装をしたが、あれなら平服でよかろう。」


 そう言って道三は、羽織を脱ぎ会見に臨むべく会場である、正徳寺へ向かった。



 正徳寺に到着した信長は、


「道三の様子は、いかがであったか?」


「はっ、道三と家臣の者達が既に揃っております。」


「そうか。」


 会場の様子を伺っていると、使者が現れ


「信長殿、道三様がお待ちかねでございます。」


 信長に催促を促す。


「支度をいたす故、しばしお待ちいただきたい。」


「はぁ?道三様やお歴々の方々がお待ちなのですぞ。」


「とにかく、支度が調い次第向かう故しばしお待ちくだされ。」


 使者を黙らせると、信長は準備に取り掛かる。

 長持から着物を引っ張り出すと、連れて来た女中に着付けを任せる。

 暫くして、着付けが終わり準備が調った旨を使者に伝え、会場に向かう。


 控えの間から信長が出ると、使者がぽかんと口を開けて信長を見ていた顔は傑作だった。と、後に真弥達に信長が笑い話をしていた。


 信長が会見の間に到着し、使者が口上を述べる。


「信長様、到着されました。」


 信長が入場した時、会見の場が騒然としたのは言うまでもない。

 行軍中の格好とは違い、見事な意匠を施した着物を着こなし、堂々と入場したのである。


織田おだ上総介かずさのすけ信長のぶなが、まかり越して参りました。」


「よくお越し下さった。織田殿にお会い出来る事を心待ちしておったのだ。」


しゅうと殿にそう言っていただけてこの信長、恐悦至極に存じます。しかし舅殿は、随分楽な格好をしておられるようですね。」


「きょ、今日は、少し暑いのでな。」


「左様でございますか。しかしわたくしは少し肌寒く感じますが?」


「織田殿が、来られるまで『素振り』をしておったのでな。」


「そうでございますか。私はてっきり、物置小屋でこちらを覗いていたから、かと思いました。」


 道三とのやり取りで、信長が徐々に追い詰める。


「な、何を根拠にその様なことを?」


「大したことでは、御座いませんが物置小屋から視線を感じたものですから。」


 信長がそう言って周りを見ると、道三と何人かの家臣が視線を逸らした。

 信長は立ち上がり、


 「舅殿、私の値踏みは終わりましたかな?いかに舅殿と言えども、この信長に刃を向けるとあらば、容赦は致しませぬぞ!!」


 そう言って道三に背を向けると、「然らば、御免。」と口にし、会場を後にした。

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