第18節 身の程
如月視点
バキバキ、とあたしの頭上から大きな音がし、上を見上げると燃えた屋根の破片が落ちてきた。
足が動かない。
大きな物音が立て続けに鳴り響いた。
「生きてる?」
恐る恐る目を開けると、頭上に落ちてきた破片がなくなっていた。
「ケガはないかい」
「え? なんで」
何故かクロノさんが学校の中にいた。
「説明は後だよ。早く出なさい」
クロノさんが、壁を吹き飛ばし、その後を通る。
あたし達が学校から出た途端に屋根や壁が崩れ始めて、物凄い音と火の粉を立てた。
もし、まだ学校の中にいたらと思うとヒヤッとした(こうなる前に一酸化炭素中毒で死んでいたかもしれないけど)。
「ありがとうございます」
クロノさんは、今まで見たことない表情だった。
「何をやっているんだ。日本って国では火事があったときに戻っていいと教わっているのか」
そんなことはないけど。
言い返すこともできず黙々とクロノさんの説教を聞く。
それからずっとあたしが死んだら親御さんに顔向けできないとか、僕が助けに行ってなかったらどうなってたか、と言われ続けた。
「でも、ありがとう。この子達を助けてくれて」
ナミタちゃんを抱き寄せていた。彼女は安堵からか泣いている。
本当に助かってよかった。
「ヨハネちゃんは大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫だ、と思う。煙を多く吸ってしまったようだ。今国の医療班に見てもらっている」
「如月さん!」
セシルが人混みの中を割いてやって来た。
「ほんと心配させないでください」
あたしと会うなり抱きついて泣いていた。
「ごめんね」
セシルの頭を撫でる。
あたしは本当に周りに恵まれているな。こんな風にあたしのことを叱ってくれる人、心配してくれる人がいて嬉しかった。
「とりあえず、水を飲んで横になりなさい」
クロノさんに促され、兵士が建てた応急所となったテントに置かれたベッドに横になる。
あたしと同じように怪我をしている人はいなかった。
「ケガはないかい?」
今まで通り口調が柔らかくなっていた。もう怒っていないのだとホッとする。
「肌がところどころヒリヒリするのと、足が火傷すごいと思います」
火の中にスカートを履いて生足だったから足が痛いし、足を見てみると皮膚がただれているところがある。
これじゃあ、お嫁にいけない…。
「少し失礼」セシルのお父さんはあたしの足をジッと見て、手のひらを出した。
次の瞬間、手のひらが優しい光に包まれ、ケガが光に触れるとみるみるうちに治っていく。
「すごい」
セシルが魔法で、歌川の傷を治しているところは見たけど、それよりすぐに治ってる。
「そういえばクロノさんはどうやって学校の中に入ったんですか?」
学校の壁にでかい穴が空いてたことを思い出す。
「これさ」
クロノさんの手から風が出ている。
「回復魔法以外の使えたんですね」
セシルが言っていたような気もしなくもないし、学校にトーテムがあったり、あたし達がこうやって話せるようになっているのも納得がいく。
クロノさんは鼻息をたて自慢げに語る。
「もちろん、これでも僕は国の魔法学校で学んでいたからね」
この人以外と凄いかもしれない。
「よし。酷そうなところは
そういうと、手のひらの光がなくなった。まだ火傷は完璧に治っていないところもある。
「あの、まだ治っていないんですけど」
「これは罰だよ。あんな危ない行動をしたからね」
「ええ、そんな! あたし女の子ですよ。火傷が痕になったらどうするんですかぁ」
「そのときは治してあげるから安心して。とりあえず、今はゆっくり休んで反省しなさい」
セシルのお父さんは消火活動に戻る、と言っていなくなった。
応急所に取り残されたあたしはセシルと、話すことがなく静かになった。
応急所自体、ケガ人があたし以外出ていないからか、衛生兵と思われる人が2、3人しかいなくてずっと
「なんで戻ったんですか、自分止めましたよね」
セシルは俯きながら言った。いつもは淡々と事務的に話しているのに、今は感情が強くこもっているからか、ザラついた話し方だ。
「そうだけど、子ども達がいるんだから誰かが助けないと」
「だからって、あなたまで危ない目に合う必要はないはずです」
あたしは黙って頷いた。
「今回はお父さんが助けたから良かったものの、目的である子どもを助けることもできないであなたまで死んだら元も子もないですよね」
「おっしゃる通りです」
セシルは目から涙が静かに流れた。
「ごめんね、心配させちゃって」まさか泣くなんて思ってもいなかった。
セシルの頭を撫でる。
「そういうことじゃないです、もっと」
途切れ途切れで息を吸うのも大変そう。久しぶりに誰かの涙を見た気がする。
あたしの頬を急にビンタしてきた。
「ええ… なんで」めちゃくちゃ痛い。傷口にもあたってるし。
セシルは椅子から立ち上がり、あたしを馬乗りして見る。
「いいですか、絶対自分を大切にしてください。自分は最低なのでハッキリ言いますと赤の他人の子どもなんてどうでもいいです、勝手に学校の中に入ったのが悪いしこんな夜遅くに遊ぶのが頭悪い」
セシルがため口で話しているのを見て
「正直すぎるし、口悪すぎない?」
「あなたも馬鹿! 火の中戻るって本当に馬鹿」
「さっきも怒られたって」
「あなたはヒーローでもなんでもないんですよ。ただの17歳の女の子です」
セシルは肩を上下に揺らして鼻をすすり泣いている。手で何度も何度も拭ってないている。
あたしには、セシルがここまで泣いている理由がわからなかった。出会って2ヶ月近くしか経っていないのに、なんでこの子はここまで心配してくれるのかが全くもってわからなかった。
ナミタちゃんみたいにあたし達部外者を嫌う人だっているのになんでだろう。
「なんでそんなに悲しんでるの?」
「初めての友達だからじゃないですか」
泣きながら言うから綺麗な顔がぐちゃぐちゃで面白い。
「ごめんって」
セシルを胸に抱きしめて笑う。
「なに笑っているんですか」
「かわいいなーって」
セシルはあたしの二の腕をつねる。
「反省してください」
いたたたたた、とリアクションするとつねるのをやめてくれた。
「うん、反省する。ごめんなさい」
セシルはあたしの上に乗るのをやめて横に寝っ転がる。シングルサイズのベッドだから
とても
疲れているけど、興奮しているからか寝付けなくて今まであったことを思い出す。
急に見知らぬ世界に来て、聞いたことない言葉、国の名前、初めて現実で見る魔法。
どれもこれも初めての体験で心が踊った。
3人の中であたしが一番浮かれていたのかもしれない。普段人助けなんてしたこともなかったから。目的地がわからず困っている人を、見てもあたしはあたしのことで精一杯だ。でも、世の中には自分のことだけじゃないくて他人のことを気に掛けることができる人がいる。
あたしはそんな人になりたかった。保身で周りに反対ばかりする自分じゃなくて周りを、巻き込むような誰かのためになるような、生き方をしたかった。
あたしはこんな漫画みたいな世界に来て、自分もひょっとしたらアミ達みたいに強くな
れると思っていた。でも実際は違った。
ナミタちゃんをかばって殴られることも、あたしをかばって包丁で傷つけられることも
できない、誰かをかばって死ぬことすらできない。
あたしはヒーローでもなんでもないただの17歳だったんだ。
それがなんか悲しくて涙が出てきた。
「どうしたんですか?」
「ごめん、ちょっと疲れちゃった」
セシルの胸を借りて泣く。誰にも泣いてる声が聞こえないように泣く。
「少し休みましょう」
セシルは自分と一緒にシーツを肩までかけて、あたしの頭を撫でる。
「うん、少しだけ」
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