第一章 ただいま、銭湯中につき その4 猪口編

 店に入ってから、注文以外、二人は何も話さなかった。

 最初に口を開いたのは猪口からだ。

「何の用だ? 葛城」

 葛城、と言われた男は、すぐには答えず食べていたカレーを咀嚼して嚥下しコップに冷水を継ぎ足して一気に飲み干した。

「猪口警……今は、猪口さんのほうがいいですね……今朝のトップニュースは見ましたか?」

 かつての部下からの問いに猪口は少し考えた。

 

 今朝のニュースは政権与党の幹部議員と有名女子アナの不倫騒動だった。

――世間は相も変わらずバカ騒ぎが好きだ

 ゴミ捨て場のカラス様に騒ぐタレントを見ながら朝食の塩鮭を少し口に含み飯を入れる。

 と、突然、場面が変わった。

「臨時ニュースです!」

 その放送局のベテランアナウンサーが報道フロアーから原稿を読んだ。

「世界的ミュージシャン、カシリズム・ミスタリ氏が星ノ宮空港で狙撃されました。幸い怪我はありませんでしたが近くにいた男性が死亡……はい? 『映像が入った』? では、当時の様子を監視カメラが撮影していますので……」

 そこで猪口は家族の了承もなくテレビを消した。

 朝食を食べ終わって、少し病弱な孫のために幼児番組を見ていた。

 来客があった。

 高校の後輩を名乗る男性だ。

 一瞥しておおよそ、猪口は理解した。

 最初にしたのは昼ご飯を作ろうとしていた息子の嫁に「俺、こいつと外で飯を食うから自分の分は省いてくれ」ということだった。

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