第10話 何だかんだ上手くいきそうな二人



 どうせ断れない婚姻なら、王家には少しでも誠意を見せていただかないと、というのが公爵夫妻の言い分だった。


 そして問題児のお守りを、将来性のある才色兼備なルフィルオーネ公爵令嬢に押し付けたという負い目がある王家は、二つ返事で了承したという。



「という訳で王家からは、慰謝料を支払う用意がある、と言ってきております」


「慰謝料……ですか?」


「はい。せっかくのお申し出ですから、存分に吹っ掛けさせていただきましょう?」


「ふ、吹っ掛け?」


 箱入りのお姫様であるイリーナには聞き慣れない言葉に、目を白黒させている。


 そんな彼女につい怒りのあまり、心が乱れたついでに言葉も乱れてしまいましてっ、と慌てて頭を下げる侍女。



「あぁ、私としたことがっ。大変、失礼致しました!」


「ぜ、全然いいのよっ。気にしないで!」



 自分達のせいで色々ギリギリらしい彼女を、これ以上刺激しないようにと、明るく言う。



「ありがとうございます。浮気と婚約破棄を繰り返す男は、客観的にみて最悪ですわ。お嬢様をバカにするにも程があります。そう思われるでしょう?」


「そ、それはっ。そう、ですわね?」



 言葉の端々から、侍女の静かな怒りを感じとったイリーナは、反論を飲み込みコクコクと頷く。


 一方、女主人から賛同を得た侍女は上機嫌になって続ける。



「そうなんです! 王家からは婚約を継続してくれるなら、お嬢様のお望みのものを何でも用意するといってきましたが……どうされます?」


「……何でもいい、ですって?」


「ええ。お望みのものを、王家の威信にかけて贈ってくださるそうですわ」



 その途端、イリーナの顔がパアッと輝くのをみて、侍女は嫌な予感がした。



「まあっ。それほどおっしゃってくださるのならやはり、わたくしの一番欲しいものをいただきませんとっ。一番と言ったらやはり……」


「あ、王子の肖像画はダメですからね」


「え」


 先回りして、否定する。


 やっぱりそうきたか。



(そんな悲しげなお顔をされてもダメですから!)



 素早く釘を指され、しゅんとしたイリーナを見ると少しだけ胸が痛むが、ここは譲れない。



「ダメ、ですの?」


「ダ・メ・で・す! これ以上はいけません。今でも使用人達に大変に不評なのですよ、このお部屋」



 それにもう飾る場所がありません、と部屋中に隙間なく飾られたアレクシス王子の肖像画を、げっそりと見渡しながら言う。



「はぁぁぁ……ダメですの……」



 侍女の言葉にガックリと肩を落とし、残念そうに深々とため息をつくものの……。



 こんなことでめげる彼女ではなかった。


 何しろ、この手の攻防は、初めて王子と出会った日から延々と繰り返されてきたのである。立ち直りも早い。



「で、ではわたくしが手に入れていない王家秘蔵の映像記録をいただきたいですわ!」



 ちゃっかり次の要望を言い出したが、長年側仕えをしている侍女はピンときた。こちらが本命だと言うことに……。


 確かに王家には、子供達を溺愛している国王夫妻により、あらゆる年代の映像記録が山のようにある……らしい。


 最近、王宮に遊びにいった(?)お嬢様が王妃様から聞いたのだと、興奮したように話してくれたので覚えている。


 その時から随分と羨ましそうされていたが……ずっと言い出す機会を狙っていたようだ。


 しかし、である。


 これはどうみても誘導されている。


 王妃の罠で間違いない。



(いいこと思いついたみたいにおっしゃってますけど、それ一緒だからっ。お嬢様の唯一の弱点、王家に晒す訳にはいかないのですよ!)



 一応、王子に惚れていることはバレていても、王子の顔に弱いことにはまだ気づかれていないのだ……奇跡的に。


 こちらに有利な条件を引き出すまで、この事はできるだけ長く隠し通さなければいけない。



「……それ、別に今じゃなくてもいいですよね?」


「え?」


「考えて見てください、お嬢様。ご結婚なされば、いつでもどこでも殿下を見放題ですよ」



 これからいくらでも実物を見れるのですから、わざわざそんなもの、今頼まなくてもいいですよねと言う。



「み、見放題だ、なんてっ。そ、そ、そ、そっ、そん」


「それよりもお嬢様……」



 真っ赤になって言いよどむイリーナの言葉を遮り、真正面までずずいっと寄ってきたかと思うと、もっと現実的な実のあるものをいただきましょうよと言う侍女。



「え? 実のあるもの……ですか?」


「ええ」



 アレクシス王子は婚姻後、王籍を離れる予定だ。王位継承権を放棄し、臣下に下る。


 その際、王家の直轄地の一つを爵位と共に譲り受け、イリーナと共に治めていくことになるのだが……。



「そこで、リンドヴァルの地をいただきたいとおねだりしてしまいましょう?」


「……ですが、候補地はもう決まっていたと思うのですが」



 イリーナの言う通り、アレクシスには北部の商業都市の一つ、ウィグモアの地を下賜される予定だ。



「それはそれ、これはこれですわ。両方いただけばよろしいのです」



 少し図々しいのではと言うイリーナにキッパリ言い切る。



「これは慰謝料なんですよ、慰謝料。何でもくれるとおっしゃっているのですから。この際、いただけるものはしっかりいただいておきませんと」



 アレクシス王子のだらしない女性関係のせいで、イリーナに魅力がないせいではないか、などと言う不名誉な噂も一部で流されたのだ。


 勿論、そんな噂は公爵家の総力を上げてぶっ潰した訳だが、愛するイリーナの為にも、元凶からきっちり分捕ってやらねば気がすまない、というのが公爵家の総意だった。



 リンドヴァルは、王家が持つ直轄地の一つで国内でも比較的気候が穏やかな土地だ。


 そのため古くから、保養所や貴族たちの別荘地として有名で、勿論、王家の離宮もあった。


 これといった産業は無いので税収はウィグモアほど期待できないものの、避暑地として賑わう夏の間は社交が盛んで、諸外国からの訪問客も多く活気が溢れる町になる。


 そして何より重要なのは、公爵家の領地とも一部、隣接しているということ。


 ウィグモアとリンドヴァルは地理的には離れているが、これなら問題ないだろう。


 色々と手も口も出しやすいし、工作もしやすい。



「……と言う、お父様のご意見なのね?」


「そうですわ」 



 実はもう、テコ入れの方法も目処がたっているらしく、ルフィルオーネ公爵は張り切っていると教えられた。


 では初めから、わたくしの意見など聞く気はなかったのではないですかとむくれるイリーナ。


 しかし、長年仕えていた侍女は小さな変化を見逃さなかった。


 不服ですという表情をしながらも、イリーナの口角が少し上がっていたことに……。



(わたくし、お父様とお母様に愛されてますのね……)



 公爵夫妻の真意を瞬時に見抜いた彼女は、才女と名高い公爵令嬢らしい……さすがだった。


 徐々に気持ちが落ち着いてきたのを見て取った侍女は、具体的な計画を伝えると……。


 聞かされたイリーナは、そういうことならと納得せざるを得なかった。



 その計画とは、王子の唯一の才能である「音楽」という分野を生かした街づくりをすること。


 楽器製造などの産業を興し、音楽学校やオペラハウスが立ち並ぶ、いずれはこの国一番の音楽の町へと成長させる。


 広告塔として、宣伝効果抜群のアレクシス王子がいるのだ。


 他のことはダメダメでも、音楽だけは天賦の才がある彼が先頭に立てばきっと成功する。何しろ、周りにはイリーナをはじめとした優秀な人材が揃っているのだ。


 王家も全面的に協力するだろうし、第三王子の才能惚れ込んだ支持者も多い。


 支援金などあっという間に集まるはずだ。どうとでもなる。



「分かりましたわ。ではそのようにお願いします、とお父様にお伝えして」


「はい。畏まりました」



 頭を下げて礼をとりながら、何だかんだいって、愛するお嬢様の未来が上手くいきそうな予感に、少しだけホッとした侍女なのだった。





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仮面舞踏会で婚約破棄なんてしようとするから…… 飛鳥井 真理 @asukai_mari

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