大人になるために5

「そして私の父はこの国の王です」


 まあ、そこに関して予想はついていた。

 全くこの国に関して調べずに来たわけでもない。


 大領主だと言われていた時からそのような立場にある人であることはリュードにもなんとなく察せられていた。


「血人族でもやはり強い子、特に先祖返りにまでなると貴重ですから私は父上に可愛がられました。


 そのために私は腹違いの兄弟姉妹に疎まれて育ちました。

 私が今大領主なんて任されているのも先祖返りのためで本来ならお姉ちゃんが大領主になるはずでした」


「そんなのラストが努力したおかげよ」


「ううん、私がしてきた努力なんてお姉ちゃんがしてきたものに比べたらまだまだお姉ちゃんに敵わないよ。


 それで、ええと……大領主に誰がなるとかは今はどうでもよくて。

 血人族には昔からある風習があるんです」


 先祖返りではなそうだけどデコピンの威力といいレストもそれなりに強そうではある。


「その風習っていうのが大人になるためには試練を乗り越えなきゃいけないってものなんです。


 血人族は試練を乗り越えなきゃ大人として認めてもらうことができないんです」


「ふーん……」


 竜人族や人狼族にはない風習。

 大人になるために何かしらの試練を課されてそれを乗り越えなきゃいけない。


 全く関係のない話をするはずがない。

 ということはこの大人の試練が何か関わりがある。


 リュードはうっすらと話のこの先の展開が読めてきた。


「その大人の試練なんですけど何も1人だけで挑まなきゃいけないってわけでもないんです。


 血縁以外の同行者を1人だけを連れて大人の試練に挑むことができるというルールがあるんです」


 もちろん1人で挑むこともできますが、とサキュルラストは付け足した。


「……正直な話、この大人の試練を私1人で乗り越えられる自信がない。


 理由は私の兄姉が原因です」


 グッとサキュルラストの顔が暗くなる。


「大人の試練には私のことを疎ましくおもっている兄姉が関わってきます。


 試練の内容によっては命すら落とすこともあるのですがきっと兄姉たちは事故を装って私の命を狙ってきます……


 なので……」


 サキュルラストとレストが悲しそうな顔をする。

 言葉が出てこなくなってサキュルラストが唇を一文字に結ぶ。


 目に涙が込み上げてくる。

 自分が情けない。


 昔は神童とも呼ばれて王である父親に可愛がられ、姉であるレストの地位を奪うように大領主の座まで任された。

 なのに自分1人でできることはあまりにも小さくて他人を頼るしかない。


 自分の境遇を自分で説明しておいて胸がいっぱいになってしまった。

 まだ話は終わってないのに泣いてしまいそうで、言葉を出すと涙も出てしまいそうで少しだけ沈黙する。


 リュードも急かすマネはしない。

 ゆっくりと次の言葉を待ってやる。


「……なので、誰か一緒に行ってくれる人を探していたんです」


 込み上がってきた涙は引っ込んでくれなかった。

 堪え切れなかった涙が一筋目から流れ落ちる。


「……なんで俺に声をかけた?


 別にこの国がそんなに人材不足じゃなさそうだと思うけど」


 一緒に大人の試練を行ってくれる人を探していることは分かった。

 けれどリュードに声をかけてきた理由は分からない。


 もっと知り合いとか信頼のおける人の方がいいはずだ。

 それこそ別にリュードじゃなくてレヴィアンでも良さそうな話だ。


 涙を見せてしまったサキュルラストをレストが抱きしめる。

 非難するような視線を向けられるリュードだが悪いことは何もしていない。


 これじゃあ単なる八つ当たりである。


「そりゃあいっぱいいるわよ、立候補者も。


 でもねぇ、大体の人の目的がラストの体か地位かなの。


 その上多くの人が兄さんたちの息がかかっている人物なの」


 サキュルラストを引き継いでレストが答える。


 なんの見返りもなく命の危険まである大人の試練を手助けするものは少ない。


 サキュルラストはこれからもっと美人になっていくし、大領主である。

 大人の試練を手伝うことでその恩恵にあずかることを代わりに要求する連中もいる。


 それだけではない。

 大人の試練は血人族にとって長い歴史を持っていて、ある特定のことに意味を持ってしまうことがある。


 昔大きな身分の差がある男女がいた。

 その男女は愛し合っていて恋人であった。


 しかし身分に大きな隔たりがあるために恋人であることは周知の事実でありながらも公言はしていない公然の秘密であった。

 

 ある時、女性が大人の試練に挑む時に同行者として恋人の男性を連れて行くことにした。

 父親が選んだ優秀な護衛ではなく、勝手に男性を同行者としたのであった。


 父親は怒りを露わにし、大人の試練の難易度を故意に上げた。

 ヘタをすると自分の娘が死にかねない蛮行。


 父親の頭が冷静になる時にはすでに2人は試練に挑んでいて、父親は娘の無事を祈った。


 2人は互いに信頼し合い、互いに協力して大人の試練を見事に乗り越えてみせた。


 父親は自分の所業を深く反省し、2人の愛をたたえた。

 男性のことを認め、身分の差にも関わらず2人の仲を許し、最後には結ばれた。


 そんな話が巡り巡って大人の試練にはもう1つの側面が生まれた。

 愛の試練なんて呼ばれることもある婚約のような役割すらも持ち合わせることになったのである。


 身分差がある男女が困難な大人の試練に挑むことでその愛を認める。

 大領主で王の娘であるサキュルラストは簡単に手を出せる相手ではないのでそこで大人の試練を利用する。


 サキュルラストの夫になれば大領主の権力を利用できるし、王族入りも果たすことができる。

 立候補した連中の中にはそうした結婚を前提とした協力を申し出する者もいた。


 婚約でなくとも利益の便宜を図ってくれればいい人も少しはいるが少数派である。


 そしてそのような結婚や権力目的でない人は何が目的なのかというと、サキュルラストに接近することが目的なのである。

 サキュルラストをよく思わない者、サキュルラストの兄姉たちの息がかかった者たち。


 今回は兄姉が関わってくるし、王族で先祖返りで力のあるサキュルラストの大人の試練となると高難度が予想される。

 力のある者でサキュルラストが声をかけるものは数が限られているのだがそのような人たちはもう息がかけられているか、事前に脅しでもかけられたのかサキュルラストの話すら聞いてくれない。


 だから結婚を前提とした人か、息がかけられないほど弱い人か、それとも1人で行くか。

 サキュルラストに残された選択肢はあまりにも非情なものであった。


 兄姉の息がかかっているものにしても、結婚を前提に権力を狙うものにしても信頼はできない。


「そんな時にあなたが現れたのよ」


 血人族はいわゆる吸血鬼である。

 現代ではあまり血を吸わなくても生きていけるので吸血行為は国内で行われる献血によって賄われている。


 相手がどんなであれ血が吸えればいいのではない。

 やっぱり強い相手の血がいいのは本能的なもの。


 そのために血人族はニオイで相手の強さがなんとなくわかる。

 獣人族の勘と似たようなもの。


 ルフォンのように嗅覚的に優れているのではなく相手の魔力の濃さというものが濃いなとわかるのである。

 この能力を利用して魔力の濃い相手を探して血をいただいていたのは遥か昔のことである。


 先祖返りのサキュルラストはより詳細に相手の魔力の強さが分かる。

 リュードからはこれまでに感じたことのないほどの魔力の濃さというものを感じていた。


 サキュルラストは最近毎日祈っていた。

 誰でもいいから私を助けてほしいと。

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