変態的な別れ1

 タコのクラーケンに関していわゆるかんこう令が敷かれて、クラーケン討伐のお祭りもゆっくりと熱が冷めつつあった。

 そうこうしている間にも北側から進められていた犯罪、魔物一掃作戦は順調に進んでいって多くの悪人が捕らえられた。


 これは別に他から流れてきた、来ていないを問わずにやっていたことであり、ヘランド王国はクラーケン討伐と合わせて非常に平和で安定的な国となった。


「私たち、ここに残ります」


 リュードも入院していたのだけどルフォンの方が死にかけたということもあって長く病院にいることになった。

 ようやくルフォンも退院することになり、もうすぐ国境封鎖も解かれるということで今後どうするかを話し合おうとした。


 そこでエミナが意を決したように切り出したのであった。


「えっ、どうして……?」


 予想もしていなかった言葉。

 ルフォンは意外な言葉に驚きを隠すことができない。


 すっかり一緒にいることに慣れてしまった。

 本来どこか拠点となる場所を決めてそこで別れるという話だったことも忘れてこの先ずっと一緒に旅するつもりでいた。


 リュードとしてもエミナたちと無理に別れようとは思っていない。

 ルフォンのようにずっと一緒だとは思ってなくともまだ別れるような時じゃなさそうだと思っていた。


「私、クラーケンの討伐に参加して自分の無力さを改めて痛感しました」


 同じアイアン+でもリュードは今回の討伐の英雄。

 魔法1つでクラーケンを翻弄してみせて、戦いを大きく優位なものへと導いた。


 ルフォンもルフォンで目覚ましい活躍とは言えなくても確実にクラーケンの足を傷つけていて、あんなことがなければ危なげすらなかった。


 対してエミナは魔法部隊として参加して、ドランダラスの指示のもとで魔法を放っていた。

 リュードの魔法のような効果はなく、その他大勢の参加者の1人でしかなかった。


 魔法でもダメージは与えていたので役に立っていないわけではなかったけれど、役に立っていると誇れるような成果は何一つなかった。


「この先にお2人がどんな旅をしてくのか、それは私には分かりません。


 でもこのままだと、私がいるときっといつか2人の足を引っ張ってしまいます……」


「そんなこと……」


「待ってください。


 最後まで、私の話を聞いてください」


 リュードもルフォンもきっと足手まといなんじゃないと言ってくれるし、困ったら仲間なんだから助けてくれると言ってくれる。

 けれどそうじゃない。


「嫌なんです。

 私の力不足のせいで2人に苦労をかけたり、もしかしたらケガしちゃうことが。


 2人は大丈夫って言ってくれるけど私が大丈夫じゃないんです」


 自分が足手まといになっていると思うのだ。

 魔法の強さも立ち回りもまだ未熟で、何もかもが足りていない。


 2人がどう思っているかではなく自分がどうなのかである。


「エミナちゃん……」


「これまでリュードさんとルフォンちゃんの強さと優しさに甘えてきてしまいました。

 でもそれじゃダメなんです。


 自分でなんとかしないと……またきっと2人に甘えちゃいます」


 決意に満ちたエミナの目。

 初めて出会った時の頼りなさげで自信のなさそうな少女だった頃の目とはだいぶ違っている。


「2人はどうするんだ?」


 ヤノチとダカンにも視線を向ける。

 いきなりエミナだけ残るとは考えにくく、3人で話し合ったようであるし答えはわかっていた。


「私たちもここに残ってエミナと組んでパーティで活躍していくつもり。


 故郷も近いし、なんてたって困ったらこの国の王様が助けてくれるしね」


「俺はヤノチがいるところが俺のいるところだから」


 3人でここを中心に活動する。

 今は大干潮があるから少しだけ大変な時期になるけどそれを過ぎれば国内は犯罪者も少なく、魔物も程よいレベルになっているはずだ。


 トキュネスやカシタコウも近く、何かあれば3人はすぐにでも国に帰れる。

 今はクラーケンや一掃作戦で国内の話題は持ちきりなのでトキュネスやカシタコウの話が入ってきてエミナたちのことが身バレする可能性も低い。


 ちょうど良い場所だろう。

 3人で決めたことのようだし文句もない。


「でも…………」


 声が震える。

 泣かないと決めはずなのに。


 我慢してもし切れない。

 ググッと上がってきた感情と目に熱いものが溜まって視界がぼやける。


「もじ……わだしがもっど、強くなっで2人の、隣にだっでも、いいと、思えるどぎがきだら」


 こぼれないようにと言葉を詰まらせながら言い進めるけれど、もう止まらなかった。

 こんな情けなく言うつもりなんてなかった。


 もっと、成長したのだと。

 精神的にも成長したと、堂々と言うつもりだったのに。


「まだ、わだしといっじょにだびじでぐれまずがー?」


 ヒドイ。

 ちゃんと言葉にもなってない。


 涙が溢れて、前が見えなくなる。

 今はそれでよかったかもしれない。


 呆れ顔でも優しい顔でも見えていなければ関係ない。


「もちろんだよ!」


 エミナにあてられて感極まったルフォン。

 ギュッとルフォンを抱きしめ、涙を流す。


 ルフォンの体に手を回してエミナも抱きしめ返す。

 互いに頭を肩に乗せあい、泣き合う。


 ヤノチも我慢できずに泣き出す。

 ダカンは顔を逸らして体を震わせているけど泣いているのが丸わかりである。


 リュードも鼻の奥がツンとして込み上げてくるものがあったけれど必死に堪えた。

 これは一生の別れではない。


 2度と会えないんじゃないから泣くものかという薄いプライドのようなものを持って、1人でも涙の別れにしないと涙を抑え込んだ。

 目がウルついていたけどどうにか流すのだけは耐え抜いた。


 その日はみんな目が腫れるまで泣いた。

 リュードも油断するとウルっと来ちゃうのでしばらく動けず、ルフォンとエミナは抱き合って泣いたまま疲れてしまったのかベッドで寝てしまった。


 ダカンも泣き疲れて眠そうにしていたのでリュードは引きずるようにして部屋に連れて行った。

 泣いていたら自分も疲れて寝ていたかもしれない。


 ーーーーー


「こんなはずじゃ……こんなはずじゃなかったのにーー!」


 次の日、エミナはベッドに籠城した。

 早速出発とは流石のリュードもそうはいかなかった。


 というのも、次にどうするかの話し合いの最中であって次の目的地も定まっていない。

 あたかも明日お別れのような雰囲気があったのだけれど特に出発の予定があったわけではなかった。


 あんな風にお別れの挨拶を交わしたのだから決意が鈍らないうちに早めに出発しようとは思うけど。

 いいタイミングだからさっさと目的地を決めてしまう。


 そのために来たのだけどエミナは布団を被って出てこない。

 クールにお別れを言うつもりだったのに号泣に次ぐ号泣。


 泣きじゃくる様は子供ドン引きレベルであった。

 その上泣きに泣いたために目は完全に腫れていてとても2人に合わせる顔がなかった。


「エミナ、出てきてくれよ」


 とりあえず話し合って目的地は決めたので出発しようと思えば出来ないこともない。

 しかし最後の最後でこんな布団の中からお別れするだなんてとてもじゃないけどできない。


 困ったようにリュードがベッドに座ってエミナを揺すってみる。


「……てください」


「なんだって?」


「リュードさんの、あの、もう1つのあの姿で抱きしめてください!」


 エミナの声を聞こうと静まり返った部屋の中、布団をかぶっているがためにくぐもった声が響き渡る。

 リュードの困った顔がエミナには想像できた。


 恥ずかしさと散々泣いたために疲れていたエミナは完全に暴走した。

 ちょっと困らせて一度時間を置いてほしかった。


 それなのに口を出たのはこんな言葉だった。


 もう少なくともしばらく会う事はない。

 もう恥ずかしさの頂点にいるのだから多少の恥はかき捨てとばかりに顔も見えないこともいいことにエミナは思いついた欲望を口にした。


 何を言ったのか、分かっているけど分かっていない。

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