海上決戦2

「調査によるとクラーケンの居場所はここから2、3日のところらしい。

 風向きがよければ2日ってところかな。


 町から程よく離れているし戦うにはちょうどいいだろう。


 その間にしっかり準備をしておいてくれ。

 何かあったらいつでも言ってくれたまえ」


 やたらとライトな態度になったドランダラスが部屋を出ていくとやはりすぐ隣の部屋のドアが開け閉めする音が聞こえてきた。

 まさかの王様のお隣。


 まあ王様の隣なら安全だと割り切って考えることにした。

 準備があるとアリアセンも問題を起こさずに部屋を出ていったのでベッドでくつろぐことにした。


 出来る準備なんて体を休めることぐらい。


「海上だとすることないな……」


 大干潮の海は穏やかで波は少なく船も大きく安定性も高いのでちょっとしたクルーズ旅行気分だった。

 ご飯も毎食時間になると運ばれてきて、美味しいし言うことがなかった。


 乗る前に若干心配していた船酔いも揺れが少ないためなのか、リュードを始め3人ともなかった。


 風向きは順調で2日目にはクラーケンの出没地域につくだろうと言われた。

 なのでそんなにのんびりとしていられもないがだからといってやることもない。


 海上の警戒は騎士がやってくれていて、冒険者はいつ声がかかってもいいように準備を怠らないぐらいしかやることがない。


「ルフォンはどうして泳ぐ練習をやめちゃったんだ?」


 船の中ではすぐに手持ち無沙汰になる。

 もういつクラーケンに遭遇してもおかしくないところまで来ていたので寝ることもできない。


 何度目かも分からない武器の手入れをしながらふとリュードは疑問を口にした。

 記憶の中のルフォンはバカにされるのが嫌だったしみんなと泳ぎたくて必死に泳ぐ練習をしていた。


 それなのにパタリと泳ぐ練習をやめてしまった。

 リュードにはキッカケも分からず思ってみれば不思議だと思った。


 本当に水の神様に嫌われているのではないかと思うぐらいにルフォンは泳げなかった。

 でもルフォンの高い身体能力を持ってすればそのうちに泳げるようになったのではないか。


 リュードがルフォンに泳ぎを教えようとした時もあった。

 それでも泳ぐ練習をやめてしまった理由を今更ながら気になった。


「うーんとね、それは……」


「クラーケンが出たぞー! みんな出るんだー!」


 リュードの質問にルフォンが少し言いにくそうに答えようとした。

 冗談ではない緊張感のある叫び声に3人が顔を見合わせる。


「シューナリュード君、ヤツが現れたぞ!」


 いつもの王様の服とは違って魔法使い風のローブを身につけたドランダラスが部屋に入ってくる。

 やる気満々である。


 鼻息の荒いドランダラスに連れられて甲板に出る。

 もうすでに多くの騎士や冒険者が出ていて皆戦いの準備をしている。

 

 日はまだ高く海は澄んでいる。

 甲板から海を覗き込むと船の下を大きな影が通り過ぎていった。


 巨大なものが海の中にいる。


「俺の爺さんを返しやがれ、この悪魔め!」


 あれがクラーケンである。

 大きいと思っていた巨大戦闘船と同じぐらいの大きさの影が海の中を悠然と泳いでいる。


 みんながクラーケンの大きさに息を呑む。

 あのサイズの魔物が暴れればそれはすなわち災害と変わりがない。


「みな、気を確かにせぇ!」


 持っていた杖を床に打ち鳴らしドランダラスが声を上げる。

 声に込められた魔力がみんなの正気を取り戻させ、吸い込まれるように海を見つめていたみんなが再び動き出す。


 隣の船にまで届いたドランダラスの声。

 既に辺りに充満するクラーケンの魔力に当てられたみんなの正気を自分の声に乗せた魔力で打ち消したのである。


 さすが年の功。

 国内屈指の魔法使いなだけはある。


「全員事前の打ち合わせ通りに準備せよ!」


 慌ただしく騎士たちが戦闘船に取り付けられた発射台にモリを設置する。

 人の太ももほどの太さもある大きなモリが3つの戦闘船合わせて何十本とクラーケンに向けられる。


 船の上から袋に入った撒き餌を投げる。

 クラーケンが好むとされる魚を詰め込んだクラーケン専用の撒き餌。


 暗い影が上がってきて海面近くまで来る。

 撒き餌にクラーケンが食いついた。


「放て!」


 第3騎士団団長の合図でモリが発射される。

 一斉に放たれたモリは次々とクラーケンに突き刺さっていく。


 あれだけ大きな図体をしているのだから多少狙いが外れたところでクラーケンには刺さっていた。


「魔法部隊やるんだ!」


 撒き餌を撒いてモリを発射する間にも魔法使いたちは魔力を高めていた。

 モリが散々突き刺さったのを確認して魔法が一斉に発動される。


「これほどの規模になると壮観だな」


 暖かかったはずの気温が下がっていき、息が白くなる。

 戦闘船の前の方から海の表面が凍っていき、だんだんと広がっていく。


 3隻の戦闘船それぞれから広がった氷は一つに合わさりあって海は大きな氷のフィールドになる。


「引けーーーー!」


 この戦闘船の最大の特徴。

 風の力がなくても魔力の力でプロペラを回して前後左右好きな方向に推進力を得ることができるのである。


 3隻の戦闘船が同時に後ろに下がる。


 初めに放ったモリは打ちっぱなしなだけではなく、太いワイヤーが繋いであった。

 戦闘船が下がるとモリに繋いであるワイヤーがピンと張られる。


 返しのついた太いモリは簡単に抜けることがない。

 モリが引っ張られてクラーケンの体に激痛が走った。


 たまらずモリを引っ張られないように体を海中から出すが船が下がる速度の方が早い。

 そのまま引っ張られたクラーケンは魔法部隊が作った氷のフィールドの上に引きずり出された。


「全軍突撃!」


 これがドランダラスの立てた作戦。

 クラーケンを水中から魔法で作った氷の足場の上に引きずり出して戦おうというのだ。


 巨大な戦闘船と多くの魔法使いを使った力技でクラーケンを見事に水中から引きずり出すことに成功した。

 騎士や冒険者が氷の上に飛び降りてクラーケンのところに向かう。


 引きずり出すのはあくまでも前哨戦に過ぎないのだ。


「ルフォン、行けるか?」


「うん、大丈夫!」


 リュードとルフォンも氷の上に降り立ってクラーケンとの戦闘に参加する。

 エミナは魔法使いなので魔法部隊所属で氷の上には来ない。


 マーマンは陸上に出てしまえばただの雑魚であったのだがクラーケンはそうはいかない。

 モリで拘束されているし水中の時のような機動力は失ったけれどもその多足を使った攻撃は素早い手数が多く、なによりも強力であった。


 それぞれが意思でも持っているかのように襲いかかってくる足のために近づくことすら困難である。


 無理に近づこうとすると足の餌食になってしまう。


「イカが舐めるなよ!」


 予想外の衝撃にクラーケンの動きが止まる。

 みんなよりも一歩下がった後ろで魔力を高めていたリュードが魔法を放ったのである。


 リュードの胴ほどもある太い雷がクラーケンに伸びていき、避雷針よろしくモリの1本に落ちた。

 強い魔物というのは魔法に対する抵抗力も高い。


 これだけじゃ倒すことも難しいのは分かっているので殺傷力よりも体がより痺れるような意識をして魔法を使った。

 クラーケンの体に電撃が広がりビリビリとして硬直するイメージ。


 事前に聞いていた通りクラーケンは雷属性の魔法に弱かった。

 痛みはそれほどでもないのに雷属性の魔法を受けると体が硬直して動きが止まってしまった。


「い、今だ!」


 その隙をついてみんながワッとクラーケンに接近する。


「まずは足を狙うんだ!」


 騎士と冒険者が一丸となって足を切り付ける。


「はああああっ!」


 第3騎士団の副団長でもあるアリアセンも前線に立ってクラーケンの足を切り付ける。

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