何が正しくて1
建物の上から上へと飛ぶようにリュードは跳躍して移動していく。
目まぐるしい速さにエミナは声にならない悲鳴を上げているが今は配慮している暇もない。
思ったより戦いをすることなく救出に成功した。
使われているだけの兵士たちの命を奪うことなくちょっとだけ痺れさせただけで事を終えられたのだから上々だ。
町の中で上を見上げながら歩いている人はいない。
リュードたちは気づかれることなくスムーズに移動ができた。
「よし、着いたぞ」
やってきたのは町外れにある倉庫。
現在使われているものではない倉庫でリュードたちが冒険者ギルドから借りたものだった。
さっさと契約を進めるために割高な契約料になってしまったけれど必要な出費だった。
リュードはエミナを下ろして中に入る。
「リュードさん、1つお話がありまして、実は私のおばあちゃんが……」
「エミナ! エミナなのかい!」
「おばあちゃんが……おばあちゃん!?」
「あっ、リューちゃんおかえり〜」
エミナをお姫様抱っこしたまま入らなくてよかった。
倉庫の中にはルフォンが待っていた。
「あっ……リュードさん、エミナ……さん」
ヤノチと、老婆が1人と他にも何人か人がいる。
予定にない人がたくさんいるぞ。
「ルフォン? この人たちは?」
「んとね、ヤノチちゃんと一緒に捕まってたからついでに助け出して連れてきたの!」
元気よく答えるルフォン。
頭を抱えたくなる気分になるリュード。
しかし考えてみればリュードだってヤノチを助けにいって他に捕まっている人がいたら助けるだろう。
自分も同様の状況ならやるのだからルフォンに何か言うことはできない。
「んで、エミナ、その人は?」
エミナは老婆と抱き合っている。
誰なのか予想はついている。
「こちら、私のおばあちゃんです」
出来すぎた状況に理解はし難いがやはりこの人はエミナのおばあちゃんだった。
「おばあちゃん、こちらが……」
「自己紹介は後だ、エミナ服を脱げ。話は移動してからだ」
「ぬ、脱げって助け出したお礼は私の体でってことですか!?」
「誰がそんなこと言った! 最後までちゃんと話を聞け!
そんな格好じゃ目立ちすぎるから着替えろと言うんだ」
エミナの今の格好は真っ白なドレス。これでは探してくれと言っているようなものだ。
さっさと移動するのに悪目立ちしてはいけない。
おばあちゃんの前で体を差し出せなんてとんでもないことに言うわけないだろ!
わざとやっているのではないかと疑いたくなる。
「ホッホッホ、性格まで母親そっくりじゃの」
エミナのおばあちゃんが笑う。
母親もあんな感じの天然娘だったのだろうか。
エミナが着替えて目立たないローブを着る。
他の人は想定外だったのでそのままでいてもらう。
薄汚れてはいるけど特別目立つ格好でもないので大丈夫。
人数はだいぶ多くなったけれどしょうがない。
残してもいけないのでみんな一緒に出発することになった。
この町はかカシタコウとトキュネスの国境付近にある。
このまま国境を越えて逃げてしまおうと思っていた。
さらに交渉の日は近いのでヤノチの兄も国境に近いところまで向かってきている。
敵は未だに混乱の中。
むしろ今さらに混乱しているかもしれない。
なぜならきっと今頃は屋敷に帰ってヤノチがいなくなったことにも気づいただろうからである。
2人しかいない人員を1人1人で分けるのは英断だった。
エミナは確実に結婚式に連れて来られるだろうがヤノチは分からなかった。
お屋敷のどこかに幽閉されている可能性が大きいと思ったが側に置いている可能性もあった。
どっちにしろ屋敷は結婚式のために手薄になると思い、ルフォンに任せることにした。
結果ルフォンはヤノチを見つけて連れ返してきてくれた。
エミナがいなくてもヤノチがいるなんて思っていただろうキンミッコは大慌てだろう。
「……エミナは良かったのか?」
今更感はあるけれど聞かずにはいられなかった。
一応誘拐っぽくしてきたけれど国を出てしまえばトキュネスに戻ることは難しくなる。
今からなら逆にトキュネスの反対側にでも逃げれば一生身分を隠すことになるかもしれないが故郷にはいられる。
所詮は誘拐された身で、交渉のために必要だったので交渉が終わってしまえばあまり探されないので不可能な話ではない。
「……いいんです。
私にとって大切なのはトキュネスにいることじゃなくておばあちゃんといることだったんですから」
エミナが故郷に帰り、そこで冒険者として活動しようとしていた理由。
トキュネスが生まれ故郷というよりもそこに育ての親であったおばあちゃんがいたからである。
唯一の身内でまだ恩返しもできていない。
おばあちゃんの側でもう1人でも生きていけると証明して、安心させてあげたかった。
正直な話、パノンの姓があって顔を指される可能性がある限りはトキュネスで落ち着いて暮らすことなんて無理だ。
そのうちどこか別の場所に行く必要はある、エミナはそう思っていた。
とりあえず今はおばあちゃんがいる場所が自分のいる場所。
おばあちゃんを人質に取り、人を誘拐して結婚させようする国になんて未練はなかった。
エミナが大人しくしていたのもおばあちゃんを人質に取られて脅されていたからであった。
たまたまルフォンが救出していて良かった。
「そうか」
「リュードさんたちこそ良かったんですか?
あんな騒ぎになってしまって……」
ほんとキンミッコはどんな顔をしているだろうか。
「俺たちにとって一生トキュネスに近づけないこととエミナを天秤にかけた時、結果は分かりきっているさ」
「もちろんエミナちゃんの方が大事!」
本当に最高の2人。
エミナは泣きそうになってフードを深く被り直して顔を隠した。
すごく、すごく嬉しくて、それ以上言葉が出なかった。
「にしてもキンミッコとやら最悪の領主だな」
ルフォンが一緒に救出した人たちはいわゆる文官だった。
良心を持ち、キンミッコを摘発したり、キンミッコに忠言をしようとしたりした人たちだった。
一丸となって不正を隠蔽して乗り切る時に彼らは邪魔になった。
キンミッコは彼らを捉えてヤノチと同様に幽閉していた。
ヤノチと違って彼らはそのまま放っておけば謎の失踪を遂げることになっていただろう。
彼らにも付いてきていいのか尋ねたら、ちょうどヤノチの兄に会いに行くならカシタコウに行ってキンミッコを摘発するつもりらしい。
証拠も隠してあるらしくただの証言以上の効果がある。
ヤノチの兄がより交渉に有利になるなら悪くない。
出来る限り迅速に動きたいものだけどお年寄りもいて無理はできない。
なんとか国境を越えた時、すでに日は落ちていた。
野営の準備をして休息をとることにした。
理由は知り得ないが追手はこない。
1つではなくいくつもの忙しさが重なっているだろうな。
領内の混乱収拾に花嫁の誘拐事件、消えたヤノチの捜索や交渉の準備まで全ての計画が崩壊したキンミッコには優秀な指揮官もいなかった。
自分の保身しか考えないイエスマンしか周りに置いておらず冷静に物事を進められていない。
国境封鎖して検問でもされたら困ったが誰もいないので町の中を捜索で走り回らせているのだろうと思った。
遅きに失する。
国境は越えてしまったので、隣の国に私兵を送り込むわけにもいかずキンミッコはもう手詰まりだ。
エミナのおばあちゃんを気遣って休んでも問題はない。
夜は少し冷えてくる。みんな自然と焚き火の周りに集まってくる。
監禁から解放され歩き通して疲れてしまったエミナのおばあちゃんや文官たちは早々と寝てしまった。
今起きているのは見張り役のリュードとなんだか眠れないエミナとヤノチだけであった。
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