不俱戴天3
「えいっ」
ルフォンが体を反転させてナイフを突き出す。
これまで動きとは違って緩慢でなんてことはないナイフさばきに簡単にナイフは防がれる。
「ふっ、しょせんは……がっ……」
しかしそれはルフォンの狙い通り。
相手を見ているようで実はルフォンの目は相手を見ていない。
ルフォンの視線の先は馬車を守る男。
相手の肩越しにジッと馬車を守る男の方を見ていたのであった。
上手く意図を汲み取ることができた馬車を守る男はルフォンのナイフを防いでいてガラ空きになった背中を切り付けた。
ちゃんと倒れたことを確認してルフォンは馬車を守る男にパチリとウインクしてみせる。
「お疲れ様、ルフォン」
「リューちゃん!」
ちょうどリュードもリーダーの男を倒していた。
袈裟斬りにリーダーの男を切り倒したリュードは煩わしそうに顔についた返り血を拭う。
相手の半分はルフォンが倒したようなもの。
お馴染みとなっている、撫でて!とルフォンが頭を差し出す。
左手は血を拭ったので汚れている。
剣を納めて右手でルフォンの頭を撫でてやる。
耳を畳んで目を細めて気持ちよさそうにするルフォンはとても戦った後とは思えない。
「ダカン! 大丈夫か!」
あっという間のことに呆然としていた馬車を守る男が反対側を守る青年のことを思い出した。
反対側にも敵がいた。
1人では勝てるわけもない。
慌てて馬車の反対側に回り込むとすでに敵は倒れていた。
1人はエミナが、1人はルフォンが、そして最後の1人はこの青年が倒していた。
当然ルフォンが腕を傷つけていたから青年が勝てたのである。
「ヘヘッ、やってやったぞ、マザキシ、俺も1人倒してやったぞ」
ダカンと呼ばれた青年は馬車を背もたれにして息を切らせているけれど怪我はなく清々しい笑顔を浮かべている。
「リュードさん、ルフォンさん、大丈夫ですか!」
「ダカン、マザキシ、無事ですか!」
駆け寄ってきたエミナともう1人女の子。
フワフワとした軽くウェーブした金髪の少女。
年の頃はリュードたちと同じぐらいに見える。
馬車の中で守られていた女の子である。
「俺もやってやったぞ、ヤノチ!」
「もう! 無理はしないでください……」
ヤノチはダカンの体をペタペタと触って無事を確かめる。
「はははっ、いや、お見苦しいところをお見せしました。
助けていただいたのにお礼も言わずに申し訳ありません。
助けてくださいましてありがとうございました。
私はマザキシ・ワユカリです。
こちらがヤノチ・ミエバシオ、あれがダカン・ワユカリです」
マザキシが少し恥ずかしそうにリュードたちに礼を述べる。
ダカンを見て、リュードを見る。
ダカンと同年代にも見える青年たちなのにダカンよりも落ち着いていて大人びて見える。
「ミエバシオ……」
「知り合いか?」
「あ、いえ、ちょっと聞いたことがあったので」
「お恥ずかしながらミエバシオと言えばここらで少しだけ有名ですからね……」
マザキシが気まずそうに答える。
リュードもその態度を見て良くない方面で有名であるのだろうと察して深くは突っ込まない。
馬車の前に倒れていた木はリュードが魔法でいくつかに分割して男手で運んで脇によけた。
ヤノチのお誘いもあってリュードたちは馬車に一緒に乗せてもらうことになった。
女の子3人が馬車の中、マザキシとダカンが御者台で、リュードは馬車の上に乗っていた。
ぜひ席にと言われたけれど女の子3人の中に入るのは忍びなく、御者台で知らないおっさんの隣でずっと揺られているのは抵抗があって馬車の上にお邪魔することになった。
どうせどこに乗っても馬車は揺れる。
ならば1人の方が気楽でいい。
「本当はもう1人いたんですよ」
おもむろにマザキシが口を開いた。
「この騒ぎの中でどっか行っちゃいましたがね。
きっとあいつがこの移動のことを漏らしたに違いない……」
マザキシの顔はリュードから見えない。
けれども声に静かな怒りを感じる。
「だから言ったんだ、あいつは信用できないって」
吐き捨てるようにダカンが言う。
マザキシは前を見据えたまま何も答えない。
自分でも分かっていたからである。
次に会うことがあればこの手で殺してやりたいと思うがなんの準備もなく人を裏切るとは思えない。
今ごろこの国を脱出でもしようとしているだろう。
手綱を持つ手に力が入る。
何もできない自分が悔しい。
再び静かになる男性陣。
静かになってしまうとリュードには馬車の中の会話が聞こえてきてしまう。
決して盗み聞きしているのではない。
耳が良いので聞こえてしまうのだ。
「ルフォンさんはリュードさんと付き合ってるんですか?」
「うん、そうだよ」
「きゃー! 本当ですか!
その、チュー……とかしたり?」
「そ、それは……まだ、かな?」
「くぁ〜! リュードさん手慣れてそうなのに案外じゅんじょーなお付き合いしてますね!」
「ヤノチちゃんこそ、ダカンくんとそうなんでしょー!」
「はいっ!? べべ、別にダカンとはそんな関係じゃ……」
「ウソつき〜」
馬車内ではガールズトークに花が咲いている。
リュードの話題も会話の中に上がっていて恥ずかしさで聞かなきゃよかったと思う。
寝転がると馬車に近くて中の会話がハッキリ聞き取れてしまうのであぐらをかくようにして座ることにする。
流石に歩きより馬車は早い。
歩きだったら今日も野宿だったろうところを日が暮れる頃には次の町に着くことができた。
そのまま同じ宿に泊まることにもなった。
4人部屋が2つ空いていたので男女で分かれて泊まる。
「失礼でなければどちらまで向かわれるのかお伺いしても?」
荷物の整理をしているとマザキシが聞いてくる。
「今はとりあえずトキュネスかな」
「トキュネス……ですか」
表情には出さなくてもわずかに空気がピリついたのを感じる。
「トキュネスのご出身で?」
「いや、ヘランドに行くつもりでね。
トキュネスはその途中だし、ちょっとした用があるんだ」
「そうですか、失礼しました」
エミナのことはあえて言わなかった。
なんだかトキュネスに対して特別な思いがあるように感じたからだ。
ミエバシオはある種の有名さがあってトキュネスに対して特別な思いがある。
この2つを繋げるにはまだ情報も足りず、無理がある。
ただなんの関係もないとはリュードには思えなかった。
夜食事を共にする。
ルフォンとヤノチはいつの間にかかなり仲良くなっている。
やたらとエミナは静かなだけど持ち前の人見知りが発動したかななんてリュードも考えていた。
話してみるとリュードたちとヤノチたちは途中まで同じ道を行くことが分かった。
リュードたちはそのままトキュネスに入りヤノチたちはその手前まで行く。
なのでヤノチたちの誘いで一緒に行くことになった。
思惑としてヤノチたちは人手が欲しかった。
確実に敵でなく、利益を求めてこない味方を側に置いておきたかった。
リュードもそんな思惑には気づいていたけれど枷になることもないだろうと行くことを快諾した。
エミナは反対も賛成もしなかった。
ルフォンは二つ返事で賛成したので問題もない。
配置は相変わらず馬車に女の子3人、御者台2人、馬車上1人である。
歩かなくて良いのはやはり楽である。
結構揺れるけれど三半規管も強いリュードは乗り物酔いにも強く馬車の上であっても問題はない。
馬車の中では相変わらず話をしている。
なんだか気まずそうだったエミナも2人の勢いに押されて話すようになり、今ではキャイキャイと3人で話すようになっている。
広いカシタコウも馬車で進むと早い早い。
女の子たちは飽きもせず会話をしているのであっという間にヤノチたちの目的地の近くまで来ていた。
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