闇夜の襲撃

 ピクリとルフォンの耳が動く。

 静かな闇夜に相応しくない音をルフォンは感じ取っていた。


「リューちゃん」


 物音を立てないようにリュードに近づいて起こす。


「どうした?」


 目を開けると辺りはまだ真っ暗。

 太陽が昇るよりも前の日の方が近いぐらいの時間帯。


 「何か近づいてきてるよ」


 ルフォンの耳が森の方を向いている。

 何かしらの音がルフォンには聞こえている。


「魔物か?」


「うーん、多分違う。

 気配を殺してこっちに来てる。


 んと……2人、かな?」


「分かった。

 俺がエミナを起こすからルフォンは闇と森に紛れて隠れるんだ。


 襲いかかってくるようなら1人拘束してくれ」


ルフォンがうなずいて闇に消えていく。


 人狼族は闇を得意とする種族。

 ルフォンを闇に紛れさせたらリュードでも対応するのは難しくなる。


「エミナ、起きろ」


 リュードはテントの外からエミナに声をかける。

 反応はない。


 すっかり熟睡してしまっているようである。


「入るぞ」


 大声を出して呼んで起こすわけにはいかない。

 仕方なくテントの中に入る。


「エミナ!」


 声を抑えつつも呼びかけて肩を揺すり起こす。

 エミナの神経は意外と図太く、外でも何なく熟睡してみせた。


 冒険者学校で雑魚寝をしていても問題なかったのではないかとリュードは思う。


「へえっ?! リュリュ、リュードさん? ど、どうしましたか。

 まさか夜這いでふか……」


「声が大きい。寝ぼけてないでさっさと目を覚ませ!」


 起きがけのエミナの声が大きくリュードは手でエミナの口を塞いだ。

 最近ちょくちょく変なことを口走り出すのでリュードも気が気でなかった。


「何か怪しい奴が近づいてきてるようだ」


 分かったかと聞くとコクコクとうなずくので口から手を離してやる。


「ルフォンさんは?」


「大丈夫、奇襲に備えてる」


 と言っても奇襲されるのに備えているのではなく、奇襲することを備えている。


「私はどうしたらいいですか?」


「テントの中にいろ」


「ええっ!? 私も何か……」


「寝てろってわけじゃない。

 ちゃんと様子を伺っていてもらうぞ。


 いざとなれば飛び出してきて魔法使ってもらうからな」


 こんな状況で起こしておいて寝ておけなんて言うわけもない。


「分かりました」


 リュードは気配を殺して焚き火のところまで戻ると何事もなかったかのように座り、枝を焚き火にくべる。

 見つめていると明るく見える焚き火でも少し離れただけであっという間に光は届かなくなる。


 当然横にある森の中まで光は届かず闇の中は見通せない。


「あんたたち、何者だ」


 何も目だけで物事を捉える必要はない。


 ルフォンのように耳で聞き取ることもできるし、鼻がきけば臭いでも分かることがある。


「なぜ分かった……」


 2人の男たちが近くで殺気を放っていればリュードにも異様な気配を感じることが出来る。


 森から男が2人現れた

 焚き火の弱い光では顔までは分からないが友好的な目つきをしていないことは薄暗くても分かる。


「そんなことより何の用だ?」


「用か……申し訳ないがお前たちには消えてもらう。


 俺はあの角付きの男をやるからテントの中にいる女はお前に任せ……」


「グエッ!」


 男たちが剣を抜いた瞬間、ルフォンが木から降ってきて男の1人を制圧する。


「な、なんだ!」


「こっちだ、バカ」


 ルフォンに気を取られた男は完全にリュードを視界から外した。

 ルフォンが動き出すのと同時に動いていたリュードは鞘に収めたままの剣を思いっきり横振りした。


 襲いかかってきた情報を聞き出したいので殺さないように頭は狙わない。

 胴体にクリーンヒットして鈍い音がして男がぶっ飛んでいく。


 男は起き上がってはこない。

 一切の回避動作も防御もできずに食らったのだから当然である。


 リュードが近づいて確認すると男はしっかりと気を失っていた。

 死んだ方がマシなぐらいの痛みがあるはずなので気絶して助かったぐらいだろう。


「くそっ! 放しやがれ!」


 そういえばルフォンが捕まえた方の男もいた。

 こちらも抵抗らしい抵抗もできずに捕まったので元気いっぱいである。


 ルフォンが女なので振り解けるだろうと暴れようとするがルフォンの力が強く口先だけ一丁前になってしまっている。


「クソ獣人が汚ねえ手を放しやがれ!」


 汚いのはお前の言葉使いだ

 リュードが気絶したやつを縄で縛ってルフォンの下で暴れる男に灸をすえようと思ったら動いたのはルフォンの方だった。


 脅しで当てていただけのナイフに力を込める。


「黙らないと、痛いことするよ?」


 ナイフの先が男に食い込み、血が滲んでくる。

 実力もないのに口先だけ大きな者に慈悲はない。


「うっ……覚えてろよ」


「殺される前にその口閉じておくんだな」


「な、何! まさか……アニキが」


 本当に殺される前に会話に割って入る。


 自分は奇襲されたから負けただけであって通常であればこんな若い女に負けるはずがないと男は思っていた。

 もう1人の男、アニキと言われていた方が男の方を倒して助けに来てくれる、そう思って偉そうにしていたのに来たのはリュード。


 男の顔がサッと青くなる。


 男が捕まってからそれほど時間は経っていない。

 激しい戦闘の音も聞こえず余裕綽々でリュードが現れたことにリュードの実力を理解する。


 見た目に騙されて実力をはかり損ねていた。


 上に乗っかっている女もナイフを軽く刺してくるヤバい奴。

 脅しのナイフを刺すことだけでなく木の上にいたことに全く気付かなかった。


 それどころか接近してくる前に気づいていて隠れていたという事実に男は完全に負けを悟った。

 先ほどまでの態度はどこへやら、男は口を閉じて黙り込んでしまった。


「自分が置かれている状況が分かったようだな」


 リュードは縄を取り出して男の手足を縛る。


「よし、俺たちを襲った目的を聞かせてもらおうか?」


「それは……」


 男が背中合わせに縛られたアニキの方を見る。

 アニキと呼ばれているだけあって力関係はアニキの方が上みたいである。


「言え。言えばお前は逃してやる」


「……言わなかったらどうするつもりだ?」


「何もしないさ」


「はぁ?」


「何もしない。俺たちはこのまま立ち去るだけだ。


 ここだっていつ魔物が出るのか分からないからな」


 所詮はガキ。何もしないなんて手を汚すのが怖いだけ。

 そう思ったのだがすぐに思い直した。


「まさかこのまま放っておくつもりじゃないだろうな」


「言ったろ? 何もしないって」


 リュードの目は冷たい。

 男は背中がぞわりとする感覚に襲われる。


 本気だ。

 本気でこの暗い森の中に置いていくつもりなのだと。


 リュードはそんなことするつもりはない。

 よほど男たちが強情なら分からないけれどこんなところで人殺しをしたくはない。


 もう平穏無事に話し合いで済ませる段階ではないが命を奪わずに済ませられるならその方が良いに決まっている。


 だから出来るだけ冷徹に見えるように感情を殺した。


「……本当に逃してくれるんだな」


「ああ、逃げた後は好きにするといい」


「…………俺たちの目的はお前たちで……かっ……アニ、キ……」


「おい、どうした!」


 いきなり苦しみ出した男。

 みるみる間に顔が紫色になっていき泡を拭いて死んでしまった。


「ククク、何も言うわけがない、何も言わせるわけがない」


「ちっ、起きていたのか!」


 気絶していたと思っていたアニキはいつの間にか目を覚ましていた。

 手にはどこから出したのか小さいキリのような武器。


 キリの先には毒が塗ってあってこれで男を刺して殺したのである。


「もちろん俺も何も話はしない!」


「やめろ!」


 アニキはキリで自分の足を刺した。

 咄嗟のことに止められずキリを取り上げた時にはもう遅かった。


 アニキも男と同じように泡を吹いて死んでしまった。


 謎の襲撃者。

 誰にも怪我がなかったのはよかったけれど何の情報も得ることができなかった。


 対応が甘かったと反省せざるを得ない。

 こんなこと初めてだったしまさか捕まった人間が即座に自殺するなんてこと一切頭になかった。


 一緒に縛るのではなく1人ずつ離しておくとか身体検査をするとかしておくべきだった。

 多少武器を持っていても勝てそうな相手とリュードは完全に舐めてかかってしまっていた。


 後味の悪い気味の悪さだけを残して男たちは永遠に口を閉ざした。


 1人は救えたかもしれない。

 こうした暗いことでも平気する人たちが世の中にはいるのだという厳しさをリュードたちは学んだのであった。


「一体何だったんだ……」

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