最後の力比べ3

 リュードの思惑を見抜いたのか単に長く続くのを嫌がったのかウォーケックは今までの切り合いから無理矢理変化をさせてリュードと距離を取った。


 リュードも追撃するようなことはしない。


 リュードはウォーケックの弟子であり、ウォーケックはリュードの師匠である。


 今では実践に近い形で剣の鍛錬を繰り返しているのでお互いをよく知っている。


 当然といえば当然の話であるがそのために同じ技を行使したり、なまじお互いの手の内が分かっているために下手な手も打てず地味な均衡が続いているのである。


 ウォーケックもリュードがここまでやれるとは想像してはいなかった。


 複数のおっさん達にしごかれ続けたあの鍛錬も無駄ではないのだ。


 ウォーケックの手数も素早さも1人を相手だと思えばとても高いレベルにはあるけれどやはり複数人同時とはわけが違う。


 本来の人狼族の習慣はもっと小規模で緩いものだった。

 この村はおそらく人狼族だけみても最大級の人数を誇るはずでそうなれば自然と鍛錬参加者も多くて内容も濃く、さらに竜人族も参加するとなると絶え間なくみんな参加することになる。


 ならばと期間も長い間に伸び伸びとなって1節丸っと鍛錬期間になった。

 昔のやり方を知っている人狼族の年寄りたちが恐れるようなとんでもないものになっているのだ。


 世界方々旅をしたウォーケックの経験値は相当なものだろうとリュードにも分かるけどそれは対魔物であって対大人数で1人で相手し続ける経験なんて多くはないだろう。


 全く異なる経験だけどそれこそウォーケックと対等に渡り合えるほどの力をリュードに付けてくれた。


 連携などない好き勝手に切りかかってくるオヤジたちはほんとに辛かった。


 それに比べれば1人の人がある程度規則を持って攻撃してくるのは楽と言えてしまう側面すらある。


「まだ甘いぞ!」


 こちらからと思った瞬間、逆にウォーケックの方が早く、速く動き出した。


 置いた距離なんて無かったかのように一瞬で詰めてきたウォーケックの初撃を防ぐと目の前にすでにウォーケックの姿はない。


「くっ!」


 ほぼ勘で体を傾ける。


 耳元で風を切る音が聴こえてリュードが直前までいたところを剣が通り過ぎていった。


 さっきまでは真正面で切り合っていたけれど今度はウォーケックは横へ後ろへと高速で移動しながら様々に切りつけてくる。


 明らかに速度は上がっていて目で追えても反応はギリギリ。

 身体が付いていかなくて完全に回避が出来ずに頬や腕に剣が擦れる。


 刃潰ししていない本番の武器を使っていたなら何ヶ所かスパっと浅く切れていただろう。


「焦らない……冷静に」


 どんな状況であれ焦れば視界は狭くなり冷静さを失ったものから死んでいく。


 ウォーケックの速さに危険を感じながら頭の芯は冷静に状況を見ている。


 最初の切り合いからウォーケックの方がやや体力的な消耗は大きい。


 リュードが追いきれないほどの速さはおそらく最高速度に近い。

 魔力や魔法、魔人化の補助もなく速く大きく動いているなら長くは持たないはず。


 そう頭の中で考えたリュードはひたすら耐える。


 かすった部分が痛み攻撃の激しさに持たない、終わらないのではないかという思いも出始める。


「冷静に、冷静に」


 目では分かっていても体が追いつかないことがもどかしい。

 小さくつぶやき自分に言い聞かせる。


 もっと技量があれば、もっと力があれば対応して行動出来たと胸の奥で下手な欲がむくむくと湧き上がる。


 今はそんなこと考える時ではない。

 雑念を消し去り一部の隙も与えないように集中を高めるもまた脇腹を剣が掠める。


 魔法の補助も無しにこれほどの速度を保ち続けるのはさすがというべきだろうが体への負担も大きいはずなのにさすがというべきか。


「ふっ……はぁっ」


 


 何度目かわからない攻撃を防いだ瞬間ウォーケックが大きく息を吸い込んだ。


 息が続かず呼吸が乱れた数瞬間の硬直。


 リュードは思いっきり地面を蹴ってウォーケックに接近する。


 ウォーケックよりは遅いかもしれないけど攻撃の直後で距離も離れていないから少しの接近でリュードとウォーケックはかなり近くなった。


 ウォーケックとしても予想外の距離。


 とてもじゃないが剣を振る距離ではなく、ウォーケックよりも大振りの剣を持つリュードが取る距離とは誰も思わない距離。


 判断に迷いが生じた。


 無理矢理剣をリュードとの間に差し込んで攻撃するか距離を取るか回避をするか防御をするか、ウォーケックはどうするべきか迷ってしまった。


 そもそもリュードが次にどうするのか瞬間的に判断できなかった。


 もう遅い。


 リュードは接近した時には左手を剣から離してウォーケックの顔面めがけて殴りかかっていた。


 綺麗な戦い方じゃないなんて文句を付けてくる奴もいる可能性もあるけど徒手空拳でやっているやつもいる。

 そもそも武器を使って勝たなくていけない勝負でもないからいいだろう。


 肩口から真っ直ぐ突き出した拳は見事にウォーケックの顔の真ん中に当たる。

 ウォーケックの上体が後ろに逸れる。


 拳を突き出した体勢でやや捻れた体をさらに捻って勢いをつけて片手で剣を横薙ぎに振るう。


 2本の剣をクロスして防ごうとするも不安定な体勢の防御と完璧に力を乗せた一撃では結果は歴然。


 ウォーケックと左手に持った剣がぶっ飛ぶ。


 防がれた以上は致命的な一撃とはならず札は上がらない。


 そのままトドメを刺そうと追撃しにかかる。


「ナメる……なよぉぉぉお!」


 最後の意地か起き上がりざまに片膝をついた体勢から迫ってくるリュードの首を狙って剣を振る。


 わずかな狂いから不思議なほどウォーケックは劣勢に追い込まれた。


 しかし冷静さを失ってはいけないと言ったのはウォーケックであり、鼻血まみれで険しい顔をしたウォーケックがした反撃はとても冷静とは言えない判断だったとリュードは思う。


 リュードがとっさに振り下ろし始めていた剣をウォーケックの剣にぶち当てると甲高い音を立ててウォーケックの剣がポッキリと折れてしまい金臭い臭いが鼻をつく。


 多少勢いを減じはしてもまだ十分な威力を保ったリュードの剣はウォーケックの首にモロに当たってしまった。


 ウォーケックを殺してしまったのではないかと思うほどに完璧な当たり。


 札が上がり試合の決着がつくと同時に医療班が飛び出してきてすぐにウォーケックの治療にかかる。


 剣は折れても首の骨は折れてなさそうだから多分大丈夫……なはず。


 運ばれていくウォーケックをよそに手を振り上げると歓声が上がる。

 一通り歓声に応えて控え場所に戻ると出場者全員の視線がリュードに集まる。


 村長の打倒候補筆頭を倒してみせたのだ、彼らの中でのリュードに対する評価はガラリと変わった。


 もう15歳だと油断して対峙する者はいない。

 リュードの目標も村長を倒すことであるのでいちいち周りの目を気にしている余裕はない。


「思ってたよりダメージは受けなかったな」


 ウォーケックとの戦いを乗り越えた。


 もちろん勝つつもりではいたけどダメージもそれなりに覚悟していたことを考えると剣が当たった赤い筋が顔や胴体にいくつか出来ただけでダメージは少ないと言っても差し支えはない。


 体力は消耗したけれど消耗具合は想定の範囲内である。


 リュードは控え場所の隅に置いてあったカバンから皮革で作られた水筒を取り出して中身を一口飲み込む。


 やや苦味のある液体が喉を通り程なくして赤い筋はすっかり治って痛みも引いていく。


 水筒の中身はリュードお手製のポーション。


 どうにも普通のポーションは薬草の苦味が強すぎて苦手なので大量の薬草を無駄にしながら試行錯誤を繰り返して苦味を抑えながらも効果は変わらないポーションを作り出した。


 上級ポーションに効果は適わないけれどそれなりに効果は高く味を勘案すると価値は同等とみてもよいのではないかとリュード自身は思っている。


 むしろお茶よりちょっと苦いくらいで飲み物としてもいける。

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