初めての力比べ9
仕切りの向こうからも声が聞こえた。
「わぁ〜」
「キレイ!」
「そっちもカッコいい!」
テユノの方も終わったみたいで仕切りが開かれてテユノの衣装もお目見えとなる。
リュード側の女性からテユノに、テユノ側の女性からリュードにそれぞれ賞賛の声が飛ぶ。
「あ……あんまり見るなし…………」
その青い髪に合わせた淡いブルーカラーのドレスの緩く広がるスカートのウエストの少し下のところをギュッと掴み俯き加減で恥ずかしさに耐えるテユノは俺から見てもとても綺麗だった。
キチンと髪もセットされ、うっすらと化粧もしてある。
普段動きやすい恰好ばかりしているテユノとはかなり印象が違っている。
「笑いたいなら笑えよ……」
恥ずかしさのあまりかテユノは泣き出してしまいそうにも見えた。
「男の子ならちゃんと褒めてあげなきゃ」
女性の1人がリュードを肘でつついて何か言うように促す。
嫌われている自分が褒めたところで逆効果なのではないかと思わないでもないけどジッと見惚れた上に無言じゃ不安にもなるか。
ただどう言ったら良いのか分からない。
自慢じゃないが前の人生でも女っ気はなく、今の人生も顔はそこそこ良いはずなのにルフォン以外……ルフォンとテユノ以外の女子とあまり話したこともないのだ。
「テユノ」
テユノの体が一瞬震える。
「笑いなんかしないさ。その……とても綺麗だよ」
どストレートで飾り気のない言葉、もっとこう上手く言えたら良いのかもしれないと自分の語彙力の無さに辟易する。
もうどうにでもなれと思った通りに伝えるしかリュードに方法は無かった。
まだ子供なのだしこれで十分だろう。
「……ッ!」
リュードも照れて少し赤くなってるけどそれなんか比じゃないぐらい、こんなに人は赤くなれるのかというほどボッとテユノの顔が耳から首筋からと真っ赤になる。
ヒューゥと誰かが一度だけ茶化すように言った後その場は沈黙に包まれる。
息の荒い邪悪な視線をしている女性だけが息を殺して悶えていた。
「あの……その……」
「テ、テユノ?」
とうとうテユノが感情の波に負けた。
口を開くと同時にテユノの目からはポロポロと涙が溢れ出してこの場にいる全員が慌てる。
「えと…………ごれは……ぢがぐでぇ〜」
子供のように(子供だけど)泣き出したテユノは別に泣きたくて泣いているのではなく感情がどうしようもなくなって溢れ出てきてしまった。
そっと背中を押すのはやめてくれ。
テユノを褒めなきゃといって背中をつついてきた女性が今度は強めにリュードの背中を押す。
テユノの後ろ、リュードからは見える位置にいる2人が抱きしめてキスの1つでもやれとジェスチャーしてくる。
たとえ男と女といえど12歳だぞ。
軽々しくそんなこと出来ない。
つかキスどころか抱きしめたことすらバレたら殺されるのではないか、あの
ただこの状況、見られたらどう見ても泣かせているのはリュード……見られたら殺されるのではないか、
どっちにしろ殺されるではないか。
周りの女性たちも口が重そうには到底思えない。
何にしても終わったのではないか?
そうした考えが頭をめぐり固まってしまう。
そうしている間に後ろからグイグイと押されてテユノの目の前まで移動させれていた。
もうヤケクソだ。
「落ち着け……」
もうどうして良いかわからなくなったリュードはテユノを抱きしめた。
周りの女性陣が声にこそ出していないが黄色い悲鳴を上げているのが分かる。
殴られるくらいは覚悟していたがテユノは抵抗もしなければ大人しく抱きしめられたままリュードの胸に顔をうずめてすぐに落ち着いていった。
ルフォンが抱きついてきたことはあっても逆なんてしたことはないリュードの心臓の音は絶対にテユノにも聞こえるほど大きく鳴っている。
「落ち着いた?」
「うん……」
密着していると良い匂いがしてこっちは落ち着かない。
「りゅ……シューナリュードは……私のこと嫌いですか?」
「へっ? いや、俺は……」
「あのぅ〜優勝者がおまちなのですがぁ〜」
いつになくしおらしい態度でちゃんと名前を呼んで見上げてくるテユノ。
そんな色っぽい空気を壊すように事情を知るよしもない力比べの運営のやや間延びした話し方の男性が入ってきた。
「ん〜? なにかありましたぁ〜?」
その瞬間テユノはパッと振り返るようにしてリュードから離れた。
「いえいえ、何もないですよ! もうほんの少しだけ準備したら行けますので」
「そんなに押さなくてもいいじゃないですか〜?」
「キミちゃん、髪とかメイクとか直したげて!」
「はいはーい」
周りの女性たちがフォローに入る。
なんだかんだしているしている間に大人部門の優勝者は準備を終えていたのだ。
大人になると1着ぐらい正装を持っているもので仕立て直しが必要な子供部門の優勝者よりも準備が早い。
仕立て直しだけでない時間が取られてしまって外は何かあったのかとざわついていてる。
リュードは女性陣に椅子に座って待ってるように言われ、テユノは複数人に囲まれてメイクのお直しや乱れてしまった髪のセットなどされている。
ちょっと外を覗いてみると力比べのための会場を囲っていた柵はすでに撤去され真ん中には三ヶ所一段高くなったスペースと少し豪華な椅子が設置されている。
三ヶ所のうち中央とその右隣には今回のチャンピオンの村長とメーリエッヒが座っている。
程なくして準備が終わると司会の紹介とともにリュードとテユノは腕を組んで同じく真ん中に向かう。
真ん中に近づくとテユノは村長に俺は母さんの前へと分かれて目の前にいく。
互いに礼をすると手に持っていたタオルを渡す。
お疲れ様でした、これで汗をお拭きくださいという意味で渡したタオルはアラクネという蜘蛛型の魔物の中でも最上級に属するレベルの魔物の吐き出す糸から作った物で、真人族の世界であっても最高級品の物になる。
もちろんタオルは持ち帰ってよく、母さんはこのタオルの肌触りをとても好んでいる。
形的に息子、娘が親に渡すようになっているが、男の子供チャンピオンが女の大人チャンピオンに、女の子供チャンピオンが男の大人チャンピオンにタオルを手渡すことに元々なっているのだ。
普段表情の変化に乏しい村長だが流石に着飾ったテユノには驚いたようで労いと優勝を祝う言葉をもらって嬉しそうに笑っている。
渡し終えて一言二言祝いの言葉を述べるとリュードとテユノは残った村長の左側にある高くなったスペースに並んで座る。
そして村長が力比べの閉会を宣言する。
「……ここにいる4名を今回の力比べの頂点とし、今年の力比べを閉会とする!」
優勝者が立ち上がり椅子の横に置いてあった各々の武器を掲げる。
森が揺れるほどの歓声が送られて、力比べが終わった。
続いて料理が運ばれてくる。
戦いのねぎらい、優勝の祝杯、村をあげての大宴会の始まりである。
これ力比べよりも楽しみにしている人もいる。
力比べ最中は持って食べやすい比較的簡単な料理がほとんどだが力比べ後の宴会ではそれよりも凝っていてたくさんの料理が振舞われる。
リュードの目的はなんといっても甘味。
甘いもの自体はチラホラと世の中にはあるけれど砂糖及びその製品は高級で普段は果物ぐらいしか甘いものがない。
果物も自生しているものがほとんどなので甘みも強くなく日持ちもしない。
が、今日は砂糖を買ってきて甘いものも作ってくれるので楽しみなのである。
さらにさらに甘いものは力比べ優勝か上位者しか食べられない特権中の特権。
これまではメーリエッヒのおこぼれにあずかるぐらいだったのだが今度は堂々と自分の権利で食べられる。
頬も自然と緩むものではあるがチャンピオンとしての仕事いうか、まだやることは残っている。
入れ替わり立ち替わり人が前に来ては何かしら口上を述べて装飾品とか野菜とかを置いていく。
主に戦えない人たちがやることで優勝の祝いと同時に自分の作った物を献上することでこれからもどうぞよろしくお願いします、私たちを守ってくださいという意味らしい。
真面目な話をする人もいれば軽口を行っていくような人もいる。
実はリュードとテユノの衣装はコンセプトがあり真人族の結婚衣装風がイメージされて作られている。
かなり昔は強い男性と強い女性は結ばれて強い子を残すのが当然で力比べもストレス発散やその名の通りの力比べの他にそうしたパートナー探し的な、合コンみたいな側面もあったわけで。
子供部門のチャンピオン同士は将来有望で半ば将来が決まっていたような時代もある。
子供部門の優勝者であるリュードたちはそんな時代の名残がどういうわけか変化した結婚衣装風で夫婦のようなペアになるなんていう不思議な風習のために今、お似合いだねとかいい嫁さんみつけたなとか時間が経つにつれ酔っ払っていくオヤジたちに言われている。
そして献上品を受け取るだけならほっとけばいいけど受け取ったら持ってきた人にリュードたちはジュースをコップに注ぎ返して分かりましたと伝える必要があるのである。
テユノはそうしたセクハラまがいな発言に顔を真っ赤にしながらジュースを注いでいる。
ひとしきり献上が終わると料理も出揃っていてあとは好き勝手食べるだけになるのだけど場所の移動は許されず、後ろに控えている人に言って取ってきてもらってテユノと並んで食べるのである。
こればかりは優勝したのが面倒と思える。
リュードは肉中心の料理と早めの甘味確保をお願いし、テユノもいくつか注文する。
献上の人の列が途切れて手持ち無沙汰になる。
「テユノ」
「な、なに?」
テユノは落ち着いているようには見えるもののこうした間リュードとは目を合わせないどころか一切こちらを見ようともしなかった。
「さっきのやつだけどさ」
「……さっきのは、その……もういいから……」
「嫌いじゃないぞ」
「えっ?」
「だから俺は別にテユノのこと嫌ってないって。むしろそっちが俺のこと嫌いなんじゃ……」
「嫌いじゃない!」
実際リュードにはあんまり態度は良くないから苦手なだけであって嫌ってはいない。
他のやつにも口は悪いけど面倒見が良くて優しいやつだということは知っているし、リュードやルフォンのことをツノありとか獣人とか陰湿な悪口の類を一切言ったことがない。
だからルフォンなんかもテユノのことは好きだし、リュード自身も突っかかってくるようなことさえなければ好ましいとも思う。
だからやたらと突っかかってくるテユノにむしろ自分が嫌われてるんじゃないかとリュードは思っていた。
椅子から身を乗り出して顔を近づけてきたテユノの目は真剣そのものだ。
今はさっきの女性たちだけとはるかに人の目の多さが違う上にいる場所が場所だから少し考えてほしい。
がっつり見てくる奴こそ少ないけどみんなチラチラこっち見てる。
「むしろ逆というか……好きというか……」
すぐに勢いがなくなってシュルシュルと席にもたれかかって戻っていくテユノの言葉の終わりの方はリュードには良く聞こえなかった。
それよりもテユノが離れて視界が開けたことによってテユノの後ろの方、真ん中にいるテユノの父親である村長が見えてしまった。
手に持ったコップを握りつぶさん、いや今握りつぶしてこちらを見ている。
テユノは気づいていないようだけど村長の殺気立った視線に俺は気が気でなく、村長の視線をテユノで遮るように少し姿勢を落とす。
娘が男と近い距離にいたら親としても気が気でないのは分かる。
もしかしたら村長側から見ればキスでもしているように見えるぐらいの体勢、近さに見えたのだろうか。
殺されるなら食べよう。
死を覚悟するような殺気を受けながら最後の晩餐とばかりにリュードは食事を取ることに決めた。
その間も村長の視線はこちらから外れることはなかったけど、少し遅れた献上や同年代の子供たちがお祝い、主にテユノにだと思うけど、に来てくれたりと忙しく過ごす中で気にしなくなっていった。
ただ真っ先にお祝いに来てくれそうなルフォンが来てくれなかったのだけはかなり気になった。
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