初めての力比べ2

 力比べ当日、農業組や力比べに出ない人で近くに魔物がいないか見回ったりみんなに振る舞う料理を作ったりする中、力比べに出場するみんなはいつもの無駄口も叩かず戦いの直前まで力を蓄えている。


 メーリエッヒも気合が入っていて前日の夜ごはんと今朝の朝ごはんは力をつけるという意味でやたらと豪華だった。


 村の北にある力比べ会場には大きく周りを柵で囲ってその周りに観客である村人と柵の中に出場者である村人がすでに集まっていた。


 会場といっても森を切り開いて地面をならした程度の場所なのだが。


 参加する数は男女合わせて子供20人、大人100人ほど。

 およそ村の半分。農業専業組と参加できない子供、一部の警備要員や医療要員を除けば参加しない人の方が少ない。


 今年は子供の数も多いそこら辺もちょっとした見どころになっている。


 周りではすでに料理が少しずつ振舞われ、大人たちは地べたに座って酒を飲み始めている。

 力比べは力を見せつける場でもあるが同時にお祭りでもある。


 農業組では自分ところの農作物をチップにして賭けをしている連中もいるが今日は無礼講なので問題はない。


 柵の中、全身筋肉の塊みたいな赤髪の男性が参加者たちの前に出る。


 村で1番強い男、村長のヤーネル・ドジャウリである。


 互いに挑発しあっていた男たちもなんてことはない会話をしていた女性たちも、柵の外で酒盛りしている連中もみな口を閉じてヤーネルを見る。


「今日は力比べの日である。……あまり長いこと話しをしてもつまらなかろう。私は私を超えてくれる者がいないか楽しみにしている」


 のどに魔力を込めて話す村長の低い声はよく通りみんなの耳にしっかりと聞こえる。


 不敵に笑う村長は正直怖い。立っているだけでも相当な威圧感がある。

 というかもっと小さかった頃は本気で村長が怖かった。


 竜人なんじゃなくて鬼人族なんじゃないかと思っているほどだった。


 竜人族も割と身長が高く男性では180センチほどには平均でなるのに村長はそれより頭一つ高く2メートルほどもある。

 さらにパワーは上がるのに筋肉がつきにくい不思議な細マッチョ体質の竜人の中で筋骨隆々なマッスルボディーなのだ。


 本来なら村長は竜人族と人狼族交代で行うはずなんだけど圧倒的強さのために村長の地位にあり続ける剛の者でもある。


 村長がひけらかすようなことはないけど村長は400年前の戦争で英雄と呼ばれる竜人の1人の子孫に当たる。


 ひけらかすのはテユノの方だ。


「力比べの開催を宣言する!」


 全員が歓声を上げる。観客よりも参加者の多い力比べが今始まった。


 まずは子供部門の女の子から始まる。


 女の子は8人で同い年のルフォンとテユノも参加者になる。


 何かにつけて練習をサボろうとするルフォンは期待できないのは分かりきっている。


 ひっそりとだけどテユノには期待している。


 15歳が1人いるから優勝は難しいだろうがくじ引きによるトーナメントの割り振りを見るとテユノは15歳の参加者と逆の山になっているので決勝までは行けるのではないかと踏んでいる。


 始まった力比べでは何と刃引きした金属の武器を使って行う。


 子供にはもっと安全にした方がいいんじゃないかと思うけど特にそんな声はリュード以外から聞こえてはこない。


 大怪我をしかねないがそこも込みである。直前で手加減することや怪我をしないように攻撃を受けること、あるいは敵を認めて降参できること。

 これらも1つの技術や冷静な判断能力、強い心とみなされる。


 それでも子供は子供なので全くの手放しで戦わせるのではない。

 大人部門ではいない審判が柵の中で試合を監視している。


 手には鉄の棒を持っていて危険な時にはいつでも止められるようになっている。


 試合はどうかといえば熱意の高さは戦う当人たちより親や近しい人たちの方がはるかに高い。

 これは子供部門の特徴でもあり応援も優しい応援が飛び交っている。


 ルフォンは美少女ということもあっておじさんたちの応援も意外に大きかったのだが、1回戦敗退。


 ナイフを使って身体能力に任せ切り込んだが甘い戦いは14歳の竜人の子にはもはや通じなかった。

 冷静にナイフをさばかれてあっさりと剣を突き付けられた。


 テユノは予想していた通り善戦していて12歳、14歳の子をそれぞれ下して決勝に進出した。


 決勝の相手はやはり15歳の人狼族の少女であった。

 16歳で大人と認められる村の中にあってギリギリ子供世代である。

 当然優勝を期待されていることになり、実力も伴っている。


 人狼族の少女が構えるのはナイフよりもやや長い短剣、それに対してテユノは短槍。


 始めの合図がかかってもテユノは動かず槍先をわずかにユラユラと動かしながら槍先を相手から離さない。

 人狼族の少女はテユノを中心に円を描くようにゆっくりと移動する。


 人狼族の少女は相手が12歳とあり余裕の笑みを浮かべている。


「行くぞ!」


 にらみ合いが続いて、やがて痺れを切らした人狼族の少女がテユノに向かって一直線に走り出す。


「ハァッ!」


 攻撃の先手は長物を持っているテユノ。


 容赦なく突き出された槍を人狼の少女が左を下げた半身になりながら真っ直ぐから右斜めに1歩踏み出すことで回避し、テユノの側面に飛ぶようにしながら首めがけて短剣を突き出す。


 槍の石突き側で短剣を弾くと人狼の少女の方に体を向けながら短槍を振るう。


 飛び退いて攻撃を回避したものの人狼族の少女の顔から余裕は消えている。

 一瞬の攻防に固唾を飲んでいた会場が沸く。


 もっと簡単に終わると思っていたことを恥じるリュード。


 今度仕掛けるのはテユノの方。短槍による素早く鋭い突き。


 人狼の少女は躱すのにいっぱいいっぱいで戻りの早いテユノの突きに反撃できないでいる。


「くっ……ナメるな!」


 絶え間ない連続した突きの連続に疲れたのかほんの少しだけ突きの速度が落ちたように見えたのは罠。


 誘われたことに気づかぬまま無理やり自分の間合いにしようと踏み込んだ人狼族の少女の足を突きから巧みに槍さばきを変化させて払った。


 まさしく足のつく瞬間だった人狼族の少女はあっけなく倒れてしまい、テユノがその隙を逃すはずもなく槍を人狼族の少女の首元に突きつけた。


「そこまで! 勝者テユノ!」


 驚愕して負けを認められない人狼族の少女に代わり審判が勝敗を宣言する。


 ワッと会場が盛り上がりテユノ。


 思わず喜んで両手を上げてしまったテユノはあんな戦いを繰り広げたとは思えない年相応の可愛らしい女の子だった。


 負けた人狼の少女は呆然としていたが悔しかったのだろう、退場するとき泣いていた。


 12歳で15歳を下した。


 これは並々ならぬ快挙であってきっとテユノはしばらくの間持て囃されること間違いなしだ。


 次に始まるのはリュードも参加する男の子の子供部門。


 警戒すべきは女の子グループ同様に15歳だろう。

 15歳の子供はやや多く4人。


 人数は12人いるので優勝するのに4回戦う山と3回戦う山ができる。

 くじ引きの結果リュードは運悪く4回組の山になった。


 しかしその代わり15歳の内3人が逆側の山に固まった。

 おそらく15歳の参加者は勝ち上がるだろうから優勝するにしても4人中2人、15歳を相手にすればよいことになる。


 運がいいのか悪いのかどちらにしても勝てばいい。トーナメント表を前に高ぶる気持ちを抑えられなかった。


 テユノの優勝の熱が冷めやらぬままリュードの戦いも始まった。


 リュードの1回戦の相手は12歳の竜人族。


 奇しくも同族同い年対決はリュードによる胴への一撃で瞬殺だった。

 申し訳ないがリュードが見据えているのはもっと先。ここで体力を使うわけにはいかない。


 2回戦は14歳の竜人、こいつには見覚えがあった。


 以前から人のことをツノありだの獣人だの馬鹿にしてくれたクソ野郎である。


「1回戦はたまたま勝ったようだが俺が相手ではそうはいかないぜ!」


 リュードが12歳なので完全になめ切っている。相変わらずムカつくことだが見てろ。


「始め!」

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