第12話 提案

「提案ですか?」


春に客先から戻ってきてから、社内のプロジェクトに私は入っていた。と言ってもヘルプ要員的なもので、そのバタバタもようやく落ち着こうとしていた。


そんな時に上司に声を掛けられ、新規の開発案件の提案活動の手伝いをするように指示をされる。


「ちょっと提案要員が足りなくてな。入ってくれ」


提案活動は、つまり新たな自分たちの仕事を取ってくる作業で、大きな新規案件の提案をしている時なんかは、上司がばたばたしているのは知っていた。


でも、提案作業なんて何をするのだろうと想像もつかない。


そのことを何気なく家で話をすると、


「真依もS社の提案に入るんだ」


「柚羽も関わっているの?」


「うん。わたしが担当営業だから」


「何するかって知ってる?」


「お客さんから出されたRFP(提案依頼書)の内容を読み込んで、うちならこういう形でシステム化できますっていうのを纏めて、あとは費用面や契約面の調整かな。営業と開発側は分担が違うから、真依がやる内容まではわたしは分からないけど、基本は提案資料を作る作業だと思う」


「柚羽、やったことあるんだ」


「案件を取ってくるのが営業の仕事だからね」


私には全く想像もつかなかった提案活動に、柚羽は経験があるというだけで感心してしまう。


だって、私にとって営業の仕事は、案件を取ってくる。契約をする。請求をする。くらいしか想像がついていなかった。


「難しい作業?」


「案件にも寄るかな。今回は新規のお客さんの案件だし、確度的にはそんなに高くなさそうだけど、予算足りてないって言ってたし、やるしかないんだよね」


「そうなんだ」


部門や所属しているグループでも定期的に案件の情報交換をする場はあるものの、私は聞いているだけで上の人の話だという感覚しかなかった。


でも柚羽は営業だから、自分の仕事に直面する問題だろう。


「今って案件少ないの?」


「見込んでた大規模案件が失注したから、見込みが外れたのが大きいかな。真依もその案件に入る為に戻ってきたんじゃないの?」


「そういうの全然知らない」


首を横に振ると、呆れたと柚羽に溜息を吐かれる。


「だって私、仕事を取ってくるのに関わってないもん」


「だよね」


「柚羽ってどうして営業になったの?」


うちの会社は新卒採用の時点では、勤務地しか決まっていない。基本的な研修を受けた後で、枠の中から各自が希望を出して決まって行く。営業は1つしか枠がないので、希望しない限りなる確率は低い。


「なんとなく、面白そうって思ったからかな。あんまり深く考えてないよ。お姉ちゃんにはシステム会社に入ったのに、なんで営業なんだってバカにされたけどね」


最近思い出すことのなかった葵さんの話が出て、心がちくりと痛む。姉妹関係に影響しても、と思って柚羽には葵さんに告白されたことも断ったことも伝えてない。


「柚羽は営業の仕事好き?」


「うーん。どうだろう。楽しい時はあるし、苦しい時もあるからなあ。でも、比較対象ないから分からないや」


「それはそうだね。私もSE以外はバイトの経験しかないから」


「真依って何のバイトしてたの?」


「カフェ」


「ひらひらのエプロンとか着て?」


「普通のカフェじゃないカフェを想像したでしょ?」


「真依って似合いそうだなって思っただけ」


「お母さんの知り合いがやってる近所の人しか来ないようなカフェだから」


「残念」


「柚羽はバイトしてなかったの?」


「飲食。チェーン店の居酒屋」


「なんか柚羽らしい」


「そこの店長とちょっとだけつき合ってたんだよね」


「同棲してた彼の前?」


「そう。バイトがきっかけで声掛けられてつき合ったんだけど、就職してからは休みが合わなくて別れちゃったんだ」


「確かに、飲食だと難しいよね。柚羽は気になる人見つかった?」


「まだ。そう言う所を見ると、真依は今誰かいるってこと?」


柚羽から矢が跳ね返ってきて、慌てて手を横に振る。失恋をして、葵さんに慰めてもらって、でも葵さんから告白されて、とここ数ヶ月は私の26年間の間の恋愛イベントを凝縮したかのような出来事があった。


でも、後味が悪くて、自分には向かないのかもと今は消極的な時期に入っていた。


誰とでもすぐに仲良くできる柚羽は、それだけ恋愛経験が豊富で羨ましさはある。ただ、自分が柚羽のようにできないことは分かっている。


「今は考えたくない。こうして、年々追い詰められていくのかな」


まだ20代後半とはいえ、あっという間に30代になるだろう。


「そうだね。わたしも真面目に考えないとな。肉食系は避ける」


「前の彼氏そうなんだ」


「今思うとね。真依は告白されても、軽い気持ちでOKしちゃ駄目だからね。男って自分の都合が悪くなると平気で嘘吐くから」


「そのくらい私だって考えて返事するよ」


葵さんからの告白は、しっかり考えて、自分の結論を出したので大丈夫なはずと内心で頷き返す。


「ならいいけど、何かあれば、わたしも相談に乗るからね」


「相談できるまでの道のりがまだまだ遠いよ」


「駄目だよ。前向きに行かないと」

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