第29話 チュートリアル:ナンパ

「風、気持ちいいね」


 海面が反射する夕日の光が眩しく、髪を抑える彼女の姿を影に隠した。


 私に向けられた笑顔も影に隠れ、もっと笑顔を見ていたいと馳せる気持ちが沸き上がった。


 波の音が静かな砂浜に響く。ブロンドの髪を指で掻き分け、潮風が髪をなびかせる姿に、胸の高鳴りが抑えられない。


 私は彼女を愛してやまないのだ。


「こっちに来て」


 誘われて隣に立った。腕を組まれ、手も握る。肩に彼女の頭が添えられ、より一層に愛おしくなる。


「今日から私たち、夫婦なのね……」


 苦難を乗り越え、政略結婚も跳ね除け、私たちは愛し合った。愛を勝ち取った。


「ふふ、ねえ――」


 呼ばれて目を合わせた。


「子供は何人欲しい?」


 おいおい、もう子供の話か?


「だって子供がいっぱい居る方が、幸せじゃない?」


 いたずら顔でそう言ってきた。


 恥ずかしさから、私は思わず目をそらし、海を眺めた。


「あー、恥ずかしいんだー。かわいいー」


 勘弁してくれ。


「ほら、こっち向いて――」


 そう言われて素直にしたがうと、二人の影が重なった。


 それが私の記憶に残る、幸せの一ページだった。




『チュートリアル:起床しよう』


「メル……セデス」


 目を開ける。頬に伝う感覚。それで俺は涙を流していると分かった。


『チュートリアルクリア』


『クリア報酬:力+』


「……夢か」


 今のは夢だ。だが普通の夢じゃない。さっきのは前幻霊君主、アンブレイカブルの記憶だ。


 引き継いだ一部の記憶には無い知識が夢として現れたようだ。目覚めたばかりだからか、悲しいような、嬉しいような、何とも言えない心境が胸に残っている。


 メルセデス。知らずに口走った名前がアンブレイカブルの奥さんの名前だが、びっくりするほどの美人だった。アンブレイカブルのディビジョンで見た絵では分からない美しさだ。


「……」


 考えても仕方ないので、首を動かしてデジタル時計を見ると、まだ六時ごろだ。


 って言うか、重い。体が重いんだが。大吾の奴寝相悪すぎだろ。俺を抱き枕かなんかと勘違いしてるだろこのホモ野郎が。


 と、思いながらさっきから寝息が聞こえる方へ顔を向けると、俺は固まった。


「……。……!?」


 男の暑苦しい顔があると思いきや、なぜか瀬那の顔がそこにあった。


 脚が絡まり、手が俺の胸に置かれ、特徴的な胸部が腕を包んでいる。つまり、左半身が瀬那に抱き着かれている。


 マジで何があったのか、なぜ俺はギャルゲーのおきまり展開を体験しているのか、閉じた薄いピンクの唇が俺の脳漿を掻きまわして考えられない。


「ぅん」


 瀬那の瞼が半分開いた。明らかに眠たそうだが、今起きられると非常にマズイ気がする。


「……あれ? ……もえ」


「お、おはよう瀬那」


 むくりと起き上がる瀬那。寝巻が乱れ肩を露出する。


 そして俺はひらめいた。


(まさか……ノーブラなのか……!)


 一気に血液が凝縮された。


 た、確かにネットのエロい人が言っていた。寝るときはブラをしない方が良い、と。


 だがそれは女性の意見ではなく暇なオッサンの戯言だと思っていたが、どうやら認識を改めなければいけないようだ。


「おはようも……え……」


 俺の顔を見た眠たそうな顔が、健全男子の朝の状態を見るや否や、みるみるうちに赤面していった。


「わ~お~」


 そして健全な部分がこう言った。


「コンニチハ!」


「きゃあああああ!!」


「」


 朝から早々に顔をぶたれた。


 そして場所は変わり、朝のレストラン。


 朝食付きので予約していて、さすが大吾さんといったところか。


「で、三人で駄弁ってたけど、俺と蕾がベッドで寝落ち。瀬那はそっちに行ったって感じか。気ぃ使わせちまったな瀬那」


「ありがとね」


「いいよお礼なんてー。カップルの朝は大変そうだしー」


 朝食のサンドイッチを頬張る俺たち。口元にエッグを付けた瀬那がにやけている。


「俺と蕾がイチャコラしてたのにお前ときたら、ップ! ほっぺに紅葉咲かせて現れるなんてな……! ッププ!」


「大吾くんダメだよ笑っちゃ……クス」


 カップルが俺の顔を見て笑いを堪えている。


「不可抗力だ。笑いたきゃ笑えよ」


 つか何さらっと朝からイチャコラしてんだよ。これだから下半身でしか物を考えない奴は……。


「とっ、とりあえず思い出として撮っとくわ」


 若干笑いながらにパシャリと一枚。寄ってピースする隣の瀬那と、頬を張らせた真顔な俺が映る。


「で? 帰りのバスは昼過ぎだし、これからどうするよ」


「俺と蕾は海水浴だな。二人そろってラブラブ日焼けしたいし」


「「ねー!」」


 ラブラブ日焼けってなんだよ。僕たちカップルは日焼けも共有する超ラブラブカップルでーすって事か? 確かに二人とも焼けてはいるが……。後が辛そうだ。


「私はまだ回ってないインスタ映えのお店行こうかなぁ。萌はどうするの?」


「俺か?」


 うーんどうしようかな。宿泊施設の滞在時間ももうすぐ過ぎるしゆっくりできない。マット敷いたパラソルの下でスマホゲーでもするかぁ。


「どーせスマホゲームでもして時間潰すんでしょ」


「っぐ! 瀬那の言葉が刺さる……」


「だったらインスタ映え巡りに付き合ってよ」


「そうすっかぁ」


 とりあえず方針は決まった。


 宿泊施設から荷物を持ってチェックアウト。そのまま海の家で荷物を預けた。大吾と花田さんは当然水着に着替えるが、ついでと言って瀬那も水着姿に。俺も海パンと白のTシャツに着替えた。


 運よく昨日の場所が空いていたのでそこを陣取る。ラッキーだ。


「って事で、ジュースよろしく~」


「待ってるね」


「「はいよー」」


 ジャンケンに負けて男子がジュースの買い出しに出向く。


「えーと、メロンソーダ二つとフルーツジュース一つ。あとゼロカロリーコーラも一つお願いします」


 大吾が注文し俺が決済。これぐらいなら全然驕る。


「テレビカメラだ」


「ん?」


 待っている間に大吾がカメラを持つ取材陣を見つける。遠目だがこの暑い中インタビューとは社会人も大変だな。


「ありがとうございました~」


 二つのメロンソーダを大吾が、残りを俺が持って女子が待つ木の下に戻る途中、隣の大吾が青筋を立ててキレた。


「なんだあいつらは……」


 よそ見をしていた俺は目を向けると、二十代前半と思わしき二人の男が瀬那と花田さんに話しかけている。


 男たちがニヤニヤしているのでどうやらナンパの類だろう。


「やっぱ可愛いね二人とも。歳近かそうだし、俺たちと遊ばない?」


「俺たちここら辺メッチャ詳しいから色々案内できるよ? 楽しもうよ~」


「あの、困ります」


「私たち学生なんで、ナンパなら成人した人にしてください」


 遠目でどういった会話をしているか聞こえないが、瀬那が毅然とした態度で断っているようだ。


「君たち学園の子か! 俺とこいつ一応攻略者の端くれでさ、ダンジョン結構入ってんのよ」


「ダンジョンの話とか学園の生徒なら諸々聞きたいでしょ! 知り合いがやってるカフェが近くにあるから、そこでゆっくりにでも!」


 顔がわかる程に近づいた。ナンパしてる男たちはサングラスを頭に掛けたそこそこのイケメンだ。


「あの私たち友達と彼氏と来てるんで、ホント困ります」


「君彼氏いるんだぁふ~ん。俺ってそういうの燃えるんだよねぇ。略奪愛ってやつ?」


「うわ、サイテー」


 ハッキリ聞こえた略奪愛の単語。大吾の顔じゅうに青筋が浮き上がる。


 そしてエンカウントした。


「あの、うちの彼女に何か用スか?」


「お? 彼氏くん? いやね、君の可愛い彼女とちょっとお話してただけだよ~」


 笑顔で対応しているが目が笑っていない大吾。それを知ってか知らずか、ナンパ師が勢いずく。


「やっぱり大人の魅力が良いって彼女さん言ってたから、これから隣のお友達含めて俺たちと遊ぶってさ~」


「え!? 私そんな事言ってな――」


「そーだよねお嬢ちゃん」


 ナンパ師の一人が慣れた手つきで花田さんに触れようとする。すかさず大吾が体を盾にして阻害した。


「やめろよ。いい大人が学生をナンパしてんじゃねえよ」


 大吾が俺の心情を代弁してくれた。俺も同じ思いだ。まったくもっていい思いは無い。顔には出さないが俺も腹に来てる。


「おいお~い」


「っく!?」


 左肩を掴まれた大吾。力強く掴まれたのか、持っていたジュースを落としてしまう。そして男が大吾に耳打ちする。


「ガキに女遊びは早いんだよ。彼女ちゃんは俺たちに任せておとなしくお友達と遊んどけって」


「ッ!!」


 痛みに耐える大吾の顔が怒りの相へと変わる。


 ナンパ師の腕を掴んで力任せに退かせた。


「いい加減にしろよ……! 学生挑発して楽しいかよ……!」


 着ているタンクトップの胸倉を掴んで大吾が凄んだ。怒りに燃える大吾に男はニヤニヤしている。


「け、ケンカはダメだよ大吾くん!」


 瀬那が睨みを利かせ、花田さんが心配を口にした。


 一泊二日の海。その思い出が喧嘩で終わるなんてたまったものじゃない。流石に俺も止めに入る。


「まあまあ落ち着いて」


 持っていたジュースカップを瀬那に渡して止めに入る。二人を引き離して間に入った。


「俺たちもう帰るんで、お二人はどうぞ次の情熱に向かってください」


「は? 邪魔だってどけよ!」


 もう一人が俺を退かす様に腕を動かした。その一挙動を冷静に対処。暴力的な手を瞬時に掴んで握手した。


「握手までしてくれるなんて、ご理解ありがとうございます」


「ちょっお前放せよ!」


 握手を解こうとするがしっかりと掴んでいるので離さない。俺の力が強い事に驚いているのか、握手している手と俺を交互に見ている。


 そして俺の背筋とアンテナの様な感覚が凍り、何かを察知した。


「放せよガキ!」


「こいつなんて力だッ!」


 何だこの感覚。向こうの離れた海岸から感じる。そこには当然遊んでいる人もいる。普通の光景だが、嫌な予感がして止まない。


「……ど、どうしたの萌」


「オイ! お前覚悟できてんだろうな!!」


 明後日の方向を見る俺に瀬那が声をかけ、握手を解けた男が激昂している。だが俺はそれをも無視してしまう。


 明確な異変に気づいたのは俺ではなく――


「なんだアレ?」


「え?」


 それの近くで遊んでいた人たちだった。


 突如、空中から突起物が現れ、それが縦線を沿う様に空間を斬った。


 ガラスが粉々に割れる様に空間が破壊。十数メートルに広がった渦の中から、ギョロリと無数の何かがこちらを見た。


 そして俺含むこの周辺にいる攻略者にメッセージ画面が出現した。


『ゲートが出現しました』


『ダンジョン:泡沫の同胞はらから


「ギィイイイイイ!!」


 俺が読み終えたと同時に、中からモンスターの大群が溢れ出た。

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