第28話 チュートリアル:BBQ

「いただきまーす」


 と、陣取ったマットに座り、パラソルの下で手を合わせた。


 大き目な使い捨ての皿に大盛りの焼きそばが。各々の皿にオムレツが乗っており、美味しそうないい匂いが漂って食欲をそそる。


「うンま!」


「だろ」


 大吾のリアクションに月野が反応した。


 確かに焼きそばとこのオムレツは美味い。店番を任される程の納得の腕前だ。月野に料理の腕があったとは知らなかった。


「えっとぉ、私、花田 蕾です。大吾くんとお付き合いしてます!」


「クラスメイトの月野 進太郎です。タメっぽいし、敬語じゃなくてもいいだろ?」


「うん!」


 月野はコミュ力高いな。花田さんみたいな弩級の美少女にものともしないなんて……。俺だったらどもり散らして過呼吸になるわ。


「梶に彼女が居たなんてな」


「おい月野、蕾に変な気持つなよ」


「俺、好きな人いるからそれは無い」


「え! 月野好きな人居るの!? どんな人クラスメイト!?」


 怪訝な顔の大吾が月野の言葉に一変し驚愕。瀬那にいたっては興味津々と女子パワー全開で問い詰めている。大吾の隣の花田さんも目をキラキラさせている。


「そんなに聞きたいのか。別に面白くもないと思うぞ」


「はよはよはよ!」


 月野がぐるっとみんなを見てから、最後に俺を見た。期待する視線を浴びている月野だが、俺だけはどっちでもいいのニュアンスな視線を送り、ため息をつき、休憩終わりまで話す、と言って口を開いた。


「その人は俺が小学生の時から世話になってる人。ご近所さんだったし、歳も五つ上で俺からすれば大人びて見えた」


「ふ~ん年上なんだぁ」


「月野はお姉さん好き……。って事は、今相手は成人済みって訳か」


 小学生の頃からの付き合い、ご近所さん、そして年上で大人びている。


 つまりは年上幼馴染のお姉さんって事か! 


「まぁ姉御肌って性格だな」


 性格まで言うかこいつ! 俺は今、圧倒的ギャルゲーな設定を聞かされている。俺がプレイしてきたギャルゲーでは、年上の幼馴染キャラはゆるふわ系のおっとりキャラだった。でも月野の場合は姉御肌ときたもんだから現実は面白い。


「で? その人とはどんな感じなんだ?」


「正直、姉弟みたいに育ったから接し方は今も変わらない。……いや、俺は男らしさを魅せてアタックしてるが、向こうがなんとも思っていないふしがある。難しいものだ」


「キャー! アタックだって瀬那!」


「月野頑張ってるじゃん! ガチ恋?」


「ガチ」


「「キャー!!」」


 女子二人の黄色い声があがる。色恋沙汰は女子にとっては大好物。


「柔道始めたのも、正直その人の気を引くため、男らしさを磨くためと今白状しよう」


「お前凄いな。しかも柔道の才能もあったと」


「見る眼変わるわ。月野って堅物なイメージだったけど、マジで男らしいよ」


「ああ、ありがとう」


 素直な感想を月野に言った。太いのは眉毛だけじゃなく、その人への想いも太いようだ。


「……ん?」


 笑顔の月野を見ていると、ふと、月野の想い人と思われる人物が一人だけ思い当たる。


 それはさっき月野と交代で店番している店主だ。俺たちが月野と友達とわかるや否や、すぐさま休憩を言い渡し、今に至る。


 バンダナを巻いた姿だったが、今思えば若いお姉さんだし、姉御肌っぽいふしもある。これは確定なのでは?


「ふーん」


 店の方向へ目を向けていると、俺の視線に釣られて瀬那もそっちに向いた。そして頭に電球が灯る様にひらめく。


「ん!? もしかしてさっきのお姉さんが!?」


「……バレたか」


「その人の気を引くためにバイトしてるってか」


 静かにうなずく月野。俺は自分の恋にこんなに必死な野郎は見た事がない。大柄な体型に似合う強かな恋だ。素直に応援したくなる。ジェラシーが大半だがマジで応援してる。


「っと、時間か。もう行くよ」


「バイト頑張れよ」


「恋の方もね!」


 大吾と瀬那がエールを送る。サムズアップを俺たちに向けて去って行った。


 なんか月野の知られざる秘密をしってしまった。


「よし。焼きそば平らげてもっかい海に入ろうか!」


「うん!」


 食べ終わるとカップルが手を繋いで海へと走って行く。大吾の腕にはビーチボールがあった。


 海でボールとはまたド定番だなと思っていると、食べ終えた瀬那が立ち上がった。


「食後の運動食後の運動! ほら、萌も来て」


「え、いいよ俺は」


「ダーメ。せっかく海に来たんだし、海で遊ばなきゃ」


 マジで遠慮願いたいところだが、大吾と花田さんの楽しそうな光景、瀬那の笑顔が陰キャな俺を後押しする。


 みんなの貴重品は俺の次元ポケットにあらかじめ回収しているし、盗難されても問題ない。まぁ盗る物はマットくらいか。


「はぁ、負けたよ」


 ため息交じりに向けられた瀬那の手を握って起き上がる。手を引かれて大吾たちのもとへと歩いた。


 暑い夏日が肌を焦がす。日焼け止めを塗っているから日焼けは大丈夫だろう。


 くるぶしまで濡らす海の水は、思いのほか冷たくなく心地いい。


 花田さんからボールのパスを貰い、優しく瀬那に放り投げる。


 ボールを落とさない様にするのは思いのほか面白かった。


「オラア!」


 急に水しぶきが幾度も俺を襲った。


 聞き慣れた声で、事の正体は大吾と察し俺は反撃。同じく水しぶきを大吾に浴びさせる。


「フン! フン!」


「ちょ!? お前の水痛いんだが!? ちょ!?」


 リア充死すべし。


「それー!」


「キャー!」


 いつの間にか水のかけあいになっていた。白のシャツが水を吸い肌にピッタリと着く。水を吸った服が気持ち悪いのは知っていたが、なかなかに嫌な感触だ。


「花房くんの筋肉凄いねぇ~」


「あいかわらず仕上がりすぎて引くレベル」


「ッ!」


 花田さんに見られてたじろぐ。陽キャの筋肉は魅せつける筋肉だろうが、俺の筋肉は魅せる筋肉じゃない。戦うための筋肉。見せたくないし見られたくない。だって恥ずいだろ。


「……」


 物言わぬ瀬那の視線で耐え兼ね、次元ポケットから新たなTシャツを取り出して着替える。濡れたシャツはそのまま次元ポケットにしまった。


「もう海から出るのか」


「少し休憩だよ」


 海からあがってマットの上で居座る。ジュースの買い出しやなんやらと、そこからの俺はみんなのサポートに徹した。


 そして日が暮れていき、場所は宿泊施設の屋上へ。


「「「かんぱーい!!!」」」


 三人の音頭でグラスが打ち付けられ、俺もワンテンポ遅れて乾杯する。


「この肉大将軍が家来のために焼いてやるから、どんどん食えよ~!」


「っよ! 大吾大将軍!」


「おいしー♪」


 夕食は屋上で設けあられたオシャンティーなテントの下でバーベキューだ。


 陽キャ御用達のグランピングとはいかないが、ハンモックもソファーもあってなかなかにイイ感じだ。瀬那もインスタに上げている。


 大吾の言葉を借りると、お肉無限地獄という名の食べ放題のジュース飲み放題なので気兼ねなく食せる。


 別に舌が肥えてる訳じゃないが、食べ放題にしては美味しいお肉だ。


「変わるよ大吾。焼いてばっかであんまり食ってないだろ」


「言ったろ俺は将軍だって。焼いた良い肉はひめに渡って、その次に俺。そして普通に焼いた肉は家臣の君たちへと流れてる」


 確かにちょこちょこと大吾が食べているのは見ていたが、選別していたとは……。


「まぁカービィかってくらい食ってる奴が俺の箸を止まらせてはいるんだが」


 呆れた視線の先にはバクバクと食べ続ける瀬那の姿があった。花田さんも嬉しがって肉を供給するから止まらない。


「今日食ってばっかじゃん……」


「ッム!」


 カービィに睨めつけられる俺。


「肉、貰ってくるわ」


「海鮮も貰ってきてくれ」


 はいよ、と言ってテントを抜け出して食材を取りに行った。


 引き続きBBQを楽しんみ、夜もふけていき、大浴場で今日の疲れを癒した。部屋にシャワーが設けられているが、やっぱり風呂に浸かるのは最高だ。


「ふぁぁ眠む……」


「もう眠たいのか?」


 同じ浴衣姿の大吾が問いかけてきた。風呂上りの冷たい牛乳を飲んだのに、覚めるより眠たさが勝った。


「もう十一時だし、俺寝るわ」


「健康的な睡眠時間だな。蕾と瀬那はしばらく出てこないだろうし、俺から言っとくわ」


「よろしく~」


「一応借りた部屋の電子キーは四人共通だから、そのまま寝ていいぞー」


「おやすみ~」


 そう言ってその場を後にし、借りた部屋に戻った。


 スマホで留守番しているリャンリャンに連絡。特に問題なそうな日常を送っていると返信が来た。


「……一応掛け布団は二つあるか」


 布団に包まってダブルベッドの端で横になり、俺は慣れない疲れからかすぐに寝付いた。




「ウルアーラ、この日本に来て一週間だが、感想は?」


 明りのない暗い暗い空間で、金の椅子に背もたれる男が黄金の杯で酒をあおる。


 質問された髪の長い女性、ウルアーラはその言葉を無視。執拗に指の爪を噛んでいる。


「俺はイイ所だと思うぜ? 紛争は無いし娯楽も溢れてる。平和そのものだ。数々の世界の例にもれず、普通は大混乱するはずが、覚醒したばかりの世界なのに普通に受け入れている。……適応力が段違いなのかねぇ」


 いつの間にか握っている風船の糸を離すと、ヘリウムガスにより空へと飛んでいく。


 赤い液体を飲む男を他所に、ウルアーラは血走った眼球を男に向ける。


「気に入らないのよ……。この世界は気に入らない」


 爪を深く噛む。


「気に入らない? またどうして? こんなにも愛が溢れた――」


 瞬間、黄金の杯が弾け飛ぶ。中身の液体が黒い空間にこぼれた。


「私は前から黄金……エル、あなたの事嫌いなの。わざとでしょ今言ったの」


「おいおい」


 噛む爪が無くなり指を噛み、青い血がを流しながらエルと呼ばれた男に近づいた。


「愛が、愛が何だってのよ! う゛う゛ああああああ!!」


 髪の毛を毟り取ってウルアーラは発狂する。


「どいつもこいつも愛しやがってえええ!! 発情期かクソ共があああああ!! 憎たらしい! 憎たらしい!!」


 エルの服の襟を掴んで訴える。唾と青い血を口から飛ばしながらエルに叫び、解放そると頭を押さえて狂乱する。


「あの、めっちゃ顔に唾飛んでる……」


「あ゛あ゛あ゛あああああ!!」


「これだから病んでる女は嫌だったんだよ」


 黄金の布で顔を拭き、発狂しながら何処かへと歩いていくウルアーラに向けて言った。


 足元に水が被ったと同時に、ウルアーラは静かに呼んだ。


「フランダー」


 水がボコボコと泡立つと、そこから跪く何かが現れ、すくりと立った。


「ウルアーラ! 久しぶりだね!」


「フランダー、そろそろ仲間を増やさないといけないのよね」


「うん! いっぱい溜ってるよ!」


「私のかわいいお友達、フランダー。私の言いたい事、分かるわよね?」


「うん! 任せてよ!」


 不吉な微笑みと無邪気な笑顔。対照的な笑顔が暗いこの場を支配した。

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