第23話 チュートリアル:ダブルデート

 「ダブルデート」とは何なのか。俺は今、この言葉の意味を理解できないでいる。


 まず「デート」とは何なのかを考えなくてはいけない。


 「デート」は、男女が日時を決めて会う。おおまかだが合っているだろう。


 男女のどちらかが一方に好意を抱いている。だから相手に好意を抱いてもらうためにデートする。これも合っているだろう。


 そして付き合いはじめてもデートはもちろん成立する。互いの愛を育むためだ。


 それと「デート」の解釈は、仲のいい友人どうしでも成立する点だ。まぁ昨今の基準だが。


 では本題の「ダブルデート」はどうだろう。


 「ダブルデート」は付き合っている二組のペアが、同じ日時で、同じ場所で、パートナーとの愛を育む。それが「ダブルデート」。まぁ合っているだろう。


 そして今の現状は成立しないのだ。「ダブルデート」は成立しない。


 大吾と花田さんは何ら問題ない。付き合ってるから。でも俺と瀬那はそう言った間柄ではない。クラスメイトであり、信頼できるチームメンバーだ。とどのつまり、この時点で「ダブルデート」は破綻している。


 だが、別観点から見るとそうでもない。仲の良いどうしなら成立する。


 清楚系の花田さん。黒ギャルパリピな瀬那。対極的な二人が仲いいのは驚きだが、仲が良いのは俺と大吾も同じだ。


 それを踏まえるとこういった構図になる。


 ♡花田さん×瀬那♡


 ♡俺×大吾♡


 これだと「ダブルデート」が成立する。


 まぁ結局俺が言いたいのは――


「近寄ってくんなホモ野郎!!」


「それはこっちのセリフだホモ野郎!!」


 大吾が花田さんの後ろに隠れ、俺は瀬那の後ろに隠れる。どうやら大吾も俺と同じチンパンな思考回路だったらしい。


「あはは、仲いいね!」


「何やってんの二人とも……」


 四人で昼食を終え、複合施設の中を探索している。土曜日なだけあって客足は多い。


「あのさ萌、その服装暑くないの?」


「暑いよ普通に。今は冷房効いててマシだけど」


 びっしり黒スーツな俺と違って、瀬那は本当に涼しそうなファッションだ。露出が多いから少し心配だが、単純に目の毒だ。


「バカだろ萌ちゃん。夏日でそれはないな」


「俺は形から入るんだよ! 俺はそう、ジェントルマンだ」


「……やっぱバカだろ」


 大吾が辛辣すぎる。まぁ今回は全面的に俺が暴走したから何も言えないが。


「あ、コレ可愛くない!」


「こっちも可愛いかも~!」


 立ち寄ったアクセサリーショップで黄色い声をあげる女子二人。俺と大吾は店の前で静かに立っている。


「……で? いつから付き合ってんの」


 普通に疑問を投げかけた。


「二ヶ月前だ」


 盛り上がっている女子を瞳に映し、大吾が腕を組んだ。


「実家に用があって本土に帰った時にたまたまな。それから何回か会って、付き合った」


 大吾の横顔が凛々しく見える。これが一皮剥けた男の姿か。


「どう言って告ったんだよ。全校生徒の憧れの的だぞ。どうせクッサイセリフで言ったんだろ?」


 頭を掻く大吾。一間置いて、口を開いた。


「……蕾から告ってきた」


 気恥ずかしそうに頬を掻いて俺に言った。


 俺は大吾の言葉が一瞬分からなかったが、花田さんが大吾に好意を抱くのも、分からないでもなかった。


 男の俺から見ても、よくできた男だと思う。成績優秀で誰にでも声をかける。おまけにイケメンときたから、女子は放っておかないだろう。知らんけど。


 そんな事を考えていると、沸々と怒りが湧いてきた。


 大吾の肩に手を置いた。


「うん、死ね」


「笑顔で言ってんじゃねーよ!?」


 彼女ができても変わらないツッコミで安心した。


「男子ー! 女子に荷物持たせるのー?」


「「あいよー」」


 瀬那の声を聞き、花田さんのホクホク顔を見て返事した。


 それからというもの、ファッション雑貨やメイク売り場。ゲーセンで遊んだり、ペットショップを覗いたりもした。俺と大吾が女子二人にコーデされ爆笑されたり、何気ない会話で盛り上がったり。俺も自然と、顔が綻んだ。


「あのさ、提案あるんだけど」


 休憩がてらに寄ったカフェ。瀬那が笑顔で言ってきた。


「夏休みさ、みんなで海行かない?」


「学園都市のビーチか」


「そう! リンスタでも人気だし、絶対楽しいって!」


「うん楽しそう! 行こうよ!」


 三人が盛り上がってるなか、俺は少し、いや、めっちゃ嫌だった。


 海とか陽キャ御用達のコンテンツだろ。青い空、広い海、そして和気あいあいな陽キャたち。陰キャの入る場所は無い。完全にアウェーだ。


「……おい」


 嫌だ嫌だとコーヒーを啜る俺に、大吾が迫る。


「水着姿の蕾を想像して鼻の下伸ばしてんじゃねーよ。俺の彼女だぞ」


「お前だろ想像してんのは!?」


 俺の声にも反応があった。


「え、大吾くんも花房くんも私を? やだ、恥ずかしい……」


「むー……」


 恥じらう清楚系は大変よろしいが、黒ギャルが俺を睨んでいるのは何故なのか。


 気まずさ交じりに流し目で瀬那を見る。


「ちゅ~。ん」


 ちょうどストローから口を離した瞬間。唾液の糸がストローから途切れた光景は一秒も満たないが、俺は見てはいけない物を見た気持ちになった。


「んー、じゃあ休憩終わり! 早速水着見に行こ!」


 場所は移ってファッションフロア。男性用水着はあるにはあるが、この周辺は女性用の水着が大半を占めている。


 他の女性客もいる中、一応女性連れの俺たちはい居心地が悪い。って言うか、目のやり場に困る。


「へぇ結構可愛いのいっぱいあるじゃん」


 居心地悪いの、俺だけだったわ……。


「蕾ぃ、これ試着してみてよ~」


「ええ! これはちょっと……」


 瀬那がいたずら顔で持って来た水着は、健全男子にはよろしくない危ない水着だ。上と下が一体化したやつで、なかなかにきわどい。つかよく売ってんなこんなの。


「い、い、いいんじゃないかな俺見てみたいなぁ蕾の水着姿~」


 興奮を抑えられないのか、早口で目が血走っている。鼻の下を伸ばしてるのは大吾だ。


「大吾くんの頼みでもこれはちょっと……」


「そ、そうか」


「でもね、可愛い水着を選んで、大吾くんに見せてあげるね!」


「うん、うんうん!」


 イチャつきやがってリア充爆発しろ! くっそー俺だって一回くらい言われたいっての!


「萌はさ、どんな水着好きなの……?」


「え、俺?」


 カップルが隣でラブラブしてる側で、瀬那が質問してきた。


「とりあえずソレはないかな。こっちが恥ずかしくなる」


「じゃ、じゃあどんなの?」


「うーん」


 水着かぁ。俺のものさしは某格ゲーのおっぱいバレーだが、実に制作陣が変態極まっているからなぁ。危ないやつからスク水まである。


「絵に描いたような女性水着かなぁ」


「それ分からないって……」


「だって瀬那似合わない水着ないっての」


「っ!」


 素直な感想だ。瀬那ってモデル顔負けのスタイルだし、肌を露出する抵抗もないから、堂々と水着姿で遊べるだろうし。もう根っからの陽キャだな。


「ほ、褒めても何も出ないって!」


「少し褒めたられたからって何赤くなってんだよ」


 瀬那は褒められる事に慣れていないらしい。まぁ俺もだが、瀬那は顔に出てるぶん顕著だ。


「大人びてるところあるけど、素直に恥ずかしがるの、かわいいと思うわ」


「ッッ~~! これ戻しといて! 違うの探して来る!」


 俺に危ない水着を押しつけて早足で去って行く。忖度無い俺の感想、そんなに恥ずかしいか?


「……これどこにあったんだよ」


 水着を見てため息をつき、辺りを見渡すと、視界の端でカップルがニヤついていた。


「なんだよ」


「いやー萌ちゃんも言うねぇ~」


「瀬那かわいかった~」


 まったくこれだから恋愛脳なカップルはめんどくさい。何を期待してるんだか。


「瀬那に限ってないから。むこうギャル陽キャだぞ。陰キャな俺には眼中にないって」


「どうかな~」


「どうだろ~」


 お互いに目を見て感想を言い合っている。イチャイチャしていてとても腹が立つ。


「はぁ、あのさ花田さん。これどこにあったか分かる?」


 普通の質問をしたはずだが、大吾が迫ってきた。


「おい、エグイ水着を着た蕾を想像して鼻の下伸ばしてんじゃねーよ。俺の彼女だぞ」


 彼女が絡むとめんどくさいと再認識した。

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