もうひとりの私編
第63話 まずいスティック
・・・・
・・・
「リズ・・やっぱりまだ起きてないかあ」
何か声が聞こえてくる それはどこか馴染みのあるような女の子の声・・
(・・・・・)
だんだん意識が戻ってきて
私は今寝てた・・のかしら
(夢を見ていたような気がする)
ずいぶん長いこと眠っていたような気がする
(パチ・・)
私の目が開く
「ここは・・」
寝ていて横になった体の上半身を起こす
体の節々が痛い
あんまりきれいじゃない無造作な部屋に
粗末なベッドだったけれど それはリズにとって見覚えがあった
(これは、下級支援宿泊施設の・・)
「リズ・・!起きたの!心配したのよ・・!」
その声は・・
「リコ・・」
(え・・リコ・・?)
「うっ・・!」
「リズ・・?大丈夫・・?」
リズは頭が痛くなっていた
自分の中に記憶が無理やり詰め込まれて蓄積されていくような・・
気怠さと一緒にそんな痛みがリズにやってくる
「無理しないで、リズ あれから5日も寝てたんだから」
(あれから5日・・? あれからってなに もしかして・・)
「なにか食べた方がいいわ 私、お水とってくるから
ちょっとまってて」
そういうとリコは素早く部屋をでていった
「・・・」
辺りを少し見まわす
「ズキ・・」
また頭が痛くなる
それはまるで私が前に意識が世界に移った時のような感覚
あの時は貴族のリズに私の記憶が湧き出てきたようだったけど
今度はまるで逆に・・
(・・ズキン・・)
すると一気に堰を切ったように私はその記憶を思い出せるようになっていた
「あ・・・」
(わたし・・)
(こっちの世界に戻ってきたんだ・・)
まだ周囲のわずかなものしか見ていないがおそらくそうだ
だってリコがいたから
リズは向こうの魔法が発達した不思議な世界に飛ばされる前
それは貴族の令嬢リズ・クリスフォードとして生活する前の
いかれた電子技術組織ロストオリジの下級ランクのゲーマー人間リズとして
ろくでもない会社に派遣されて
対人格闘ゲーム、オリジンによって日銭を得ながら
荒れた汚い町で日常を暮らしていた世界に戻ってきたのだと感じていた
「・・・」
あのときの白い光のせいで
ここにまた意識が戻ってきたのだろうか
でも・・一体なんのために私はここに戻ってこさせられたんだろう
そもそもなんのために
私がクリスフォード家のお嬢様として生きていた世界に
意識が飛んでいったのかもよくわからないまま ここに戻ってきたことになる
(よくわからないなあ・・)
とりあえずそんなに危ない状況ではないことには安心した
(5日間寝てたらしいっていうのはすごく心配だけど・・)
でも今のところお腹が減って頭が痛いくらいで
ひどい状態ではなさそう
「あの試合会場で受けた光・・」
リズはその時に光っていた胸の真ん中あたりに手をあてる
胸の中は今は光っていない
(あ・・)
感触が・・
ちょっと私の胸のサイズが小さくなってる
ていうか・・全般的に体が痩せている
「よっと・・」
体がだるいけどベッドから降りて立ち上がってみる
すると普段感じていた視点よりやはり少し低かった
でもそれはよくよく考えると
これは元々この世界であまりいいものを食べれていなかった私の
元の標準体型であって
けして体が小さくなったというわけではないのだと分かった
あの世界の貴族で豪勢な食事とよく寝て育ったリズ・クリスフォードの恵体に
意識が慣れていたということだ
「リズ・・!もう立ち上がって大丈夫なの? 寝てた方がいいんじゃ・・」
そこにコップに水を汲んで持ってきたリコが慌てて戻ってくる
「うん 大丈夫」
問題なく答える
けどお腹はすいていたし 喉も乾いていたから
リコの手から水の入ったコップを受け取って
「ゴクッ」
もらった水を飲み干す
うんなかなかこれは・・
5日間寝ていたらしいリズの体に水分が染みわたるのを感じる
そのリズの飲みっぷりを見て
「リズ 意外と大丈夫そうだね」
「そうね」
それから少しリコと話をする
・・
どうやらあの時からっていうのは やっぱり
私とリコが仕事の部屋に向かう時に都市で爆発があって
町の大通りを歩いていた時に起こった、あの黒いモンスターの襲撃があって
私が向こうの世界に意識が飛ばされた日のことだった
・・・
当時 リコと私は気を失って道に倒れていたようで
その時巻き込まれていた町の人たちも同様の状態だったらしい
リコ自身はすぐ目が覚めたけど
私は全然目が覚めないから心配だったらしい
「・・・」「・・・」
(そうなのね・・)
ただ話を聞くと全然黒いモンスターをみたとか
あの時現れたオリジンプレイヤー?
漆黒の怪人を見たとかそういうことにはなっていなかった
爆発の規模も私が見た都市が全部丸々消えてなくなるような規模じゃなくて
町自体にはあまり影響はなかったようだ
「・・・」
(やっぱり・・あれも私の見た幻影だったのかしら・・)
このアナザス地区では当時はただ爆発事故があったという扱いになっていた
アナザス地区っていうのは
私たちが住んでいる この荒れた汚いクソみたいな町がある地区
旧市街の町の物があちこち吹き飛んだり壊れたりしていたから
原因不明の爆発があって
それに人々が勝手に巻き込まれて気を失ったという扱いだったらしい
原因不明の爆発事故で人が意識を失って倒れたのは
この地区だけで起こったことじゃなくて
他の地区でもよく似た爆発と人々の失神現象が起こっていたという
その爆発事故の中心となった遠くの大きな都市の方は
「通信都市アナザスフリード」というんだけど
そっち方の爆発は規模が大きくて一際騒ぎになっていて
被害も大きくて通信都市の伝達処理機能に障害が発生したようで
通信都市を所有する財団の莫大な財力をつぎ込んで
原因の究明と復興が急ピッチで進められていた
・・・
私もあのとき意識がとんで
向こうの世界でリズ・クリスフォードとして目が覚めたとき
あの時襲ってきたモンスターが出した真っ黒い繭に包まれて
リコがどうなったのかその時すごく気になっていたから
無事だったようですごく安心した
するとリコが
「リズ、リズが寝てた時のことだけど・・リズは「黒い夢」とか見なかった?」
「え・・?」
「あのね 事故で気を失って倒れた人の中には
起きるまで黒い夢をずっと見てたっていう人が結構いたみたいなの
ひと昔前に世界で流行ってた奇病と一時的な症状がそっくりだったんだって」
(黒い、夢・・?
気を失って倒れた人たちの中には
もしかしてあの真っ黒い繭に包み込まれた人も・・)
「・・私は別にそういうのにはなってなかったわよ」
(まあ それよりもっとやばい魔法の異世界の夢は見てたけども・・)
「それは・・そうよね
よかった 組織の私たちは流行りの奇病には何故かかからなかったものね
私も大丈夫だったわ
事故で集団感染なんてちょっとおかしいわよね」
「そうね・・」
・・・
(・・・)
私の意識が移った向こうの魔法の世界の事情を
リコにも話してみようかなと思ったけど
それは・・あまりにも奇想天外というか
別の何か変な病気を疑われそうだし
向こうのことを話せば長くなりすぎそうだなあと思ったので
今は伏せておくことにした
すると向かい合っていたリコは
「リズ・・そのね 実は・・ あ、いや 今はやめておくね・・」
(え なにそれ・・ちょっと気になるけど・・)
リコは何かの話を切り出しかけたようだけど
話を切り替えた様子だった
「それよりリズ、 お腹が減ってリズの食べ物がなかったら
私の持ち物からいくらでも食べてていいから
ほんとは一緒についててあげたいんだけど・・
その・・わたしもこれから仕事なのよ
リズのことは事故で目が覚めてないからしばらく休むって
会社の人にはいってあるから安心して」
(そうかあ・・ここでは仕事してるんだったなあ 私たち・・)
そう簡単に仕事を休めない事情も分かってしまう私
「・・わかったわ」
「だいじょうぶ、リズが起きたから私、今日は頑張って稼いでくるわ」
リコはそこで話を切り上げる
今日もオンライン通信対戦でオリジンをして戦って
生きていくための日銭を稼ぐのだろう
でも連日働きづめなのか リコはちょっと痩せていて顔色があんまりよくなかった
「パタン」
扉は閉まり
リコはこの粗末な施設の部屋からでていった
・・・・
(はあ・・どうするかなあ)
とりあえずは・・
「お腹すいた・・」
寝ていたとはいえ5日間も何も食べてないわけだ
ボロい部屋の隅にいって
リズは覚えている自分の持ち物を漁る
普段全然美味しくない最低限の栄養をとるだけのための
パサパサしたスティック状の食べ物を袋から取り出して
「ポリポリ・・」
ベッドまで持ってきて座って食べる
久しぶりに食べる気がするこの味
リズ・クリスフォードとして貴族の贅沢味に慣れて
舌が肥えてしまったかと思ったけど
(まあまあね・・)
お腹がすいているとそういうものでも いくらかマシにはなるらしい
・・・
リズは自分の右腕を見る
均一された安い生地のシャツから出る、何もついていないリズの白くて細い腕
向こうの私と比べて
栄養状態がよろしくないため あまり血色はよくない
(学園の制服でもないし 腕輪は・・ついてるわけないわよね)
この世界でアスラの声はもう聞こえない
(あの後 向こうではどうなっちゃったのかしらね・・)
「(無事ではあった・・ケガもしてないわ でも)」
「(なんとか・・、ならなかったわね・・)」
向こうの世界で生活しているうちにいつか
なにか起こったり こんな日がくるかもしれないって
私思ってた
でも・・
「(私まだみんなにお別れも言ってないのになあ・・)」
ここに戻ってきたんだから私にはリコだっている だけど・・
「(また私ひとりになっちゃったね・・)」
「・・・」
リズの目にじわりと涙が浮かんでくる
「お前 リズか?」
「・・・」
あれ・・この小生意気な声は
「え・・ゲンゴ・・?」
だけど見渡してみても部屋には誰もいない
少しまばたきをして少し濡れた目をシャツでこする
私とさっきまでいたリコしか部屋の中にはいなかったはずだ
幻聴・・? だって私こっちの世界にまた戻ったんじゃないの?
そもそも戻ってなかったの?
え そしたらリコは? この部屋は?
「ここだ リズ」
声のした方をよく見る
するとだいぶ視線の下の方に
「・・・?」
そこには手のひらよりは大きいくらいの
「鳥のぬいぐるみ・・?」
鳥人間っていうか黒い翼がついてる
それに小さいけど ちゃんとした和装の羽織を着ている
くちばしもついてるよ カラスみたいな
(この目つきの悪さ・・)
鳥の頭なんだけどゲンゴのような面影のある生意気な顔つきをしている
ぬいぐるみとしてはちょっと精巧にできすぎているか
「あら・・」
「目が覚めたようだな」
鳥人形がしゃべる
いやでも私はもしかしてまだ目が覚めてなくて夢の中なのかもね
だってこんな・・
まあせっかくだしね
「ねえ 触ってみていい?」
といいながらわたしはその羽の生えたぬいぐるみを・・
「グアシ!」
掴む
(鳥って確か体温が高いんだよね ややあったかい)
「おい やめろ! 触るんじゃない」
(へえ・・よくできてるなあ・・)
なかなか羽毛がきめが細かくていい手触り
わたしはそのなぜか暴れるぬいぐるみに生えていた翼を手でつまんで
「ビヨーン」って
広げる
「わあ・・ほんとに羽みたい」
黒くてけっこうツヤツヤしてる羽 高く売れそう
(せっかくだし1本くらい抜いてみようかしら・・)
わたしが少し邪悪な考えを思いついてさらに羽の1本1本を
広げてみていると
「ウインド!」
(えげ・・!)
私のおでこ辺りに小さく風がぶつかってきた
私の前髪がファサア・・ってなる
(・・・)
「・・・ゲンゴなの?」
ここでようやく私は本題に触れる
「そうだ ・・お前はリズでいいのか? 少し姿が変わっているが」
(はあ・・やっぱりゲンゴなんだね)
私より比較にならないぐらい変わっているゲンゴから言われる
「そうよ 私よ」
・・・・
そこで新生ゲンゴと私は少し話をする
手触りが意外とよかったので
リズは人形になったゲンゴを手の位置にのせたまま話している
いろいろ話した後、
「俺も死んだってわけじゃなさそうだな」
「そうね」
(すごい姿になってるけどね)
少しゲンゴに起こったことを話してもらうと
ゲンゴもはじめは意識がなかったようで
私がこの部屋で気を失って運ばれてベッドで寝ているときに
あの白い光があった私の胸の場所にいたらしい
その時から姿はあの鳥人形のようになっていたらしい
私が起きるまで部屋からは出ずに
人が来たときはとりあえず見つからないように術で姿を消していたそうな
「一緒に来たのってゲンゴだけなの?」
「悪かったな でもたぶん俺だけだと思うぞ
近くにはお前しかいなかった」
「そう・・」
もしかしたらゲンゴは私が意識を失ったときに一緒にあの光を浴びたり
私の胸の白い光の一番近くにいたから巻き込まれてしまったのかもしれない
この姿なのは・・私と違ってゲンゴにはこっちで意識する体がなかったから
そういう姿になったのかもしれない
「それでここは一体なんなんだろうな 学園ではないようだが」
「・・・」
「ここは・・私がゲンゴ達に会う前にいた世界なの」
伝わりにくいと思うけど私は正直に話しておく
「・・?どういうことだ」
(やっぱり長くなりそうだなあ・・)
それで私は全部は説明しきれないけど説明をする
・・・・
ここでの私の生活のこと
私もよく知らないけど身の回りで知っている範囲のこの世界のこと
それでモンスターの襲撃にあって白い光に包まれて目が覚めたら
あっちの世界にいて意識がリズ・クリスフォードだったこと
「なるほど・・」
(おお わかってくれたかなゲンゴ)
「よくわからんな」
(やっぱダメか)
「だが一応無理やりこの状況のつじつまは合ったな
お前を
「そうなのよね・・」
「どうするんだ リズ これから」
「そういわれてもね・・こうなった以上はなんとか
わからないところを埋めていきたいんだけど
私・・そのね・・ここだと貧乏で明日の暮らしもままならないの
働きながら手がかりを探していくことになるわね・・」
「その辺は魔法でなんとかならないのか?」
「あっ・・」
(そういえばそういうものがあったわね
ゲンゴもさっき風魔法を使っていたわ)
そう思って試してみる
が
「使えないわ・・」
両手をつきだして魔法を詠唱してみても うんともすんともいわない
魔力が渦巻くかんじもしない
リズ固有の抜け殻魔法すら使えない
イヴの力も使える感じは一切しなかった
「ん?なんでだろうな 俺は使えるぞ
ただこの体なのと この世界にはどうも魔力がわずかしかないから
使えるといってもかなり術のレベルは限られるが」
そういってゲンゴは魔法でフワーっ!と浮いている
「なんで私は使えないのかしら・・」
(まあ元々こっちでは使えてなかったからね 魔法のある世界じゃないし)
でもあっちでは使えたんだから・・、
別に使えてもいいじゃないのよね
「・・・・」
少し納得がいかないので目の前でフワフワ浮いていたゲンゴを
「や、やめろ」
「ガシ」
八つ当たりで捕まえておく
(魔法が使えないならば この珍しい魔法が使える鳥人形ゲンゴを見世物にして
お金を稼いでいくしかないか・・)
リズはまた少し邪悪な考えを巡らせていく
(でもねえ・・このクソみたいな街じゃあね・・)
このリズの住む荒れた旧市街区では不思議な鳥の見世物を始めても
せいぜいゲンゴは羽をもがれて美味しいチキンとして
出荷されてしまう可能性も
「まあ大丈夫だリズ 生きてりゃなんとかなるぜ」
チキンとして出荷されそうだったゲンゴが私の手の中でそう励ましてくれる
「そうね・・」
(とりあえずは今日は体力を回復して明日からね・・)
・・・・
リズは栄養補給のために棒状の携帯食料の次の袋をあけて
ベッドで座ってポリポリとまた食べていく
ゲンゴにも1個あげる
(・・ひとりじゃなかったね )
「・・まずいな これは」
ゲンゴはリズから渡されたひどいスティックの味に顔をしかめる
(ポリポリ・・)
「おい、お前こんなものを俺に・・」
「・・」
「リズ・・お前、泣いてるのか・・?」
「・・まずかったのよ」
「そうか」
・・
私たちは並んでその後は黙って一緒に
泣くほどまずいスティック状の食料をポリポリとその日は食べていた
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