第41話 マギハちゃん

 「ッシュ しゅ!」


アスラの首にかかった巾着袋がよく揺れている


アスラを連れて聖セントラル中央魔法学園の広い中庭を歩いていく

アスラはさっきゲンゴから習った格闘技の感覚の復習なのか

熱心にシャドーボクシングをしながらフラフラついてきていた


「みて~ こんなに早いよ!リズみたいに!」

(シュッ!シュっ!)

小さい炎は足の生えたオタマジャクシのようにせわしなくチョロチョロと動いて

リズの視界の端を気の向くまま

あっちへ行ったりこっちへ行ったりしている


「はいはい」

周りの学生たちの視線が少し振り返って向けられている

(なんかちょっと恥ずかしい・・)


でもアスラの機嫌がよさそうなので特に止めたりはしない

特に何ということもないけれど

元気に動き回る生き物を眺めるのはなんとなく小気味がいい


(これからどうしようかしら アスラも喜んではりきって汗をかいて

動きっぱなしだから売店に寄ってジュースでも買っていこうかしら・・)


私の視線が自然と中庭の涼しそうな大規模な噴水の方を向く

この学園には大なり小なり噴水がたくさんある

(滝や湖もあったりする セントラル地区って広いよね)


立ちのぼってしぶきをあげる噴水の水が涼しげな音を奏でていた


「(リィン・・)」

(え・・)

水面に立つような音ではないはずなんだけど

妙に涼しくてさっぱりと凛としたような音が近くに聞こえた気がした


(  )

自由な小さい炎をじっととらえていた小さい星の光のような瞳



「ねえ あなた なにをしているの?」


(あれ こんな子いたっけか・・)

ぼうっとしていたので気が付かなかったのかもしれない


驚くほど近くに その子は噴水の影のほとりにちょこんと

一人で行儀よく座っていて

アスラの方をじいっとみて声をかけていた

アスラはその子に突然声をかけられたけど 特に気にした様子はなかった


「なにってパンチだよ」シュパパパパ

当たり前のようにアスラはご機嫌な調子で答える


「ふーん へんなの ふーんふーん」

そういってフフっと笑う少女は 

ちょうどアスラと同じくらいの女の子で

とても奇麗でまっすぐな 艶のある黒い髪をしていて

その髪が小さな肩にかかっていて

黒い蝶々のような飾りとフリルの付いた奇麗な黒のドレスを着ていた


黒の面積がとても多いけど その色はその子の雰囲気に合っていて 

とっても可愛らしい


(珍しいわね・・このくらいの子がいるなんて)


この中庭は聖セントラル中央魔法学園の学生の施設の間にあるので

離れの郊外の公園などとは違って

近所の子が入り込むようなことはないのだ


初等部からも離れているから 

ここには私くらいの学生か学園の仕事関係の大人の人が多い


黒髪の女の子は まだ小躍りのようなパンチの挙動をやめないアスラに

テンションがあがったように喜んでいる

(アスラ・・)


「あなたって すごくいろんな音がするのね! 素敵ね!」


(音・・?も、もしかして この子も変な子なのかしら

アスラと気が合うのかしらあ・・)


なんて失礼なことを考えていると


もうすでにアスラと打ち解けあっているようで 

不思議な女の子はキャッキャと話し始めている


(すごいなあ・・この頃の年齢の子って ほんとに誰に対しても

すぐに仲良くなっちゃうわよね ちょっと見習いたいかも・・)

・・


「あなたはアスラちゃんっていうのね!

私はマギハっていうのよ」


あら もう名前まで交換してる マギハちゃんていうのね


「ふうん マギハちゃんていうんだね 

マギハちゃんの髪の毛ってつやつやだね」


アスラはその目に見えたもの 全てが気になるようで

知り合ったばかりのマギハちゃんの

貴族の令嬢並みに奇麗にまっすぐ整えられたつやつやの黒髪に

遠慮なく手で撫でまわしにいっている


(あわわ・・だいじょうぶかしら)

アスラは遠慮しないから怒られていきなり嫌われちゃうかもしれないわ


でもアスラに遠慮なく頭を撫でられたマギハちゃんは


「わあ アスラちゃんの手ってすごくあったかいんだね」

といってますます喜んでいた


(よく笑う子だなあ・・)

お人形さんみたいだけど 笑顔がとてもかわいい子だ


とりあえずはほっとする

(そうなんだよね アスラの手ってすごくあったかい)


「アスラちゃんは・・、 このお姉さんときてるの?」

「うん リズっていうんだよ」


するとそのマギハちゃんは

「・・あの、 私マギハっていいます アスラちゃんのお姉さん」

「あら丁寧にありがとう マギハちゃんっていうのね」


話がなんとなく私に振られたので私もマギハちゃんと話す

同じ視線のアスラとは違って

私とは背の高さも歳も離れていたので最初の声はギクシャクとしていたけど

はきはきとして 幼さのわりによくできた子だ


「アスラちゃん! 私もおじさんと来たんだよ こっちこっち」

(おじさん?)

マギハちゃんはピョンっと座っていたベンチから降りると

タッタッと噴水のある方にかけていく


・・・

・・



「メロ!」

マギハちゃんはそういってそこに駆けていく



(あれ・・そこに人なんていたかしら)


でもそこの少し長めのベンチには

不思議な雰囲気のある細身で長身の男性が座っていた


ベンチはちょうど木の陰になっていて

そこで座っている男性は暑いのにコート姿に白の手袋をはめていて

噴水の方をじっと見ているようだった


ベンチの周りにはカラスが一羽 

なにかをついばみにその男性の影の足元でうろいていた


「マギハ 外ではいけないよ」

「あっ・・ごめんね」


その男性の声は低くて でも透き通るようで響く不思議な声をしていた

ベンチに座っているけどその佇まいはたぶん長身で

つばの長い帽子に灰色がかった長い髪


不健康そうな青白い肌の色をしていたけど 肌自体はきれいで

マギハちゃんと同じように黒を基調とした雰囲気と

高級そうで生地の良さそうなコートを着ていて


そのコートにはところどころに高性能そうな

魔法具のような極め細かな貴金属がキラリと見え隠れしている

それが服装とバランスよく見えていた


男性は休憩をしていたらしく

なにかの飲み物のカップをベンチの横脇に置いていて


((  ))ピチョン・・

そのカップに張った水にひとつの小さい輪のような波が立つ


マギハちゃんが声をかけた拍子に

その男性がマギハちゃんのほうを振り向いて

その時に


「バササ!」

ベンチの影にうろついていたカラスが飛び立って

そのとき鳥の羽がかすめて

ベンチにあった飲み物のカップが倒れて 中身が地面にこぼれてしまった

(あっ・・!)


「・・・」

こぼれた音がしたと思ったけど

男性の顔はしばらくそのままマギハちゃんの方を向いたままで


「お水こぼれちゃったよ!」

それをマギハちゃんが指摘してから


「・・おや いけないな」


「 ああ こわれてしまった・・」


中に入っていたのは無色透明のただの水だったようで

すごすごとワンテンポ遅れに零れた水のカップを拾ったりしていた

長い指が中身が零れて空になった地面のカップを拾う


(・・こぼれて、じゃないの・・?)


すると

私たちの方にも気が付いたようだ


「おや そこの子たちは」

男性の整った深い目元の彫りに

遠くから見ると灰色だけかと思ったけど

近くで見ると灰色に白銀が混じった長い髪がかかっていて


赤みがかった宝石のようで

鋭いけど穏やかにも見える不思議な目がこちらの方をむいていた


(うわ・・俳優の人みたいだなあ)


おじさんと呼ばれていた割には まったく若いというわけではないけど

年齢はぜんぜん感じさせない顔つき


「アスラちゃんと そのお姉さんのリズさんだよ

あのねシュバルツ アスラちゃんってすごく楽しいの」


「よかったな マギハ」



「・・君は、・・」


「・・君がアスラちゃんと 君がリズ君かな ありがとう

マギハは最近になってここに来たばかりなんだ


こっちではお友達がまだいなくてね

マギハと仲良くしてやってくれると とてもうれしい


私はこの学園の結界の補修応援と魔法学科の補強のために

首都から派遣されてきたんだ


私はシュバルツ・ブラスト この学園の高等部の精密魔法の講師だ


この子はマギハ・ブラスト 

この子は親族の最後の子でね 私が身を預かっている


家庭の事情で私についてこの学園にやってきて

いまは教職員用の家をあてがわれて一緒に暮らしている・・」


(へえ マギハちゃんって最近学園都市に来たんだね

この人かなりミステリアスな雰囲気だったけど魔法講師の人だったんだ

この人も結界補修の応援かあ・・

それでわざわざ首都から派遣って偉い先生なのかなあ)



(あれでも マギハちゃんさっき「メロ」って・・愛称とかかしら)


・・・・

・・

私も軽くシュバルツ先生に自己紹介をして


中等部でもたまに全学年の対象講義では会うかもしれないとか

私が名前でクリスフォード家の出身であることを知ると

少し驚いた様子で


君のお母さんは首都で一緒になったことがあるから知っているよ、と言われて

「え・・」

あまりお母様のことについて知らない私は興味を持って

ベンチに先生と一緒に座って

シュバルツ先生に少し その時の話をしてもらったりしていた


それが少し難しい話であることを察すると

アスラとマギハちゃんは

ベンチからは少し離れたところでさっそく二人で遊んでいて


(じゃーん!)

アスラがさっきの特訓の終わりにゲットした首から下げた巾着袋をほどいて

その中から小さい木のコマを高く掲げて

マギハちゃんに披露したりして

「ふん!」

でも完全な平らでない地面だとあんまりコマが回らなくて苦戦していて

それがどこか面白いらしく

マギハちゃんとキャッキャとしているのがここから見えている


・・

「彼女は有名だからね 

かの五芒星魔術理論の提唱者であり第一人者でもある、

超位魔法師カルミナ・アンキラー

・・いや 今はカルミナ・クリスフォード君だったね

彼女は首都にもあまり留まってはいなかった」


(そうなのよね お母様はそういう高度な魔法の第一人者で

しかもゼキスバード学長先生とかと同じ超位魔法師なのよね・・

それで世界中で魔術指導に引っ張りだこなんだ


アンキラーっていうのはお母様がクリスフォード家に嫁いでくる前の名前で

アンキラー家っていう魔法の名家家の出身っていう


お母様の以前の名前を知ってるっていうことは

結構昔から知り合いだったのかなあ)


・・・

「・・君のお母さんのカルミナ君は娘の君のことをいっていた


体が弱くてよく倒れて寝たきりでいて心配だと

まじないや魔除けの装具もまるで効き目がないと嘆いていた


講演や指導の合間にも治療法を探していた


ただ・・私から見ると今の君にそういった印象は受けないのだがね


他にも体の弱い兄弟がいるのかね」


(お母様・・)


「いえ兄弟はいますが娘は私一人です 私のことだと思います・・

でも最近体調は良くなったんです」


「そうかね それは良かった」



・・・

首都にいた頃の私の母の話がひと段落して

相変わらずの小さな2人の子供が

噴水の前で自由に遊んでいる様子を眺めていたシュバルツ先生


「・・・」

「君がお姉さんだと言っていたが

あの子はとても珍しい波長を持っているね マギハは極度の人見知りなのだが

あの子がそうさせているのかな」


(たぶん この先生

あの子が本当はスライムの子で変わってるって分かって言ってるよねこれ・・)



「ほう 魔法まで・・」

(・・・・)

ゆったりと赤い瞳を細めてアスラのほうを観察するように眺めて見ている


「(ポウ・・)」

今はアスラが手のひらからマッチのような小さい炎の魔法を出して

マギハちゃんにみせているところだった

それを見たマギハちゃんは目を輝かせている


(・・・)

「あの子は・・

なんていうかちょっと不思議な子なんです」


「そうだね・・」



(・・・)

「そうだ アスラちゃんがマギハによくしてくれるから

私からも君たちに何かお礼をしなくては


そうだね

ちょうどさっきカップの中身をこぼしてしまったところだ


近くの売店にでも・・」


シュバルツ先生はお礼に私たちに何か飲み物を買ってくれるのだという


さっき飛び立ったカラスにこぼされて

空になっていたカップを少し残念そうにリズに振ってみせる


「え!いいんですか」

(おお 暑かったし ちょうどよかったかも)


・・・

その後 

(ああやっぱ 先生結構大きいわあ)


アスラとマギハちゃんを呼び戻してから

のっそりとベンチから立ち上がったシュバルツ先生に連れられて


近くの売店に行ってお子様一行が飲み物の他にも

先生に遠慮なく好きなお菓子を買ってもらっている様子だった


私も商品棚のコーナーの適当に冷えた飲み物を選んでいる最中だ


(わあ・・!

けっこう種類があるなあ

向こうの世界では見たことがないものも結構ある どれどれ・・)


(自分でも買えるけど 買ってもらえるってやっぱお得で特別よね)


どれでも買ってもらえるというので

珍しい飲み物の候補選びにちょっと夢中になる


・・・・

・・


そんなリズの様子を少し離れから見ていたシュバルツ先生


「(クリスフォード、か・・)」


「(・・ あの子が娘・・そして・・、

  彼らが、彼女たちの血筋がこの地に集うのは偶然か 

 はたまたそれは宿命、か・・)」



・・

「おじさん!これも食べるう!」

「ふむ いいとも 」

「ふふふ!」


選んだお菓子を嬉しそうに両手にしっかり握って

アスラはほんとに遠慮がなかった


ていうか飲み物って話だったのに

でも先生は全然気にしていない


(アスラったら・・)

私の飲み物も決める

カレーチョコ味とか魔法の摩訶不思議ゲルベジェム(謎)味とか

変わり物のへんな風味の飲み物がやたら気になったけど

結局無難に普通に冷えたお茶にしたのだった



・・・

無事ジュースなどを先生に買ってもらって、

また日の差す中庭の表通りに出てくる


「どこで飲みましょうか」

「ああ なら 前と同じあそこでいいかい?

私は太陽が少し苦手でね 少し日陰になっているところがいいんだ」


シュバルツ先生は前座っていた噴水の近くの木陰のベンチに

白い手袋をした指を向ける


「私もあそこがいい」

マギハちゃんもそこがいいみたい


(日差しよけの手袋なのかしら

とくに決まってるわけじゃないからいいよね)

「いいですよ」

とくに気にせずにいう


「すまないね 私もマギハもあそこが好きでね

あそこから聞こえる音たちが気に入ったんだ」


あそこが日陰で涼しいからかなと思っていたけど

たしかに耳を集中するとそこの噴水からは

水の流れてはじけるような音がしてすごく心地いい


(そんなこと気にしたことなかったなあ・・

そういえば マギハちゃんも最初アスラの音?が面白いとかいってたなあ・・

この先生も?なのかなあ)


・・・・

・・


私たちは揃ってベンチに座ってさっき買ってもらった、

キンキンに冷えたジュースなどを開けて


「カシュ!」シュワワ~

アスラはそれを景気よく

気まぐれなモンスターのように一口でガバっと常識外の一気飲みをして

「っ・・・!」

隣でマギハちゃんがそれを目の当たりにして

アスラに負けないくらいパッチリ目を丸くして驚いていた


ジュースを買ってもらったとは言ったけど

マギハちゃんの方は前にジュースは飲んでいたようなので

コーンに丸いアイスを乗せたような形の

冷たいアイスを買ってもらっていたんだけど


マギハちゃんは自分でちょっとアイスを食べた後に

飲み物もお菓子もすぐなくなったアスラが、じっ・・と見ていたので

「アスラちゃん一口食べていいよ」っていって

マギハちゃんは少しコーンを持って差し出すと


「ありがとうマギハちゃん」

っていってすまし顔のアスラに

(はむう)

上にのった丸アイスを大きな一口で全部しゃくしゃく食べられてしまい

「あ~~!!」って言ってまた目を丸くして何故かめちゃくちゃ喜んでいた


(・・・)

手元にコーンだけ残されたマギハちゃんを見て

あとでちょっとやり過ぎたと思ったのか


「じゃあ代わりにこれあげるね」

アスラは買ってもらったのとは別の風車の家から持ってきて

ポケットに入れていたけど

落さないように巾着袋に移しておいた小さい飴玉をマギハちゃんに1個差し出す


「わあ アスラちゃんの袋ってなんでも出てくるのね・・!

ありがとうアスラちゃん」


その後マギハちゃんはほころんだ顔で

アスラにもらった飴を大事に小さな膝の上に取っておいて

ちびちび小さな口で残ったコーンだけ食べていたのだった


・・・・

・・

マギハちゃんはアスラとずっと一緒におしゃべりもしていて

シュバルツ先生は楽な姿勢でベンチで座っていて

「ふむ・・」 

出会った時と同じように噴水のほうをじっと静かに眺めて

ゆったりくつろいでいて


私は音といわれたからその辺を意識して涼やかな噴水のいろんな音を

ベンチでのんびり聞きながら静かにお茶を飲んでいた


耳をすませる


(確かに ここはいろんな音がする・・)


マギハちゃんは隣のアスラとその賑やかな音たちに囲まれて

ずっと幸せそうに笑っていた


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