第45話 ダンジョンキャンプ 1
「せっかく明日も休みなんだし、どうせならダンジョンで一泊しないか?」
午前中の仕事をどうにか終わらせて、ダンジョンで食べるお弁当やオヤツを何にしようか、北条兄妹と盛り上がっていた時。
ふいに、甲斐がそんな提案をぶつけてきた。
「ダンジョンに一泊?」
「そ、ダンジョンキャンプ! 各階層にちょうど良くセーフティエリアもあるし、楽しそうじゃね?」
「それは楽しそうだけど……」
甲斐は趣味のキャンプ道具があるから、泊まりも平気だろうが、他の三人はアウトドア未経験者なのだ。
「テントとか寝袋持ってないよ?」
「ミサは【アイテムボックス】でベッドを持ち歩けるから平気じゃね?」
確かに持ち歩けるが、ダンジョン内でマイベッドを使いたくはない。
きっぱりと断ろうとしたところで、意外なところから反応があった。
「面白そうだから、やってみたいです。ダンジョンキャンプ」
「晶さん?」
「素材ならたくさんあるから、作れそうなんですよね。色々と」
晶さんが悪戯っぽく笑う。奏多さんがやれやれ、という風にため息を吐いた。
「素材って、もしかして……」
「家じまいで手に入れた家具類です。バラして素材にしたら、キャンプ用品も作れますよ」
「マジ? アキラさん、すげー!」
「見本を貸して貰えたら、多分すぐに作れます! ミサさん、カナ兄いいでしょう?」
キラキラと期待に満ちた眼差しを向けられたら、もう降参するしかない。
お泊まり道具類作りは二人に任せて、私と奏多さんで持ち込む食材を相談することにした。
「昼食を食べてからダンジョンに行きましょうか」
「そうね。軽く食べてからにしましょ。夕食は何がいいかしら?」
「キャンプらしいから、それっぽいメニューですかね……」
バーベキュー、カレーくらいしか思い付かない私と違って、奏多さんは結構楽しそうにしている。
「ふふ。せっかくミサちゃんから貰ったことだし、ホットサンドメーカーで色々作ってみたいわね」
そういえば、くじで当たった猫ちゃんホットサンドメーカーを奏多さんにプレゼントしていたな。
「ホットサンド、いいですね! 食パン持って行きましょう!」
お米と食パン、パスタや焼きそばが【アイテムボックス】に収納されているか、確認する。
うん、大丈夫。大量にある。
土鍋やスキレット、バーベキュー用のコンロや卓上のガスコンロなど、思い付いた物を片端から収納した。
肉や野菜は売るほど【アイテムボックス】内にある。奏多さんが愛用のスパイスボックスをそっと差し出してきたので、収納した。
調理道具セットをまとめて【アイテムボックス】に入れていく。野外調理用のテーブルは蔵で眠っていた物を使うことにした。
黙々と準備をしていると、晶さんがキッチンにやって来た。
「ミサさん、錬金作業をしたいので素材を出してください!」
「あ、うん。ええと、庭でいい? 何がいるの?」
「今まで回収した家具類は全部収納しているんですよね?」
「うん、明らかなゴミは削除したけど」
頑張ってレベルを上げたため、実は【アイテムボックス】のスキルレベルがかなり上がっているのだ。最初は蔵ほどの容量しか収納できなかったが、今では東京ドームサイズの物でも余裕で入れることが出来る。
庭に出て、晶さんご所望の家具や道具、ファブリック類を取り出した。甲斐は笑顔で自慢のキャンプ道具を庭で広げている。
「寝袋とか、【錬金】スキルで作れるの?」
「あー、アウトドア慣れしていないし、コットの方がいいかもな」
「コット?」
「これ。簡易ベッドみたいなやつ」
折り畳み式のベンチに似た道具がコットと言うらしい。寝返りは打てそうにないけれど、地面に横になるよりは快適そうに見える。
「うん、これなら作れると思います。少し大きめのサイズで錬金してみますね」
使えそうな材料を素材化し、集めてくる晶さん。パイプ椅子とカーテンがメイン素材のようだ。
浄化魔法で新品同様に綺麗なそれらに手をかざし、スキルを発動する。
「出来ました。こんな感じでどうですか」
「相変わらず、見事だね。ええと、寝心地を確認してみても良い?」
ちゃんと折り畳めるようになっている。
元のコットよりも幅が広く、眠りやすそうだ。
カーテンの柄が残っているが、花柄で可愛らしいので問題ない。
「うん、ちゃんと横になれるし、背中も痛くないよ! すごい!」
枕とブランケットを用意すれば、立派なベッドになる。羨ましそうな甲斐のために、晶さんは四人分の特製コットを錬金してくれた。
この簡易ベッドがあれば、マットやシートの手間も省けるので、とてもありがたい。
「家じまいで回収してきた家具類が意外なところで役に立ったね」
「錬金の練習にも使えるし、再利用できるから、一粒で二度美味しいです」
「エコだねー」
「ふふ」
貧乏性と言わば言え。
実際、とても役に立っている。
綺麗に汚れを落として買い取って貰えた家電や家具も多かったが、売れ残りもかなりの数があった。
いずれ邪魔になったら【アイテムボックス】内のゴミ箱に捨てる予定だったが、こんなに素敵に再利用できるなら、お願いするに決まっている。
「アキラさん、アキラさん! もしかして、でっかい天幕とか作れちゃいます? モンゴルのアレみたいな!」
興奮する甲斐。落ち着け。気持ちは分かるけども!
「モンゴルのアレ? ああ、ゲルだっけ」
「そう、それ! せっかくだから、あれ作ろう!」
「まあ、確かにゲルはかなり心惹かれるかも……?」
「モンゴル、ゲル……」
晶さんはスマホで検索したゲルの画像を眺めて、何やら考え込んでいる。
「出来ないことはない、ですね。ミサさん、ワイルドボアの毛皮、大量に余っていましたよね?」
「あ、うん。売るほどある。買い手はないけど!」
鹿皮はバッグやリュックなどの革製品に大人気だが、猪皮はいまだ使い道を決めかねていたところなので、在庫はたくさんあった。
【アイテムボックス】からありったけのボアの毛皮を取り出すと、晶さんが破顔する。
「うん、出来そうです。あとは木材もありましたよね」
「あったねー。山の麓に自作コテージを作ろうとして断念した案件のお片付け先で」
早期退職後のスローライフを夢みて、田舎に土地を購入し、コテージの土台を作ったところで頓挫したらしい。残りの木材と土台の片付けを頼まれて、まるっと【アイテムボックス】に収納したのだ。
「あの木材を支柱にしてテントの生地はボアの毛皮を加工して使えば、形になりそうです」
完成形のまま、私が【アイテムボックス】に収納すれば、面倒な組み立て作業は不要になる。
良い考えだ。求められるまま、素材になる物を地面に並べていき、後はお任せする。
これだけのサイズの物を錬金するのは初めてなので、晶さんは少し緊張しているようだ。
それ以上に楽しそうなのは、物作りを好む職人ならではなのだろう。
「いきます。……錬金」
ぱあっと辺りに柔らかな黄金色の光が放たれる。晶さんが使う、光魔法と同じく、眩しいけれど優しい、暖かな光だ。
目を閉じて、ゆっくりと開いた先には、既に完成した天幕があった。
「すごい。ちゃんとゲルになっている」
「かっけぇ! アキラさん、ほんとすげー!」
ワイルドボアの毛皮を使ったはずなのに帆布のような触感の天幕がとても不思議だったが、六角形のゲルは広くて快適だ。十二畳くらいの広さがある。
「四階層のセーフティエリアは広めだから、この天幕も余裕で張れそうだね」
地下に降りる階段の前、森林フロアにあるセーフティエリアなら、キャンプ気分も満喫出来るだろう。
「地面は土足なんだね?」
「セーフティエリアで設置したら、快適に過ごせるように改造しましょう!」
「いいわね。絨毯とかラグとか、いっぱいあるから敷き詰めちゃおう」
キャッキャと盛り上がる女子組を、猫のノアさんとその従魔、スライムのシアンが呆れたように眺めていた。
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