第31話 こつこつ頑張りましょう


 一階層はポーション狙いでスライムを狩り、二階層ではラビットフットを求めてひたすらアルミラージを狩った。


 晶さんが作った「幸運を呼ぶラビットフット」のアクセサリーは残りの使用回数が限られているため、スライム狩りの際に使うのはもったいなくて、やめた。

 アルミラージ狩りで効果を得たいためにアクセサリーは普段は私のアイテムボックスに収納してある。


 アルミラージ狩りに飽きてきたら、お昼休憩を取り、そのまま三階層でラズベリーとワイルドディアを狩った。

 狙いはもちろん鹿肉だ。奏多さんは研究熱心で鹿肉を使った料理のレシピをたくさん仕入れて、美味しいご飯を作ってくれる。


 私と晶さんの女子組は現在、ラズベリーを使ったお菓子作りにハマっていた。

 パイやタルト、ゼリーにシャーベット。どれも美味しく作れて、ご近所さんにも好評だ。


 大量のラズベリーはジャムにして、残りはドライフルーツにした。干したラズベリーを使ったパウンドケーキやマフィン、クッキーもまた絶品で、ダンジョン内でのおやつに重宝している。


(ダンジョン内で採取したベリーだからか、魔力たっぷりで回復効果があるのよね)


 体力や魔力が回復しやすいのは、とてもありがたい。普通の食事だと二人前を食べないと復活しないところを、一人前で済むのだから、その効果は明らかだ。


「何より美味しいのが良い」


 こっそり摘んだラズベリーはやはり濃厚で美味しい。せっせとベリーを採取する傍らで、甲斐もひたすら鹿狩りだ。

 ラズベリーの茂みはワイルドディアの餌場なため、どんどん向こうから寄ってくる。

 自分たちの餌を取られたのだと理解しているらしく、大抵が怒り狂って真っ直ぐ挑んでくるため、対処は意外と簡単だ。ドロップ品を拾い集めた甲斐が笑顔で肉の塊を手渡してくる。


「おお、立派なモモ肉だね。カナさんが喜びそう」 

「このモモ肉を丸焼きにして食ってみてぇ」

「あー…。気持ちは分かるかも。漫画肉みたいに焼いてみたいよねぇ」

「いいよなー。でもあれ、実際は中まで火が通りにくいんだろ?」

「うん。結局、ケバブみたいに焼けた表面を削りながら食べていくのが一番美味しいんだっけ?」


 ケバブもいいなぁ、とうっとりしながら、ドロップした鹿のモモ肉を収納する。

 まぁ、満遍なく火が通ったジューシーなロースト肉は確実に食べられるので、そちらを期待しよう。


「こっちもたくさん摘めたよ、ラズベリー。今日の分は終わりかな」

「ワイルドディアもかなり狩れたな。肉が七個か。充分じゃね?」

「うん。じゃあ、皆と合流しようか?」


 レベルもかなり上がり、低階層を一人でも切り抜けられるほど成長したため、実は今日の午後からは、三組に分かれてのダンジョンアタックだ。


 一階層は攻撃魔法のない、晶さん。二階層を奏多さんが受け持っている。ちなみに三階層が私と甲斐の二人なのは、ワイルドディアのドロップ品とラズベリーをたっぷり収納するためだ。

 

 スライムもアルミラージもドロップ品の数は多くとも、それほど荷物にはならないため、北条兄妹は大きめのリュックサックを背負っての参戦である。


「そう言えば、鹿肉をひとつ農場にお裾分けしただろ?」

「うん、いつもたくさん乳製品頂いているからね。それがどうかした?」

「オーナーご夫婦が感激して、とっておきのチーズを分けてくれたぜ。お礼にって」

「あー…ありがたいけど、お礼のお礼連鎖に陥ってるような……」


 思わず苦笑するが、お返しを渡したくなる気持ちは良く分かる。

 だって鹿肉もチーズも美味しいのだ。

 今度は大量の野菜を甲斐に持たせようと、こっそり心に誓った。


 牧場では乳牛の他にもお試しで黒豚を飼っているので、うちから出る大量の野菜クズを甲斐が持って行っている。ついでに人様用の野菜も忘れずに。

 魔力をたっぷり含んだ野菜は美味しいので、人はもちろんだが、黒豚さんもすくすく元気に育ってくれているようだ。


「まぁ、まだ鹿肉はそんなに余っていないから、ご近所さんにもなかなか配れないし、かえって良かったかな?」

「だな。出処でどころを聞かれても困るし」

「うちの裏山で獲れました、にする?」

「いやいや、山で獲れても捌けないだろ……え、ミサ、捌けるとか?」

「捌くのは鶏しかできないけど、他は捕まえることはできるよ? 実は私、大学生の時に罠猟の免許を取ったんだよね」


 初耳だった甲斐が驚いている。

 まあ、確かに珍しいかもしれないが。


「当時、裏山から忍び込んでくる害獣の被害がひどくてね。トドメを刺すのは人に任せたけど、ちゃんと括り罠やハコ罠を仕掛けたことがあるのよ」

「へぇ、すげぇな。でも、今ならもう自分でトドメ刺せるんじゃないのか?」

「どうかな」


 断言は避けたが、たぶん出来ると思う。

 田畑を守るために、人が怪我をしないように。

 私は罠にかかった鹿や猪の命を仕留めることに躊躇しないだろう。


「まあ、どっちにしろ、大事な命だから責任を持ってお肉はいただくつもりだけどね?」

「ま、当然だよな。せめて美味しく食ってやらなきゃな」


 ダンジョンのように倒したら肉をドロップするわけではないので、解体を覚えなければいけないが、そのうち裏山で狩りをするのも良いかもしれない。



 二階層で大量のアルミラージを倒していた奏多さんを手伝い、ドロップ品を収納する。

 ドロップ運を上げるため、奏多さんの腰にはラビットフットのアクセサリーがぶら下がっている。

 そのおかげか、この数時間で三つもラビットフットを手に入れたらしい。


「すごいじゃないですか、カナさん! この調子でたくさんゲットしましょうね」

「そうね、何となくだけど、ソロで倒した方がドロップ運が良い気がする。たくさん狩れるのは良いけれど、さすがに疲れちゃった」

「ああ…。アルミラージはスライムなみにリポップしますもんね。一階層で晶さんと合流して、少し休みましょうか」

「そうしましょう。お腹すいちゃったわ」

「今日のおやつは先日のくじで当てた高級カップ麺にしましょう!」

「いいわね。鹿肉チャーシューを追加してガッツリ食べましょ」


 心躍るトッピングの提案に甲斐と私は俄然やる気が湧いてきた。愛用の薙刀を構えて、ぴょこぴょこ現れるアルミラージを薙ぎ払っていく。

 帰りにもう一個、ラビットフットをゲットして、上機嫌で晶さんの元へ向かった。



 一階層でいちばん広い場所に、収納から取り出したテーブルセットと椅子を並べていく。

 くじで当てた新品のガスコンロでお湯を沸かし、カップ麺を食べた。

 ダンジョン内での軽食はいつもより美味しく感じる。もちろん一番は、奏多さん作の鹿肉チャーシューだが。


「カナさん、鹿肉チャーシュー美味しいです。柔らかくて、いくらでも食べられそう」

「俺も俺も! これは是非作り置きしておいて欲しい」

「私ももっと食べたい。カナ兄、今度は角煮も作って欲しいな」

「角煮! ぜひ…!」


 味噌味のラーメンを啜りながら、濃厚なチャーシューを齧る。

 カップ麺一個じゃ足りなくて、もう一個にもお湯を入れた。今度はとんこつ味だ。ニンニクの独特の香りが食欲をさらに煽り立てる。


「んんーっ、とんこつラーメンも美味しい。ああ……鹿肉チャーシューがもう無い…」

「ああ、ほら落ち込まない。煮卵でも食べなさい」

「カナさん女神さまですか?」

「現在無職のアラサー男よ」

「う……、カナさん、そのワードは私も抉られそうなんですが」

「そう、それよ」

「え?」


 不意に奏多さんが眉を顰めた。

 そうして、唐突に──彼としては考えた末だろうが──その提案を皆に差し出したのである。


「ねぇ、私たちで会社を立ち上げない?」

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