第119話 フィンランティア
個人の武においてフォルテは圧倒的強者である。問題は、その圧倒的強者が全く慢心していないことだ。両親の不幸を胸に刻み込んでからは、さらにその傾向が強くなっている。
「そぉうい!」
勢いよく、踏み込むフミネ。
「おああああ!」
野獣の様に、襲い掛かるアーテンヴァーニュ。
「せぇい!」
鋭く、槍を突き出すラースローラ。
「そぉい! ですわ」
その三方向からの攻撃を、軟体動物みたいな不思議な体制で、フォルテが捌く。
「どっせいぃ、ですわ!」
フォルテは大きく躱さなかった。敢えてギリギリ触れる程度にしておいたのだ。それは、攻撃のためだ。
「オトカタァ!!」
足元を中心として、フォルテの各稼働部位が回転する。各々のタイミングに合わせて、最大回転させた箇所が、相手の攻撃を弾き飛ばした。
「お見事です」
最初に感服してみせたのは、ラースローラだった。下賜された槍は吹き飛ばされ、手元にはなかった。
「なんで槍ごとぶっとばされるかなぁ!」
次はアーテンヴァーニュである。彼女は槍を突き込んだはずなのに、それ毎、遥か後方に投げ飛ばされていた。
「ギリギリだったでしょ? ごっぱああぁ!」
最後に崩れ落ちたのは、巧みなステップで背後に回り込んで、肘を入れたフミネであった。が、フォルテの背中に肘を入れた瞬間に、腹部に衝撃が走っていた。まったく相手に目線を入れてないにも関わらず、軽く後ろ蹴りがフミネの腹部に突き刺さっていた。しかも捻りを入れて。
三方向から同時に繰り出された『1級戦士』の攻撃を見事捌いて見せたのが、フォルテであった。
「ふぅぅ」
息を吐く。
「確かにギリギリでしたわ。フミネの肘があと少しならば、墜ちていたのはわたくしでしたわね」
一見謙虚に聞こえるが、それが出来なかった事は事実であり、それがフォルテという存在の巨大さであった。
「アレ、何なの?」
「聞かれても」
シャラクトーンの問いは、ケットリンテに打ち消された。つたない武力しか持たない彼女たちは、一連の仕儀が何を表しているのか、理解できていなかったのだ。
「情けない話だけど、わたしとフォルン様を入れて、5人いっぺんなら勝てるかな?」
宿屋の看板娘、アレッタが言う。彼女もまた、武闘派系だったりするのだ。
「わたくしは、そんな卑怯な真似はしません、のじゃですわ!」
そんなことよりフォルンは、口調矯正に集中していた。
◇◇◇
跳躍機動を行っているオゥラ=メトシェイラは、フィヨルト各地を転々としていた。目的は一つ。
「さて、後は第1騎士団長と軍務卿ですわね」
フォルテが何をしているかと言えば、格付けであった。
最初はいつもの通り、悪役令嬢会議の後の余興のようなものだった。
「で、この国で一番強いのはだれなのかな」
アーテンヴァーニュの言葉がトリガーとなった。
「そう言えば格付けが済んでいませんでしたわ。確かめますわ。フミネ、良いですわね?」
「ああ、うん」
それが、後に『女大公の凶行』もしくは『フィヨルティア騒乱』と呼ばれる事件の発端であった。
現在、フィヨルトにいる1級戦士は、約40名、特級は5名である。フォルテは、各騎士団を周り、訓練の名目でそれらを叩きのめして行った。序盤は只の訓練と思っていた騎士団も、次は自分の番かと思い、万全の体勢で待ち受けていたが、それでも打ち砕かれた。
その中には特級戦士、第3騎士団長アーバント・ロゥタ・ダッカート子爵、第4騎士団長リリースラーン・ジェイン・サーパス女子爵も含まれていた。そして、タイマンでフォルテが勝利した。各騎士団の1級戦士たちは、5人がかりで壊滅した。まさに怪獣大行進だった。
そして、総本山、第1騎士団。フサフキの称号を持つ、第1騎士団長、フィート=フサフキ・コース・ライントルート男爵である。彼は頑張った。とてもすごく頑張った。
だが、魔王の直前にいる魔王側近でしかなかった。四天王の中でも最強。その程度だったのだ。
なんと彼は、フォルテに傷を負わせることに成功した。貫手を持って、フォルテの頬から血を迸らせたのだ。すかさず彼は体勢を低くし、最強の攻撃を繰り出す。脚を踏みしめ、大地から力を捻り出し、それを腰に乗せて背中に伝え打撃と化す。すなわち、テツ・ザンコー。
それを頬から血を流しながら見たフォルテは、確かに笑った。
「お見事ですわ」
数センチですかされた彼の背中に、フォルテはそっと手を乗せた。
「ですからお返しですわ」
術理は一緒だ、だが練り上げが違った。大地を噛みしめ、腰を切り、肩を押し込みながら、上から下に掌を押し込む。
「はぅあ」
肺から全ての空気を押し出したかのような声を出し、魔王軍副官、もとい、フィート=フサフキはその場に沈んだ。悪は去った。
◇◇◇
「クーントルト=フサフキ・ジェイン・トルネリア女子爵。決着の時ですわ!!」
「あのね、お嬢、なにしてるわけ? 再建期に騎士団長達を壊して、どうするの?」
「あ、あう、ですわ。ふ、フミネ!?」
「振るなし。なんかフォルテはフィヨルト最強になりたいらしいんです。相手してくださってもいいですし……」
「降参。最近、事務処理が多くって、肩は凝るわ、鍛錬は鈍るわで、とてもお嬢には敵いませんよ。もし、ヤルって言うなら受けるけど、そもそもここで怪我なんてしたら、書類整理、全部任せますよ?」
「……状況を含めた上での完全勝利ですわっ!!」
なんか知らない内に、フォルテは完全勝利していた。
「それでお嬢、何をどうしたかったんです?」
「ふ、フミネに誑かされたのですわ!」
「ちょまっ!!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ二人の前に、軍務卿クーントルトが立ちはだかった。
「こっちは忙しい上に、お嬢の力も認めてるから。だからさ」
「なんですの?」
「古のフィヨルトでは、最強を意味して『フィヨルティア』を名乗ったそうだよね。かのフミカ・フサフキもさ」
姉の名を持ち出されると、フミネも反論しづらい。
「お嬢は最強だ。認めるよ。だから名乗ればいいさ。そうだね『フィンランティア』だ」
「フィン、ランティア……」
なんだか感極まった感じで、フォルテは震えている。フミネは置いてきぼりだ。だって、クーントルトが面倒ごとを、言葉だけで追いやろうとしているようにしか見えない。
「フォルフィズフィーナ=フィンランティア・フィンラント・フォート・フィヨルト。それが、お嬢の名前さ!」
爽やかな感じで、クーントルトが言う。
「名乗りますわ。フィンランティアを名乗りますわ。わたくしはフィヨルト最強にして、守護たる存在、フォルフィズフィーナ=フィンランティア・フィンラント・フォート・フィヨルトですわ」
ここに、フィヨルト最強の女大公が誕生した。
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