第116話 ケットリンテはかく語りき
年が明けて大公歴388年。様々な動きが始まった。特に露骨だったのは、フォートラント連邦の帝国化への動きだったろう。
「無難に行くしかあるまい。まずは南部諸国の併合からだな」
「御意のままに」
王と宰相はツーカーだった。
フォートラントの意志、すなわち帝国化の道は、南部諸侯の懐柔から始まった。外交、権益、軍事の様々な圧力を加えていく。
先に帝国化に賛同して、名乗りを上げた方が得だぞ。ということだ。
最初に乗ったのが、南部諸侯、ピールヴェイン侯国だった。ぶっちゃけ国力としては連邦としても最弱レベルの国家だったが、機にして敏。即座に中央に服従を近い、帝国化に賛同を表明した。こういうのは早い者勝ちの側面もある。
「厄介なのはヴラトリア、そしてフィヨルトだろうな」
「フィヨルトは絶望的でしょう。先のヴァークロートの一件もあります」
「お前の仕込んだことだろうが。まあいい、ヴラトリアはどうにか出来るのか? シャラクトーン嬢がライドに嫁入りする話は消えていなかったはずだが」
「ヴラトリエ公は理に聡いお方です。誠心誠意を込めましょう。それより、国内ですな」
「クロードラントか」
「ご慧眼です。我が愚息のせいで中央との繋がりは無くなりました。さらにいえば、ご令嬢ケットリンテがフィヨルトに傾倒しているとか」
「北西辺境伯も先の件で、良からぬ思いを持っているかもしれんな。手配は?」
「恙なく」
王と宰相の平和のための悪だくみは続いた。
◇◇◇
「ダメかあ」
フミネの空挺甲殻部隊計画は頓挫していた。ハンググライダーが甲殻騎の重量に耐えられなかったのだ。ソゥドの力を通せば強度的にはなんとかイケるのだが、そこまで膨大な力を使いこなせる者などそうそういない。いや、一人というか一組いるのだが。
「量産型では使えないけど、主人公機で使えるって、スーパーロボット路線だね」
フミネののんきな言葉であった。
「ところでケッテ、そろそろ領地に戻られては?」
「うっ」
フォルテがケットリンテに投げかける。フォルテとて、彼女には去ってもらいたくはない。彼女の発案による対甲殻獣策は確実に成果を上げている。正直言って惜しい。
「領地がきな臭いのでしょう?」
「うん。それも含めてお話しよう」
「分かりましたわ」
◇◇◇
場所を変え、ここは第8騎士団駐屯地施設の応接室である。
「まず、ボクはどうしても軍事面で物事を考えがちだから、その点を踏まえて聞いて」
「分かった」
「心に止めおきますわ」
ケットリンテ、フミネ、フォルテがテーブルを囲んでいる。
「3か月後にはシャラクトーン様がいらっしゃるから答え合わせというか、すり合わせで大体見えてくると思う。そのつもりで」
軍事は外交の一形態。ケットリンテはそれを重々承知していた。だからこの手の内容は、シャラクトーンが上を行く。過小評価ではあるが、ケットリンテは自分をそう見ていた。
「大前提は、連邦が帝国化を目指しているという事、ですわね」
「うん、それは間違いないと思う。そしてそれは、間違った考え方でもないと思う」
「お義父様とお義母様を殺した策謀を使ったとしても?」
フミネの言葉には圧があった。
「アレは宰相としても失策だったと思う。フィヨルトの軍事力を減らせれば程度の考えに、ヴァークロートが本気を出しちゃったんだと、そう思うんだ。ごめん、フミネ」
「いや、こっちこそごめん」
気まずい雰囲気にはならなかった。すでにそういう間柄を越えた所に3人がいたからだ。
「まずはヴァークロートだけど、何もできないと思う。というか正直に言えば、フィヨルトがヴァークロートを抑えるのが最善手だと思うよ。だけど、ダメでしょ」
「ダメだよ」
「一考の余地はありますわね」
「フォルテ、本気?」
フミネが振り向いたフォルテの顔は苦み切っていた。だが、そこには達観もあるように見える。
「考え方次第ですわ。憎き父母の仇を打倒し、中央への牽制と出来ますわ。そういうことでしょう?」
「そうだよ。だけど、やるの?」
「必要とあれば、やりますわ」
女大公が決然と言い放つ。ただ一つ問題なのは、現在のフィヨルトの力でヴァークロートを落とすなど不可能であるということだ。故に3年後だ。そしてそれは残る二人にも分かっている。だからそれ以上突っ込みは入れない。
「それ以前なのは3つでしょう」
フォルテはすっと話題を変えた、
「一つ目は北西辺境伯」
「あの方は大丈夫だよ。対峙するのが存在意義みたいなものだから」
ヴァークロートとフォートラントの国境で小競り合いを繰り返しているのは、フォートラント王国北西辺境伯である。彼にしてみればただ対峙しているだけで、時々小競り合いをするだけで、連邦から補助金が出されるのだ。それ以上を望むべくもない
よって、フィヨルトがヴァークロートに手を出さない限り、状況に変化はない。
「二つ目。これは厄介。ヴラトリア公国」
ケットリンテが冷めた目で言う。
「でもシャーラが嫁入りするんでしょ?」
「多分公国は、それを利用してくる」
「どゆこと?」
「どちらの言い分も聞いて、どちら付かずに曖昧にして、最終的に恩を売って来ると思う」
「怖い」
フミネの呟きは一般人としては当然だが、国を司る者なら当たり前の感覚だ。
「じゃあ、シャーラはどうするの?」
「そんなことは当然ですわ。フィヨルトの国益に最大に貢献して、公爵様と対決するのですわ」
「うわあ」
政治怖い。フミナはマジでビビり始める。
「問題は最後、クロードラント」
「どうしますの?」
「中央は、まず使い潰す気でいると思う。だからボクは守りたい。それには必要なモノがある」
「大儀と名分ですわね」
「うん」
◇◇◇
「時間的猶予はありますわ。まずは3か月後、シャーラを迎え入れますわ。そして意見を聞きます。その上で、必要とあれば」
「やるの?」
ごくりと呑み込みつつ、フミネはフォルテに問う。
「やりますわ。フィヨルトが帝政を認めない以上、独立独歩を貫く以上」
「クロードラントを併合して」
ケットリンテが決然と言い放った。
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