第82話 大公妃メリアスシーナ=フサフキ・ファノト・フィンラントの武闘
「さて、メリア、やろうか」
砦の正門前に降り立った『シルト・フィンラント』に乗った大公が言い放つ。
「一匹も通しませんよ」
お妃メリア、いや、大公国が元最強の右騎士、メリアスシーナ=フサフキ・ファノト・フィンラントが冷ややかに呟いた。
それは岩の間を流れる、水流のようであった。但し激流だ。岩を削り、流れさえ変えてしまうようなそんな力強さを持つ流水だ。
スラスターこそ装備していないものの、いち早く新型甲殻腱を導入した『シルト・フィンラント』が複雑なステップを踏み、蛇行するように移動した先で、ずんっと鈍い音が鳴る。そこにはすでに、中型獣の動かぬ身体が落ちていた。それが次々と繰り返されていく。淡々とした作業の様に、もしくは型の決まった舞踏のように。
メリアスシーナ=フサフキは、元々士爵だった。当時の第3騎士団に所属し、その武威を持って先代大公よりフサフキを戴くことになり、そしてそのまま現大公に見初められ、ファノト・フィンラントとして妃となった。大公国では在りがちな話である。
ご存じの通り、彼女は特級騎士である。メリアと大公の両翼は『シルト・フィンラント』を駆り、大公国最強の騎士として認められるに至った。
そして20年後、その座は次の世代に引き継がれる。4人の子供に恵まれ、その内の一人、一番癖が強く、真っすぐで、不器用な娘が片翼を手に入れ、そしてメリアを越えた。こんなに嬉しいことはない。その日は大公と二人で痛飲したものだ。
「元最強を舐めて貰っては困りますよ」
「調子が出て来たね」
「ええ、閣下」
あくまで後衛ではあるが、そこに辿り着いた甲殻獣を待っていたのは優雅な濁流であった。
◇◇◇
さらに3時間ほどが経過した。太陽は天頂に到達し、渓谷に陽光が降り注ぐ。だが、そこは控えめに言って地獄であり、無残としか言いようのない光景が広がっていた。何騎もの擱座した甲殻騎中には、操縦席の中で息絶えた者もいる。歩兵たちはもっと悲惨だ。倒れ伏した者で、原型を留めている数は少ない。ちぎられ、踏みつぶされた結果であった。
そしてそれ以上に、辺り一面に倒れ伏す甲殻獣の死骸が転がっている。甲殻の固さが故に原型を留めつつも、そこかしこから血を流し辺りに異臭を振る舞っていた。
「残数は5000程ですな」
「こちらの損耗は?」
後衛で戦い続ける軍務卿に大公が問う。この状況でも周りを把握できるのが彼だ。だが、声は上から聞こえて来た。
「ぐすっ、ううっ。14騎大破、21騎中破だよ……っ!」
「ぐじゅっ、ずびっ。兵士たちは、多分200人くらい、ですわ……」
「見て、いたのか。良く知らせてくれた。ありがとう」
ファインとフォルンは見てくれていた。本当なら目を背けたいだろうが、それでも見て、そして戦場を把握していた。
「半数近くが落ちたか。だが圧力が弱まっている。そろそろかな」
「そうね……。ファイン、フォルン、降りてらっしゃい」
「メリア!?」
「はいっ!」
「降りますわ!」
素直に双子が返事をした直後には、ベァァさんはすでに着地していた。
「3騎で前にでましょう」
「はは、厳しい教育ですな」
「フィヨルトであることは、フィンラント大公家の責務です。ちょっとだけ早かっただけでしょう」
「分かったよ。ベアァさんも突撃だ。一緒の扱いをするよ」
「はい、いや了解!」
「ええっ、了解ですわ!」
◇◇◇
渓谷に夕陽が差し込む頃、戦いは終わった。一応は人間側、フィヨルトの勝利ではある。
「大破16、中破24、戦死245。その内騎士は12名、ですな」
砦内の会議室で軍務卿が報告を行っていた。
「逃走した甲殻獣は1000弱だと思われます」
「一応、氾濫は終息したと考えて良いようだね」
「はっ」
大公はちっとも嬉しそうな顔をしないまま、甲殻獣氾濫の終息を宣言した。合計40騎の損失は大きい。今後起こりうる最悪を考えれば、増援を呼ぶ必要があるだろう。
「伝令です!」
「通せ!」
沈黙が重苦しい会議室に、伝令が通された。
「報告せよ」
軍務卿が報告を促す。
「第8騎士団長フォルフィズフィーナ様からの急報です。バラァト南方の山脈にて山火事が発生、甲殻獣の移動が予測されるため、第6騎士団との共同で迎撃を行う、とのことです! また道中にて第7騎士団に接触いたしました。彼らも救援に向かうとのことです」
「何時だっ!?」
「6日ほど前の情報です!」
「間に合わないね。フォルテたちを信じよう」
大公が、苦渋に満ちた表情を見せる。
「東西で、ほぼ同時に甲殻獣が動いたわけですね。しかも東は山火事で、こちらは何者かに追われるように。どう思われます?」
メリアの疑念は、さらに増していた。嫌な予感では済まない、策略の予感が走る。
「戦力が東西に分かれたか。フィヨルタに伝令、抽出できる中隊をこちらに送るように。最速で頼む」
「はっ!」
軍務卿が事務官に指示を伝える。
さらに翌朝、次の伝令が駆け込んできた。
「バラァト南部の甲殻獣は大型1を含む7000。第8騎士団8騎が渡河し、先制攻撃を行いました。その後第6騎士団1個中隊が途中参戦。お嬢様ご自身で大型個体を討伐し、防衛に成功いたしました!」
「損害は?」
「約半数、とのことです! ですが……」
「どうした、続けろ」
軍務卿が促す
「戦闘後の野営にて、不審人物を発見、捕縛したところ、……フォートラント所属の兵士であることが判明しました。山火事は人為的であったことが明確、に……」
その場にいた殆どの者が立ち上がった。
「続きがあるのかな?」
それでも座ったままの大公が続きの有無を問うた。
「はっ、お嬢様方の推測では、北方よりヴァークロートの進行が予測されると」
その上で第8騎士団はこちらへ急行。途上で第5騎士団と合流する予定。また、フィヨルタに第7騎士団を取って返し、防衛にあたらせ、第2、第5騎士団から2個中隊をこちらに送るよう指示を出したという流れだった。
「以上となります!!」
長口上を話切った伝令は、疲れ切りながらも膝をついたままだった。
「ご苦労だったね。休んでくれ。ふむ、第3騎士団はヴァークロートの迂回を警戒か。そして、フォルテ、フミネ、クーントルト。さらに、ラースローラとリッドヴァルトも同意見というわけだね」
「わたくしも同意します。と言うより、そう想定すべきだと思います」
メリアの言葉に、周りも頷く。つまり、事態はまだ終わっていないということだ。
「中破した騎体を工廠に最優先で遅れ。大破は諦めろ。急げ!」
軍務卿が叫ぶ。
「猶予をくれる理由が無いね。明日にでもくるだろう」
ヴァークロートがやってくる。本物の戦争が始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます