第71話 未来の甲殻騎
ばちぃん。ばちぃん。
予めオゥラくんの背中に用意されていたマウントに、スラスターが取り付けられていく。丁度、肩甲骨のあたりに左右で2基だ。続いて甲殻腱が接続され、その上から可動用を含めた甲殻が載せられていった。
「さあここからが本番ですわ」
「さっきまででも十分本番だったけどね」
「あんなのは、わたくしとフミネなら出来て当然ですわ。ですが」
「出来るよ」
「実はちょっと、不安ですわ」
「珍しいね。じゃあこういうのは? 観客席の全員が、例の王太子だって思ってみて」
「絶対にぎゃふんと言わせますわ!!」
「そうそう、そんな感じで」
フォルテとフミネの良いのかよく分からないのか、謎な会話が終わる頃、スラスターの装着も完了したようだ。
「じゃあ、凄いとこ見せに行こうか」
「ですわ!」
◇◇◇
「お集まりの皆さま、大変お待たせ致しました。それではこれより第2幕、飛べオゥラくんを開幕致したいと思います」
「試験じゃなかったのですの?」
「そこは試験じゃなかったんかーいっ、ってツッコムところ」
「ニホンの文化は奥深いですわ」
「ああ、そういう子芝居は良いから、そろそろ始めてくれないかい」
外ならぬ大公からツッコミが入った。フミネが大公にグッとサムズアップする。大公は曖昧に笑った。
「ああちなみに、今日はまだ飛びませんよ。着地したらどうなるか分からないし、万一高過ぎたらネズミさんに見られちゃうかもですから」
会場から笑いが広がる。第2と第5騎士団長はすっごい微妙な表情だ。
そんなフミネの場繋ぎトークの最中にも、スラスターの最終チェックが為されていく。リボンは外され、赤チェックは終了したところだ。残るは背面から伸ばされた、青と黄のラインのみ。
観衆に手を振り、オゥラくんに二人は乗り込んだ。片方はアイドルでも気取っているのだろうか。
「さて、いっちょやりますか」
「度肝、抜きますわ」
「起動!」
「黄、1番から14番、正常。観測終了!」
「青、1番から21番、正常。観測終了!」
「ほら、全部緑だよ! やりなぁ!!」
技術班の3人も、そろそろノリが分かって来たようだ。
ばしゅぅん!
背部とスラスターに接続されていた甲殻腱が、弾けるように落下した。実はこれ、凄い小技なのだが、観衆のどれくらいが気が付いているのか。要は接続部の甲殻を緩めたのだ。フォルテとフミネの意志でだ。
なんと例えれば良いだろうか、自らの意志で胸筋もとい、背筋でつまんでいたのを離したに等しい。いくらスラスターを操作するために身に付けた技術とはいえ、無駄操作に過ぎる。だが、格好良さには妥協のない二人、特にフミネはご満悦である。自分ひとりでは出来なかったくせに。
「いや、でも本当に出来るようになるもんだね」
「わたくしにかかれば容易いことですわ。ですけど、フミネはズルいですわ」
「蒸し返さないでよ。また怒られるわよ」
「ぐぬぬですわ」
修羅の道へ踏み込んだフォルテの訓練は実を結んだ。だが、喜び勇んでフミネと二人でスラスター動作実験をしたところ、あろうことかフミネは1日での感覚を掴んでしまったのだ。
フォルテのお陰だからと謙遜するも、フォルテはムクれた。そしていつしか両翼になってから、初の大ゲンカになってしまっていたのだ。
「ズルいですわ!」
「そんなこと言ったって、出来ちゃったんだから仕方ないでしょ!」
二人の喧嘩は、双子がぎゃん泣きしフェンが腹を見せて降参することで終息した。所要時間2時間程の熱いバトルであった。もちろんその後、双子から猛烈に説教された。
◇◇◇
ブルブルと顔を震わせる二人。あれは大惨事だった。思い出すだけで恐ろしい。
よって、二人は現実に目を向けた。逃避なのか? 直面なのか。
「噴進!」
「ですわっ!」
スラスターが少しだけ動き、平行からやや下に傾いた。その直後、熱風が噴き出される。
ごおぉぉぉぉ。
騎体を前傾させながら少々踏ん張ったオゥラくんは数瞬後、地面すれすれに、滑るように『跳躍』していた。高度は50センチ足らず、だが跳躍距離は20メートルを越える。さらに着地した瞬間にスラスターはほぼ真横にその向きを変え、騎体はさらにそこから跳躍を行う。斜め前方へ、急角度で方向を変えてさらに10メートルを移動する。
「バックオーライ!」
「反転跳躍ですわ!」
鋭角な軌道を辿りながら進出した騎体は、スラスターを脇に抱える様に前方に展開し、さらに噴進を繰り出した。当然、オゥラくんは後方へ、だが今度は5メートル程の高度を持って跳躍した。空中でくるりと反転し、初期位置に見事な着地をキメて、直立しているオゥラくんがいた。
「……」
「静まり返るのはわかるけどさあ」
「喝采が無いのは不満ですわね」
まず立ち上がって拍手を送ったのは、ファインとフォルン、並びに第1と第2騎士団長だった。プロジェクトに参加していたため、比較的ショックが少なくて済んだ者たちだ。
続いて技術班の面々が、それも涙を流しながら拍手をしていた。自分たちの造ったものが、これだけの、これほどのことをやってのけたのだ。普段は厳しい女親方のパッカーニャまでもが、涙をふくことを忘れていた。
大公、妃、各重鎮たち、騎士団長たち、少しづつ動揺から立ち直った者たちが、それぞれ手を打ち鳴らしていた。
今、彼らが見たものは、確かに未来に訪れるであろう、想像もしていなかった理想であり、希望でもあったのだ。
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