第50話 右騎士! フミネ・フサフキ





「立候補しておいてなんですがフミネ様、わたしはどうすれば良いのでしょう」


「気にしないでいいですよ。シャラクトーンさんは左騎士として、基本を心がけてください」


「基本でよろしいのしょうか」


 聖女の言うところの基本とはどういうものだろうかと、シャーラはちょっと悩む。


「ええ基本です。右騎士に心を併せて、ソゥドを寄せるだけで十分です」


 何のことも無いようにフミネが返す。


「確かに基本ですね。あ、あとわたしのことはシャーラで構いません。あと敬語も不要です」


「いいんですか?」


「わたしもすでにフミネ様と呼んでいるじゃありませんか。それに年上ですし」


「うん、わかった。じゃあよろしくね。シャーラ!」


「はいっ!」


「後、わたしの操縦はちょっと特殊で、気持ち悪くなるかもしれないけど、遠慮なく言ってね」


「えええ? 基本って」


「じゃあいくわよ!!」


 以上、操縦席の中でのフミネとシャーラの会話であった。



 ◇◇◇



「さて、シャーラさんは大丈夫かしら」


「姉さん、それってどういう」


「フミネはちょっと変なんですわ。シャーラさんがそれに着いていけるか、ちょっと心配ですわ」


「どうしてそれを先に言ってあげないわけっ!?」


「だって折角やる気を出しているようですから、水を差すのも悪いかと思っただけですわ」


「姉さん……」


 心温まる姉弟の会話である。ライドはあのちょっと変わった婚約者を想う。あれ、別にいいんじゃないか、とも。



 そうして、甲殻騎が起動する。おなじみの起動音とともに、甲殻が薄く蒼く輝きだす。そして当たり前のように、自然に立ち上がった。


「やっぱり初めての左右って嘘だろ」


「それにしたって、あんなに自然に」


「いや、左はシャラクトーン様だ。確か左2級だろ。そういうことさ」


 観客の勝手な感想だが、それはすぐに打ち消されることになる。



 ずうぅぅん、ずうぅぅん。



 今回の試験に使われているのは、学院標準装備の中型甲殻騎である。安全性を高めるために、各種甲殻は厚めに盛り付けられ、重心は低く、その代わりに取り回しは重たいという操作特性を持つ。



 ずん、ずん、ずん、ずん。



 その巨体が次第に前傾を大きくし、加速していく。走っている。ぶっちゃけこれだけで、左騎士なら3級。持久力次第で、右騎士でも3級だ。行軍が出来ると言うのが、兵士として一番大切な役割だから。


 すでに目の前には、訓練用の丸太林が迫っていた。一本の直径が50センチから1メートルほどの丸太が乱雑に、だがそれぞれを避けられるように立てられている。



 ずぅん。



 重たい音と共に、大きな一歩から練習用甲殻騎がジャンプした。着地したのは、一本の丸太の上だった。しかも片足で立っている。もう一方の膝がゆっくりと持ち上げられ、両腕がまるで翼のごとく広げられた。


「うんっ! 今日もフミネは荒ぶっていますわ!!」


 嬉しそうなフォルテ以外は、静まり返っていた。意味が分からん。



 ◇◇◇



 数秒戻って操縦席内である。


 最初の違和感があったのは起動した瞬間だった。シャーラはいつものように、右騎士から流れるソゥドを受け止め制御しようと、自らの力を動かす。だが、動かない。


「えっ!?」


 だがすぐに、それは気にならなくなってしまった。フミネからの力が、あまりにも自然に自分と一体化していたことに気が付いたからだ。


「それでいいよ、シャーラ。そのままでお願い。ちょっと力を借りるね」


「ええっ? 制御は」


「大丈夫。身を任せて、力をそのまま流して」


 ちょっとアレな台詞であるが、事実その通りなので仕方がない。シャーラは力を加えつつ、力を抜くという、妙な行為に及ぶ。それがなんとも心地よい。新しい扉が開きそうになるシャーラであった。


 そして騎体が歩行から走行に切り替わる。そこでシャーラが左騎士として当たり前の役割に気づいた。各種計器による関節負荷の確認や、動的ソゥド量の把握だ。


 各関節の負荷を示すアナログな針メーターが揺れている。って、小さい。一歩を踏み出す度に確かに股関節や膝関節等に負荷はかかっている。だがそれは、シャーラがこれまで見てきたどの振れ幅よりも小さく見えた。歩いている時と殆ど変わらない。


 あまりの常識の違いに、シャーラは眩暈を覚えるが、それでもソゥドの流れは変わらない。まるで、フミネがシャーラの体調まで把握しているかのようだ。


 計器の針がそれまでよりもピョコりと大きく、それでも十分安全許容範囲内であるが、振れた時、騎体はすでにジャンプしていた。



 ◇◇◇



 謎のポーズを決め終わった甲殻騎は、ぴょんぴょんと丸太の上を片足で跳びまわる。まるで空を走っているかのようだった。


「これぞ、斎藤術から受け継げし芳蕗の技」


「これがフサフキですってええ!?」


「フサフキはフサフキでも裏の芳蕗なんだよね、これが。いや、かーちゃんでも出来るけど」


「意味が分かりません!」


 騒がしい操縦席内であった。



 丸太林の向こう側に着地した騎体がくるりと振り返る。往路は終わった。ならば復路は。


「さあ、本番だよ」


 そこからは、まさに圧巻であった。そして、見事なフサフキでもあった。


 大きく踏み込む一歩は確実に丸太を躱していく。それでいながら、しっかりと騎体は前に進んでいる。ときには、背中を軽く丸太にぶつけ、その反動でさらに別の隙間を通り抜けていく。フミネはまさに甲殻騎と一体となり、騎体長、可動範囲、出力をフルに活用して、流れる風の様に丸太の林を突き進んだ。



 林を抜けたところがフィニッシュラインだった。フミネが勝手に決めただけだが。


「ふぅ」


 騎体を降騎位置、片膝立ちとして、ハッチを開ける。風が気持ちいい。


「シャーラ終わったよ。降りよう」


「は、はいぃ」


 シャーラは腰が抜けた様にぐにゃぐにゃになりながらも、席を立つ。頬は赤く上気しており、ぼうっとした表情である。仮にも公爵令嬢見せて良いものではない。


「ほら、しゃっきりして」


 フミネがペチペチとシャーラの頬を叩くと、驚いたように彼女はしゃっきりした。


「す、すみません!」


「こっちこそごめん。結構キツかったよね」


「いえ、寧ろ心地よいというか、気持ちいいというか、その……」



 うおおおおおお!!



 止まっていた時間が再び流れ始め、大歓声が訓練場に響き渡った。


 地面に降り立った二人は、片方は誇らしげに手を振り、もう片方は恥ずかしそうに俯いている。


「流石はフミネですわ。お見事ですわ!」


「おうともさ!」



 歩み寄って来たフォルテに、フミネは腕を掲げ、両者の拳がコツンと打ち合わされた。


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