第22話 居場所 / 自宅
会社の経営状況の悪化とともに業務管理の締め付けが厳しくなった会社組織の中に居づらさを感じた私は 休憩時間意に同僚達とお茶会の場を設けることで 居場所を確保しました。
一方で 自宅では 居場所を見つけられずにいました。
私は 3LDKの賃貸アパートに 妻と小中学生の娘2人と暮らしていました。
長女は 活発なタイプでしたが性格は優しく 次女はおとなしいタイプでしたが性格は勝気でした。
数年まで 休日には 家族で遊園地等へ出かけて 娘たちを遊ばせ 夜には風呂に入れていましたが 長女が私を避けるようになると 次女も右へ倣いして 離れるようになりました。
娘たちの急な変化に 少なからずショックを受けた私は なんとか娘達とコミュニケーションを図ろうとしましたが 更に反発が強まり 彼女達はそれぞれ個室を要求するようになりました。
妻と娘たちは 結託したかの様に 3Lをそれぞれ占拠し 私は DKに押し出されました。
娘に部屋を明け渡した私は DKの窓側に 机とテレビとタンス等を配置して居住空間を確保しました。
DKは 冬には暖房を入れても 家族の通り道になって 風通しがよく冷えましたが 夏には冷房を入れても キッチンの熱と換気で暖まりました。
夏の暑い日など DKにパンツ1枚で転がっていると 近くを通る娘たちの足音は 何か 嫌なものを避けているかのように聞こえました。
案の定 娘達の「気持ちが悪い。」と言う不満の声は 妻経由で 私に届きました。
私は 近くの日用品店へ行くと レースのカーテンを買ってきて DKの中ほどに カーテンで仕切りを作り キッチンから隔離されたスペースを確保しました。
それなりに自分のスペースは確保したものの 私は 家にいても 何となく くつろげない自分に気付いていました。
家の中でくつろげないのは一体なぜか 私は 自宅での居場所を見つけるために 現状の4分析を始めました。
会社で取組んだ事例に倣って 周りと自分とを 見えない糸で繋ぎ お互いのやり取りは その糸を通じて送られる信号によって伝えられるモデルを考えてみました。
私は 娘達の私への反応から それは良好なものではなくても 糸の繋がりがあって 何らかの信号をやり取りできる環境があると思いました。
そこで 会社のお茶会の事例を参考に 自宅でも同様にの取り組みを行いうことにしました。
平日は 朝早く家を出て夜遅くに帰り 家族との会話の機会が無かったので 私は 休日の食事の時に 娘達に積極的に話しかけることにしました。
ところが この取り組みを始めて間もなく 子供達に話しかけていた私は 彼女達に 話をしたくないオーラが漂っているのを感じました。
自宅での食事の雰囲気は 会社でのお茶会の雰囲気とは全く異なるものでした。
会社では 上司や職場のメンバーは 良かれ悪しかれ 双方を繋ぐ糸を通して 信号の送受信を行うことができていました。
この構図は お互いに対する私的な感情は別にして 糸を繋いだ状態にしておくことを 尊重していることを示していました。
私は 繋いだ糸を通して送られてくる 色々な信号を受けることにより 自分の居場所を確保することが出来ていました。
「男は 敷居をまたげば 七人の敵あり」と言う言葉がありますが 同時に 外に 10人の味方がいれば それはそれで その環境の中に 自分の居場所ができるものと思いました。
一方 自宅の場合は 彼女達との間で信号のやり取りができずに 双方を繋ぐ糸の存在にも疑問を持たせる雰囲気が漂っていました。
この状況は 会社より厳しいと思うと 私の頭に「敵は本能寺にあり」と言う言葉が浮かびました。
「強靭で柔軟な心身作り」を目指す私は 家庭の中に 自分の居場所を確保することを目標に 娘達とのコミュニケーションを図るための糸口を見つける取り組みを考えました。
私は 仕事で東京や大阪に出張することがあり その帰りには 菓子や縫いぐるみなどの手土産を持って帰ることにしました。
「ただいま。」と言うと 「お帰り。」と答えるのは妻だけでしたが「お土産あるよ。」と言うと娘達はそれぞれの部屋から出てきました。
「お菓子だよ。」と言うと娘達は「ありがとう。」と言って受け取り 妻の部屋へ持ち込むと 戸を閉めて彼女達だけでお茶会を始めました。
土産を受け取っても 娘達の機嫌が悪い時等は「ありがとう。」 の言葉も無く それぞれの部屋に戻って行きました。
1年間 お土産作戦を続けましたが 妻が「そんなことで 娘達の気を引こうとしても無駄よ。」と言うように 会話の糸口を見つける効果は無いようでした。
ユーザー訪問や関連会社との打ち合わせや会議のための出張業務は 仕事の節目のタイミングで行われることが多く それは 緊張する場であり 打ち合わせ資料の準備も大変な作業でした。
そのような状況の中で お土産を買って帰ることは それなりの気使いでしたが 娘達は そんなことは気にしていないようにでした。
ただ買ってきたお土産では効果が無いと感じた私は 別の作戦を考えました。
私は 縫いぐるみが好きな娘達に 自作の縫いぐるみを作ってプレゼントすることにしました。
手作りの縫いぐるみを 娘達が見れば 反応があるのではと期待しました。
早速 休日になると 私は 日用品販売店へ行き 白い布と綿と糸を買ってきました。
私は 布を広げて 色鉛筆で 全長が15センチメートルくらいのウサギの絵を描きました。
ウサギの絵は 両手と両足と耳と尻尾を広げた形に描き それぞれの部位を幅広に描きました。
絵を描いた布の下に 別の布を1枚重ねると 布の四隅をクリップで留めて ウサギの輪郭に沿って 白い糸で返し縫いで縫い合わせました。
ウサギの輪郭の腹部の一部を残して 2枚の布を縫い合わせると 輪郭の5ミリ程外側を ハサミで切り取りました。
次に 布の縫い残した部分から 布を裏返しにすると 中に綿を詰めてウサギの形を作りました。
ウサギの腹部の縫い残した部分を 合わせ縫いして閉じると 最後に 黒い糸を針に通して ウサギの顔に目と口をつけました。
手製のウサギの縫いぐるみができると 私は 次女に「これ どう。あげようか。」と言いました。
娘は ウサギの縫いぐるみを手に取ると「わー かわいい。ありがとう。」と笑顔で言いました。
彼女は 喜んで ウサギを自分の部屋へ持って行くと 一緒に遊び始めました。
翌週の休日に 私は 次女の部屋に ウサギの縫いぐるみが居なくなっているのに気付きました。
妻に聞くと「飽きちゃって。捨てられたのよ。そういうことで気を引こうとしても無駄よ。」と言いました。
私は 少なからずショックを受けましたが それでも自分の裁縫の腕前だと それも仕方の無いことだろうと思いました。
それでも 縫いぐるみを作っている間は 娘は期待をしてくれていたし それを貰った時の彼女の笑顔は コミュニケーションの糸口を感じさせるものでした。
手作りプレゼント作戦に 一定の効果を感じた私は 次に手作り料理にトライすることにしました。
これまで 私は 自分の弁当を作っていたので 休日の夕食を作りもできるだろうと思いました。
もし 料理を作り続ければ 彼女たちの食材の好き嫌いや 味付けの好みも判るようになり 会話の糸口も見つかるだろうと考えました。
早速 休日の午前10時頃になると 私は買い物バックを背負い 自転車で近くの八百屋とスーパーを回りました。
八百屋では キャベツとトマトとジャガイモと人参とかぼちゃを買い スーパーでは 豚肉の細切れと塩さばと豆腐と油揚げを買いました。
午後4時頃になり 妻が娘達を連れて散歩に出ると 私は夕食の準備を始めました。
まず 計量カップで米を2合計り取ると 研いで炊飯器に移し 水を加えてタイマーをセットしました。
次に鍋に水を張り ガスコンロに乗せて火をつけると ジャガイモ2個と人参2個を水洗いして まな板の上に乗せました。
包丁でジャガイモの芽を取り除き ピーラーで皮をむくと ボールに移して水を張りました。
ピーラーで人参の皮をむくと 包丁で縦に4等分し それぞれを横にして3センチ間隔に切り 鍋に入れました。
ボールから皮をむいたジャガイモを取り出すと 包丁で それぞれ8等分に切って 鍋に入れました。
フライパンに油を適量たらして ガスコンロに乗せて火をつけると パックに入った豚肉を取り出し 菜箸で豚肉をフライパンに移して 塩コショウを振り 焼き色をつけると 先の鍋に移しました。
鍋が沸騰すると 弱火にして 暫く煮込み 酒と醤油と砂糖を加えてで味付けしました。
2枚におろしてある塩さばを 包丁で それぞれ半分に切ると 魚焼き機に乗せて 加熱しました。
二分の一にカットされたかぼちゃは スプーンで種を取り除き 包丁で 更に半分に切り 皮をそぎ落とし 適当なサイズに切ると 鍋に入れて 水を張り ガスコンロに乗せて火をつけました。
包丁で キャベツの葉を5枚切り取り それぞれの芯の部分を切り取ると ボールに張った水で洗い 葉を重ねて丸めると 包丁で千切りにして 皿に盛り付けました。
トマトを水洗いして へたを取り 包丁で 4等分すると 先の皿に盛り合わせました。
お湯で煮た かぼちゃを ザルに取り出して冷ますと 先の皿に 盛り合わせました。
鍋の煮汁に ミソを溶いて 包丁で切った 豆腐と油揚げを加えて 一煮立ちさせて火を止めました。
ふと気がつくと 魚焼き機から煙が出ており 蓋を開けると 塩サバが焦げ始めていたので あわてて取り出しました。
午後6時近くになると 家族が戻ってきました。
私は 時簡に追われながらも なんとか 夕食の時間に合わせて料理を作ることができました。
キッチンのテーブルに 料理を並べると 家族に「ご飯ができたよ。」と声を掛けると 右手の甲で額の汗を拭くと「ふー!」と息を吐きました。
時間に追われての慣れない料理作りは 私を 緊張させていました。
部屋の壁に掛かった時計の針の動きを気にしながら 火に掛けた鍋の様子を気にしながら 魚焼き機の様子を気にしながら 包丁で手を切らないように注意しながら 目と耳と鼻と口と触感を働かせる料理は 全神経をフルに使う作業でした。
「頂きます。」「召し上がれ。」の声で 夕食が始まりました。
焦げた塩サバと 少し芯が残った肉ジャガでしたが 不満の声はありませんでした。
食事が終わると 私は 皿を洗いながら 休日の夕食作りが 家族とのコミュニケーションの糸口になるものか これを継続して検証しようと思いました。
糸口のこととは別に 私は 家族のための夕食作りには 自分の弁当を作ることとは異なる何かがあると感じました。
それは「強靭で柔軟な心身作り」に効果があるのではと感じました。
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