#24 行き当たりばったり(物理)です!

「な、ななな……!」



{flowerアレジメント}事務所はちょうど、昼。夜にまた三期生のコラボ配信が始まる

のだが、ちょっとした用で事務所を訪れていた彩は、混乱していた。


「貴方は…千鶴、だったっけ」

「!ええ、ええ、そうです!!」


事務所内をウロついていたところ、行き当たりばったり(物理)で彩はレイア

と出会ったのだ。憧れの人に名前を憶えてもらっていたということに興奮冷めきらぬ

彩は思わず卒倒しそうになるが、堪える。


「貴方は何をしに?」

「あー……コホン、事務所内を見学していましたの。もうすぐ頻繁にここへ通うことになるわけですし、いずれ…いや、すぐに有名になって事務所内を引っ張りだこになってしまいますから、今の内に事務所の一つ一つを覚えないといけなくて」

「そう。それはご苦労様」


自信満々に言い放つ彩に、レイアは小さく頷いた。


「でも、貴方達三期生は未だコラボ配信中。ソロデビューも果たしてない」

「そ、それは、そうですけど……。」

「貴方は、夢を見つめる。それだけで、周りにあるチャンスに気付いてない」


レイアが静かに彩を諭す。


「ゆ、夢を見たって良いじゃないですの!追いかけて何が悪いとっ……!」


そこまで言って、彩はハッと口を抑える。憧れの人に、このようなことを言って

しまうなど、ファン失格だ。シュンとする彩とは逆にレイアはふむ…と手を顎に

あてた。


「貴方は追いかけるばかりで周りのチャンスに気付いてない。このコラボの先にあある夢しか見てない。だから、このコラボで大切なことにさえ気付けない」

「大切なこと…?」


思わず彩は首を傾げる。


「大切なこと。それは、。心から楽しまないで夢ばかりを見つめていては、きちんと参加せずにいては、三期生だけでなくリスナーも離れてしまう」

「そ、それはイヤですわ!」

「うん、だから私が一つ教えてあげよう」


そう言うとレイアは彩にしゃがむように言った。レイアよりも彩の背が高いため、

手が届かないからだ。彩が言われた通りにしゃがむと、レイアはその左肩に手を

置いた。


「“小さな事に忠実でありなさい。そこにあなたの強さが宿るのですから”」

「……!」

「周りのチャンス小さな事をきちんと見据えて、その一つ一つを楽しんで、頑張る、努力する。貴方の周りに散らばっているそれは、いわば、貴方の魅力を高めるための試練。それを粘り強くひたむきに、忠実に乗り越えてこそ、貴方は強くなれる」

「強く…?」

「うん。Vtuberはそんなにカンタンじゃない。些細なことで炎上だってするし、何もせずともアンチだって来る。その一つ一つに向き合って…耐性をつけてく。そうすれば何も怖くない。貴方は無敵。」


コク、と頷きながらレイアは彩を諭していく。


「無敵になれば、何でも出来るって思える。だって、立ちはだかるものはないから。夢の壁はないから。後はそこを真っ直ぐ進めばいいだけ」

「…!はい、はい、頑張りますわ!!」

「うん、頑張って。頑張ることは、良いこと。“痛みを伴わない人生なんてありません。問題に立ち向かってこそ、私たちは成長するのです”」


そう言うと、レイアは彩から手を離し、去って行った。



「うーん、ココどこだろ……」


一方その頃。花鈴も彩と同じく事務所内を覚えようと地図を頼りに歩いていたが、

地図を見てもわからない所まで来てしまっていた。


「もしかして、迷子?!」


そこまで言い、慌ててブンブンと首を振る。もう高校生になるというのに、

今時迷子になっていては示しがつかない。


「ともかく歩いて行けば記憶にある場所に…!」


気を取り直して、ずんずんと進んで行く。そしてある場所の廊下まで行くと、人影が

あることに気付いた。


「千鶴さん?」


こちらに背を向け、しゃがんでいる彩を見つけた花鈴は、何かあったのかと近寄る。


「…あら、貴方は……」

「花鈴です」

「あぁ、花鈴さんね。いずれ私の踏み台になる…」

「あははは……」


ブレないなと苦笑しながら、花鈴は彩を見つめる。顔を両手で覆ったまま、何回か

ため息を吐いていた。


「…どうかしたました?」


そう言いながら左肩を触ろうとすると、彩がバッと身をよじった。


「へっ」

「ちょっと、貴方という分際が軽々しく触らないで頂戴!」

「えーっと…」

「これはレイアさんが自ら触ってくれた大切な場所!触るなら他の場所にしなさい!あぁどうしましょう、この服はお気に入りですのに、もう洗濯が出来ませんわ!けれど着続ければ汚れてしまう……もう着れませんわ!」

「千鶴さん?千鶴さーん…?」


自分の世界に入ってしまい、惚れ惚れとした表情を見せる彩に若干引きながらも

花鈴は声かける。が、当然応答はナシで。ていうか、左肩なら触っても良いんだ。



「レイアちゃん、どうかしたの?珍しく微笑んじゃって」

「ん、なんでもない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バーチャルで“てっぺん”目指したい!~けど、そうカンタンにはうまくいかないようです~ 月出 四季 @autumnandfall

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ