第23話僧院ヒナルート13
駅に着く頃にはお互い手を離していた。
「で、どこ行こうか? ボク的にはがっつり遊べるところが良いかな!」
「遊べるところ?」
「あ、水族館が良いな」
「いや、矛盾し過ぎだろ」
丁度ホームに止まった電車に乗り込み、空いている座席に座る。朝の十時半過ぎ、時間が早いためか客はまばらだ。冷房が効いていて適度に涼しい。
「あはは、ごめん、そこにチラシが貼ってあったから」
「ん?」
電車の中吊りに水族館オープンの文字が見えた。
「へぇ、新しく出来たんだ」
「行ってみない? 遊べるところは今度……皆で行くってことで」
「ん? ああ良いけど」
ヒナの表情に陰りが見えた気がした。
混んでいると思われた水族館だが、やはり朝が早いからか客は少なかった。これから混みそうだと従業員が話しているのが聞こえた。チケットを買って中へ入ると、薄暗い通路が奥まで真っ直ぐに伸びていて両側に水槽が設置してあった。先は海の中を再現した大きな水槽があり、水中トンネルもあるらしい。
薄闇の中を歩きながらライトアップされた水槽を覗き込む。
「うわ、これがクマノミ?」
オレンジと白の模様は有名なアニメ映画を思い出させる。
「これ、美味しいのかな。色的に無理?」
真剣に言うヒナに奏介は呆れ顔だ。
「絶対食用じゃないだろ」
「分かってるわかってる」
ヒナは言って、奏介の肩に自分の肩を寄せた。
「……あのさ」
「どうした?」
「今日は、今日までは恋人だよね?」
「今日?」
そこで思い出した。父親の説得のために偽恋人を演じていたのだ。
「おじいちゃんに言われたからデートしてるんだし」
少し寂しそうに言う。
「ヒナ……」
「ああ、いや、ただの確認! 奏介君だって好きな子くらいいるもんね。いつまでもボクの事情に付き合わせちゃ悪いからさ。でも、今日だけは付き合ってもらうよ?」
イタズラっぽく片目を閉じて見せる。
「行こ。ボク、ペンギン見たい」
「あ、おい」
連れていかれたのは巨大水槽の先にある野外エリアだった。照りつける太陽の元、ペンギン達が飼育されているスペースには人だかりが出来ている。さすがの人気だ。
「二人とペンギンで写真撮りたいなぁ。どうしよ。腕伸ばす?」
二人の顔はともかく、ペンギンはかなり厳しそうだが。
「俺が取るよ。ヒナとペンギン」
「ほんと? じゃあお願いっ。後で奏介君は丸く切り抜いて右上に貼って上げるからね!」
「……欠席した生徒みたいな扱いだな」
と、そんなやり取りをしていると、
「写真撮りましょうか?」
従業員の女性だった。
人だかり解消のためなのか、数人で手分けして客の写真撮影を手伝っているようだ。
お願いすることにした。従業員がカメラを構える。
「……えーと、もう少しくっついて下さい」
ヒナはそう言われ、照れながらも奏介に肩を寄せた。シャッターを切る音がして、従業員が歩み寄ってくる。
「いかがですか? もし、緊張していたようでしたら、もう一度撮りましょうか?」
写真はよく撮れているのだが。
「緊張?」
「カップルさんにしては離れていたので」
「え、あ、カップル? べ、別に大丈夫ですっ」
ヒナの慌てように言う。すると彼女はくすっと笑って、
「この後も楽しんで下さいね」
スマホを受け取って、歩き出す。
「普通にカップルに見える……のかな」
「まぁ、男女二人でこんなところに来てればな」
「うーん、だよね」
順路にしたがって、階段を上ると水中トンネルへの左を指した矢印を見つけた。右へ行くと水槽を上から見ることが出来る場所があるらしい。
イルカショーが始めることもあり、右へ行く客がいなかったので行ってみることにした。
「おお、貸し切りだっ」
人の気配はなく、客達の喧騒は遠くに聞こえる。静かだ。
「……」
と、ヒナは足を止めた。
「どうした? さっきから、具合でも悪いのか」
「今日で終わりなんだよね。ここを出てご飯食べて買い物して、街をぶらぶらしてさ、暗くなってきたらまたねって別れて、そしたら、ボク達は友達に戻るんだ」
「あ、ああ、まぁそういう話だったな。父親も説得したし」
実際には全員で彼をやり込めた形だが、もう心配はいらないだろう。
ヒナは手すりから下の水槽を覗き込む。
「寂しいなって思ったんだ。一週間も経ってないのに君と恋人だった間は楽しかったから。それに、それにさ」
ヒナは手すりを握って、頬を赤くした。
「あいつからボクを守ってくれてすごく嬉しかった」
「当たり前だろ。長い付き合いだし、友達なんだから」
「……うん」
ヒナは頷いて、
「いつもそうだもんね。君はいつでも助けてくれる。皆にもそうだもんね。ボク、奏介君とはずっとこのままの関係でいたいな。このまま大人になりたい」
本心ではなかった。もうすぐ友達に戻ってしまうが、本当は特別になりたい。
「それは」
ヒナは奏介の手を引いた。
「行こ。今日だけは恋人なんだから、彼氏が奢るんだよ?」
「お、おい」
その後、水族館のレストランで食事をし、買い物をしたり、街を遊び回った。
普段と変わらない、友人のような恋人関係。
薄暗くなった頃、奏介はヒナの家の近くまで送って行った。僧院家近くの公園前である。
「あ、ここでいいよ、菅谷君」
「ん?」
すでに違和感がある呼び方に奏介は首を傾げた。
「デートは終わりだからね。またおじいちゃんに絡まれるかもしれないしさ。……ほんと、ありがとね」
「……ああ」
ヒナは手を振って背中を向けて歩き出す。
奏介はすぐにヒナの手首を掴んだ。
「え」
振り返るヒナ。
「いや、どうしたんだよ。泣きそうな顔をして」
そう問われ、ヒナは一瞬躊躇って、数秒の間があく。
「ボク、菅谷君と友達になりたくないな」
「え」
奏介は顔を引きつらせる。
「変な意味じゃないよ? 君と今日の関係のままでいたいって思ったら、悲しくなったんだよ。明日にはそうじゃなくなっちゃうから」
「あ」
奏介は、ヒナの言いたいことを理解した。少し照れ臭くて、微妙に視線をそらす。
「……そっか。でもヒナは家を継ぐんだろ? 殿山や来栖みたいなのは論外だけど、そういう家柄の人と。俺なんかは」
ヒナは首を横に振った。
「君が良い。だって、君が和真やお父さんから助けてくれたから。世界が広がったから。今のボクは君のおかげでここにいるんだよ」
「それはさすがに大袈裟だよ。命の恩人みたいに言われても」
「あは。そだね」
ヒナは笑って、
「ボク、菅谷君の……奏介君のことが好きなんだと思う」
「……気の迷いじゃないか? クズみたいな婚約者から助けた男が良い奴とは限らないぞ」
「良い奴じゃなくても良い。ボクは君が好きなんだから」
顔を真っ赤にして目を潤ませたヒナが見上げてくる。
「ボクじゃダメ? 嫌かな?」
奏介は動揺する。
「俺は、ヒナと釣り合うような男じゃないと思うけど」
「そんなことないよ。もちろん、菅谷君が嫌なら仕方ないけど」
ヒナは奏介の手に自分のそれを重ねた。
「お願い。答えがほしいよ」
奏介は躊躇っていたものの、すぐに肩を落とした。
ヒナの頭に手を回し、抱き寄せる。
「ぅえ!」
余程驚いたのだろう。妙な声を上げるヒナ。
「自信はないけど、ヒナが言うなら。俺も、ヒナのことは特別だと思ってたよ」
ヒナは目を見開いた。
「ほ、ほんと?」
「ああ」
ヒナは顔を真っ赤にして、奏介の胸に顔を埋めた。
「うう、照れるっ」
「自分が言い出したんだろ」
奏介が言って強く抱き締めるとヒナも彼と視線を合わせた。
「うん。嬉しいな」
お互いに目を閉じて、しばらくそうしていた。
見た目いじめられっ子の俺は喧嘩売られたので反抗してみたifラブコメ各ルートまとめ たかしろひと @takashiro88
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