12. ある美文家

そこにはめくるめくような言葉の世界があった

美しく洗練された言葉だけがそこかしこで紡がれていた

彼はそんな文章を目の当たりにして 自分もこんなものを書いてみたいと思った

粉骨砕身した 脇目も振らなかった 汗水垂らして小説を書いた

美しい文章で読む者を感動させるような小説を 何としてでも書こうと思った

しかしなかなか納得のいくものは書き上がらなかった

それは彼の文章が未だに物語のくびきから放たれていなかったから

自由に飛翔することができなかったから 跳ね回ることができなかったから

しかし彼は自分の愛児を厳しくしつけ 律し 叱りつけ

   いじくりまわすことが 美しい文章をつなぐ唯一の方法であると信じた

そのためには美しい物語が必要だった 美しい意志が必要だった

それゆえ彼は文学的な修辞や粉飾をこれでもかと弄しはしたが

すべては単なるとりつくろいでしかなかった

彼は読む者を感動させるような小説に値するような人間性を持ってはいなかったから


美しいこと、洗練されていることが究極の目的なら

私はこうやって文章を書きつけてなどいない

読んだ者の感動は、いわば結果に過ぎない

私は美文家などではない

だからこそ 言葉にできないこと 自分でも理解のできないことを

言葉にしようとする

恥知らずだが 毎度のこと手探りに 行き当たりばったりに自分を表現する

うめき声しか出なければ うめき声を延々と聴かせてやろう

「言葉にならない」ことだって 何か意味があっての表現なんだ

私は彼とは違った意味で徹底している 

   たとえ一篇の詩も書き上がらなかったとしても

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

美文家ではないが たいした自信家だな

次は自分のことを徹底的にやっつける詩を書こう



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