アミヤ・ロボティクス③

 アスレチックステージを舞う影がある。

 坂を駆け上がり、台から台へと跳び移り、ロープを掴んで登り、吊られた不安定な足場をバランスをとって進む。さらには鉄棒を掴んで回転。着地してからは前方二回半捻りが決まった。


「おお~」


 白川はその様子を眺め、パチパチと拍手を送った。

 六か月に渡る修理を経たアリサの完全復活を示すパフォーマンスである。


「あ、一応報告しておきますね。バッテリーの性能が向上して稼働時間が三十分ほど延びてます。あとは、実働データをもとに骨格や人工筋肉 の強度設計を見直して、4kgほど軽量化もできました」

「それは朗報だな」


 身長170cm。体重126kg。この世で唯一「怪異調査」を目的としたアンドロイドである。


「あ、先輩。怪異調査を再開するんでしたら、一つ心当たりがあるんですが」


 アリサを連れて研究室に帰ろうとしたところ、網谷に呼び止められる。


「子供型アンドロイドの試作機が行方不明です」

「試作機? ああ」


 アリサには膨大な開発費と運用費がかかっている。だが、それはいかなる事業にも繋がらないものだ。アミヤは蓄積された技術資産を商品化できないかと画策していた。歌って踊れるアイドルのような、あるいはパフォーマーとして売り出す計画である。さらにその話題性を足掛かりに事業拡大も目論んでいる。

 よって、製造費を抑え、かつ世間的な受け入れやすさを考慮し、アミヤは子供サイズのアンドロイドを開発していた。


「盗難にでもあったんじゃないのか?」

「だとしたら大問題なんですが、技術漏洩や情報漏洩の兆候も特になく……。競合他社や投資家にも不審な動きは見られません。いつごろからなくなったのかも不明で、白川研究室への出向記録もあったり、とにかく不可解な点が多いんですよ」

研究室うちにか。それで、怪異が関わっているんじゃないかと?」

「可能性はあります。まあ、だとしてもんですが」


 怪異検出AIのテキスト分析でもそのような傾向はあったが、「なんともいえない」というのが正直なところだった。技術の発達と共にそれらをベースとした怪談――たとえば電話、テレビ、インターネットにまつわる怪談というのも多く語られてきたが、ついにロボットにまで及んだかと白川は思った。


「アリサ。どう思う?」

「九曲トンネルが関係しているのではないでしょうか」

「ふむ……?」


 九曲トンネル。十七年前に継続的な調査を行い、しかし断念した。最近でも、新月の夜にトンネルまで視察に行ったことまでは覚えている。しかし、靄がかかったように記憶がハッキリしない。


(妙な頭痛がする。なんだ……?)


 思い出そうとすると奇妙な痛みが妨害する。中学校の七不思議の一つにも加えられていた。鮎川浩紀という男子生徒の活動を監視していた。いくつかの成果があった。泥に塗れた鏡。お化け屋敷の試作。全身赤タイツの怪人。有紗の幻影に遭遇した。トンネルの調査はまだ行われていない。

 七不思議すべての調査は完了していないが、あくまでアリサが修理中の時間を無駄にしない埋め合わせのようなものだ。いかにアミヤと関わりのある学校法人とはいえ、中学生の監視業務はあまり褒められたものではない。


(いや。なにかおかしい。記憶の整合性がとれない……? やはり、あったか……)


 白川は十二年前からスマートグラスを通じて自身の言動を記録し続けている。不確かな記憶があれば日記を読み返すように映像を確認すればよい。だが。


「教授。頭が痛みますか?」

「うん?」


 思考に口を挟むように、アリサがそう尋ねた。

 たしかに頭痛はしていた。しかし、そのような素振りは特に見せなかったはずだ、と白川は思った。本人が自覚しないほどの機微を読み取ったのか、あるいは。


「網谷さんはどうですか?」

「え、俺?」


 なにか、心当たりがあるのか。


「試作機紛失の件で頭は痛いけど」


 アリサはじっと観察するかの素振りを見せた。実際には、全周視界を有するためあえてそうする必要はない。「反応」を見るためにあえてそう振る舞っているのだと分かった。


「この件については、私にお任せください。危険ですので。人間にはできないことをするのが、私の役目です」


 意外な言葉だった。その言葉の正確な意図はわからない。しかし、アリサが「任せろ」といった。ならば、信じるほかない。そうすべきだという直感があった。人間には無理だと思ったから、アリサを作ったのだ。だから、アリサを信じると決めた。


「いくつか疑問はあるが……聞かない方がいいのか?」

「はい。考えることもしない方がよいでしょう」


 そう言われれば気になる、が。白川は微笑む。


「わかった。お前を信じる。それなら、ものと考えるしかないな」

「私がいるかぎり、なに一つなかったことにはなりません」

「そうか。網谷、お前も聞いてたか」

「俺はもう、ずっと前から怪異調査には関わりたくない立場ですよ」

「よくいう。中学生を嗾けてまでトンネルを再調査しようとしてたやつが」

「そんなこと、もうどうでもいいじゃないですか。……どうでもよくはないですね。中学生がうっかり入ってしまわないように見張っておかないと」

「そうだな。お前が一番あのトンネルの恐ろしさを知ってる。行き止まりの先へ4mも進んだとビビり散らしていたからな」


 がある。

 二十年前からずっとそうだ。なにかを見落としているような気持ち悪さをずっと抱えてきた。

 九曲トンネルは最奥が行き止まりになっている未完成のトンネルだ。新月の夜だけ行き止まりがなくなり、その先へと進める。その先になにがあるかは、網谷が引き返したためにわかっていない。

 それだけのはずだが、得体の知れない恐怖があった。――と考える。その先へ進めば懐疑主義は無限発散のように増大する。

 知りたい。

 だが、すべてを知ることはできない。

 アリサを信じ、委ねること。そう決めた。

 思考のフレームを定めねばならない。わからないものは「わからない」と、思考の外へ置くべきなのだ。


(だが、それで有紗は見つかるのか……?)


 嫌な予感があった。

 このままでは有紗は見つからないのではないか――ではない。


(私は、もしかしたなら)


 有紗が見つかることを怖れている。そのように思えた。

 白川有栖は自身の心ですら信じることができない。妹が見つかることの意味を考えるようになった。十二年以上異界に囚われ続けていた彼女が現世に帰還するという、その意味を。


「アリサ。怪異検出AIで見たとき、私は何%だ?」

「20%です」


 数値が増大している。その意味もまだ、今はまだわからない。

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