<第5章 前兆Ⅱ>

50.集中治療室

「叶依! やめろ! 戻れ!」

 屋上への扉を開けた瞬間、伸尋は猛スピードで走り出していた。

「叶依ぇぇぇぇえええええやめてぇぇぇぇぇえええええええ!」

 珠里亜の大きな叫び声の中、伸尋は必死で走った。

 何とか叶依を引き止めようと手を伸ばした、けれど、叶依はもうそこにはいなかった。数秒後にドンッという音がして、叶依が地面に叩きつけられたことを知った。

「叶依……叶……依……し……死ん……」

「伸尋!」

 全身から力が抜けて、伸尋はその場に倒れそうになった。

 隣にいた海帆が、とっさに支えた。何とか意識はあったけれど、立っているのが精いっぱいだった。

「先生! 救急車! 早く! 早く、走って! 史……私、ここで伸尋みてるから……みんなと、叶依のとこ……」

「わかった──行くぞ」

 もちろん海帆も、叶依のところに行きたかった。

 でも、伸尋を置いていけない。叶依に一番会いたいのは、伸尋だ。

「叶、依……待て……」

「大丈夫やから……叶依は、大丈夫……」

 もちろん、そんな確信はない。

 叶依は大丈夫だと、また会えると、信じたかった。

 海帆が伸尋を支えながらグラウンドに降りたとき、ちょうど救急車が来て叶依を運ぼうとしているところだった。田礼が叶依に付き添って、友人たちは他の先生の車で病院に行った。

 頭部から出血多量で意識不明の重体。

 病院に運ばれたあと、手術室へ直行した。

 しかし、そのとき既に叶依の心臓は停止していた。

 手術は三時間後に終わり、深刻な顔をした男性医師が伸尋を部屋に呼んだ。

「あの、叶依は……どうなんですか……もう、心臓は──」

「動いてはいません。何をやっても、蘇生できませんでした。申し訳ない」

 伸尋は何も言えなかった。ただ俯いて、涙を我慢した。

「医師としてはもちろん、個人的にも、助けたかった。本当に残念ですが、私ではどうにもなりません。──ただ」

 医師の口調が強くなり、伸尋は顔を上げた。

「理由はわかりませんが──まだ、生きています」

「……どういうことですか」

「詳しいことはわかりません。私たちも不思議で、いまだに信じられません。心臓は確かに止まってるんですが、死んではいないんです。意識が戻るよう、祈りましょう。もちろん──逆の可能性もゼロではありません。覚悟はしておいてください」

 叶依は集中治療室に移され、面会は禁止だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る