49.生きる意味

「なぁ海帆……このへんで五階以上の建物ってある?」

「五階以上の建物? 学校の本館って五階じゃなかったっけ?」

 学校に戻ってから叶依は元気がなく、久々に自分から話したことがこれだ。

「そんな近くにあったんか……」

「何かあんの?」

「ううん。聞いただけ」

 叶依の様子はおかしかったけれど、海帆は深くは追求しなかった。そのかわり、早退することを勧めた。土曜なので授業は午前中で終わるけれど、叶依は二限が終わると帰っていった。叶依は大丈夫だと言っていたけれど、そうは見えなかった。

「──ということなんやけど、どう思う?」

 叶依の様子がおかしいことは、すぐに伸尋にも伝えられた。

「五階以上の建物? 空気きれいなとこ探してんのか?」

「わからん……なんかおかしくない?」

「とりあえず、帰り叶依んとこ行ってみるか」

 その日の放課後、友人たちは全員、叶依の部屋に行った。

 しかし──。

「叶依……?」

 玄関も窓も鍵はかかっていないのに、そこに叶依の姿はなかった。

「ちょ、ちょっと! これ見て!」

 一番に部屋に入った珠里亜が一枚の紙を見つけた。

「これ叶依の字じゃない?」

「どれ?」


 ―――もう限界

     みんな バイバイ―――


   ☆


 ~~~バカな真似はしないで! そんなことしてどうなるの!

 叶依の頭の中で、ひとりの女が叫んだ。

 学校を出て寮に戻って、再び叶依は学校へ向かった──本館の屋上だ。フェンス越しに街を見て、声の主に気持ちを伝えた。相手はアルラ──叶依の母親だ。

『生きる意味わからんもん……最近のことは、ほとんど記憶ないし……修学旅行では自由行動いっぱいあったのに、ずっと海輝の記憶を見せられてて……伸尋の記憶も……。コンサートしてるときもそうやった……ずっと記憶持ってかれそうで必死に耐えて……でも、曲のときはどうしても勝てんかって……何も覚えてない……これからは、もっと増えるんやろ? どこ行っても何しても、記憶が残らんまま……生きる意味無いやん』

 ~~~だからって死ぬことないじゃない!

『あるよ。生きてて何も覚えてないんやったら、死んだほうがマシ。楽になれる。こんな生活もう嫌』

 ~~~あなたが死んだらどうなるかわかってるの? 私まで……あなたの産まれた惑星も滅びてしまうのよ?

『そんなことどうでもいい。ずっとこっちで生きてきて、なんで今更そっちのこと気にせなあかんの?』

 叶依はフェンスの上まで登り、校庭を見下ろした。

『私が生きてきたのはこの世界。自分の不注意で穴から落としたくせに、何よ今更』

 ~~~いつからそんな子になったのよ? 昔は……素直だったのに……。

『昔っていつのこと? 私──母親に育ててもらった記憶なんかない』

 ~~~育てたわよ、ちゃんと……。あなたはまだ小さかったから覚えてないんでしょうけど……

『そっちのことで覚えてるのは、伸尋と遊んでる時に……初めて外に出た時に、穴に落ちたことだけ』

 叶依は学校の敷地をゆっくり見回した。

 ~~~伸尋はどうなるのよ? あなたが死んだら……伸尋も消えるのよ……

『一緒に死ねるならそれでいいやん。あっちで仲良くする』

 ~~~夢は? あなた……伸尋の夢が何だか知ってるの?

『伸尋の夢――?』


「叶依! やめろ!」

 バンッ!

 ドアの開く音と同時に、伸尋の声が聞こえた。

「やめろ、戻れ!」

 伸尋が必死に走ってくるのがフェンス越しに見えた。

「叶依ぇぇぇぇええええ!」

 遠くから、珠里亜や他の友達の声も聞こえていた。

 けれど、もう遅かった。

 最後に田礼が屋上へ来たのを見て、叶依はフェンスから手を離した。

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