42.記憶の裏側Ⅲ -side OCEAN TREE-

 北海道から戻った叶依は仕事が増えて忙しくなり、寮にいる時間は少なくなった。けれどそれは、海輝には嬉しいことだった。叶依と海輝が付き合っていることはマネージャーは知っていたし、マネージャー同士が付き合っていることも二人は知っていた。叶依が関東で仕事のときは、宿泊先はいつも海輝の家だった。

 しばらくは特に問題なく付き合っていた、けれど、やがて叶依はあまり海輝と口をきかなくなった。体調が悪いのか、と思い海輝は深くは追求しなかったけれど、やがて叶依は海輝の家に泊まることも減らすようになった。

 悪いことをした覚えはないし、叶依に聞いてもそれは違うらしい。

 男子高校生がバスケットボールでプロ入りをする、というニュースがOCEAN TREEに届いたのは、ちょうどその頃だった。すごいからラジオに呼ぼう、という話になった。

「そうそう、叶依ちゃんにラジオ出てもらう日は確かスペシャルだから、そのとき一緒に出てもらえば?」

 ADの夏子の提案で高校生の出演日は決定し、彼について調べているうちに、海輝はとある事実を思い出した。

(え……これって……ああ──やっぱりね……)

 男子高校生の名前は、若崎伸尋。

 海輝が思い出したのは、叶依のデビューアルバムに入っていた『フィールド』──サブタイトルに『NOBUHIRO』とつけた、あの曲だった。

 叶依が本当に好きなのは、この若崎伸尋だ。

 そう確信した海輝は、叶依と別れることを決めた。

「冬樹ー。大阪行こうよ」

「またなんでよ? 行かなくても、叶依だったら来るんじゃないの?」

「いや……ビックリさせに行く」

 助手席に冬樹を乗せて、海輝は叶依が住む町へ車を走らせた。


《有名人? それは、俳優? それともミュージシャン?》

 二人が学校に到着したとき、そんな叶依の声が聞こえた。

《うーんとねぇ……結構会いましたよ。氷上涼子さんとか、Mickoさんとか、bambooとか……OCEAN TREEにも会いました》

 笑いながら叶依が答えると、会場からは「えーっ」という叫び声がした。

「俺、先に出てくからさ、冬樹、あとから来てね」

「なんでまた、そんな、面倒くさいこと……」

「まぁ、いいからいいから」

(やっぱりまだ、叶依のこと吹っ切れてないんじゃ……?)

 舞台の袖で海輝は、まず史に会った。叶依と伸尋との関係を心配していたので、ちゃんと元に戻す、と簡単に話した。もちろん、史は首を傾げていたけれど。

《その、すごい若咲さんですが、一番多かった質問──OCEAN TREEにライバル意識はありますか? あるもんですか?》

 司会のまさかの発言に、海輝は覚悟を決めて、叶依の返事を待った。

《そういうことは、ないです。事務所同じ、先輩なんで……ライバルって……そんなこと言ったら怒られます》

「怒りますよ」

 海輝が上手から舞台に出ていくと、叶依や司会はもちろん、客席からも驚きの声が上がった。冬樹を袖で待たせていることを、少しの間、忘れてしまっていた。


 舞台での四人の会話を聞きながら、もちろん史はパニックを起こしていた。

『ええ? ちょー待てよ、叶依と海輝に、冬樹と……え? 叶依、どうなってんねん……教えてくれよー叶依ー。叶依ーーー!』

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