第76話

【美月(破壊の勇者)】


「大魔王の誕生ぉ〜? あんたそれ本気で言ってるわけじゃないでしょうね?」

 私はミィちゃんのお告げに眉を顰める。彼女は十二歳にしてこの世界最高の占星術師。

 実力は折り紙付き。

 実際、人間に危害を加える魔族や魔物の進行をことごとく見破ってきているから。

 ただそれでも大魔王が誕生するかもしれないという忠告には半信半疑になってしまう。


「本気ですぅ。いい加減信じてくださいよぉ勇者さん! いつになったら信じてくださるんですかぁ」

 涙目のミィ。

「勇者も信じていないわけではありませんよ。ただ今回は半信半疑になっても仕方がないお告げだったというだけで」


 と剣聖。ポニーテールの凛美人。剣術だけなら足元にも及ばない最強の剣士。

 私はバカでかい聖剣を振り回すだけで対象を塵芥にしているだけで、剣技もクソもないわけで。

 私の一振りは魔物の大規模進行や切り札に使われることがほとんどだ。


「食事するのも面倒で消滅した【怠惰】の魔王——その後釜でしょ? それが他の魔王たちも邪険にできないほどの大魔王になると言われてもさー」


 この世界における魔王というのはいわゆる必要悪みたいなものらしい。

 たとえば【強欲】の魔王——赤龍。

 彼女が運営するダンジョンは人間の欲望を支配している。

 女の私にはあまり実感がないけれど、そこにはドリームがあるとかないとか。

 冒険者と呼ばれる嘘みたいな職業が人気を博しているだけじゃなく、驚くほどの経済効果が生まれているらしい。


 ダンジョンに潜るとなれば装備一式を買い揃える必要がある。

 その装備を製造するのは自由商業組合。材料は金属だから掘り出す必要がある。

 鉱業が栄えるのは想像に難しくない。

 回復薬の原料となるのは薬草だ。ギルドが成長するのも頷ける。


 ちなみに。

 統率の取れた魔王軍と違い、貴族と呼ばれる魔族は人間を目の敵にし、魔物を寄越してくることもある。

 そうなれば自国の防衛において冒険者という存在は都合が良いわけで。


「お告げだと次期【怠惰】の魔王は人間だっけ?」

「どうやら七罪の魔王全員を集めて何かするらしいです」

「何かって何よ?」

「それは……わかりませんが、おそらく【怠惰】を襲名するかの試験だと思います」


 なるほど。

 ミィちゃんのお告げは

 運命の分岐点と言ってもいい。


 お告げの未来を受け入れるか、阻止するか。その決断によって歴史が動くと言っても過言じゃない。

 次期魔王候補が七罪魔王全員を集めて何をするかは不明だけど、それ次第で今後の未来が変わるわけね。


 問題はミィちゃんのお告げが『善』『悪』どちらに転ぶかわからないということ。

 次期【怠惰】の魔王候補が七罪魔王の中心となることで安定する可能性もある。

 反対に一枚岩じゃなかった魔王が人類滅亡という一つの目的に向かうこともある。


 つまり、勇者、剣聖、大魔導士、聖女、占星術師。俗に言う五賢人ね。

 私たち五人の決断によって世界の命運が変わる。

 私としては世界の命運を握っている、なんて実感がないわけで、女帝に一任したいところではあるのだけれど、


「女帝には報告したわけ?」

「『よいぞーよいぞー。視察するかどうかは勇者に任せるぞー』とおっしゃってました」

「チッあいかわらずね。七罪の魔王を束ねる存在が現れたかもしれないってのに」


 はぁ……とため息。女帝はとにかく新しいもの、未知なるものに興味津々。自由奔放だ。

 女帝のマイブームは帝都で爆発的に普及したチェスやリバーシなどの娯楽品。

 彗星のごとく姿を表したエンシェント・エルフ——シルフィ会頭がその敏腕を奮っているとかなんとか。

 

 その後もこの世界にはなかった娯楽、化粧品などを続々リリースする大天才。

 お兄ちゃんを追っている私からすれば前世の知識はその唯一の手がかり。

 だからこそ会頭に話を聞きに行ったこともあるんだけど、肝心なところは「商売のネタを明かすわけにはいかないのよ」

 

 私が勇者であることを打ち明けてもその態度は不変。

 むしろより警戒されたようにも見える。

 裏にいる人物に合わせて欲しいとお願いしても「何を言っているかわからないわ」とはぐらかされた。

 

 ……怪しい。

「どうするの勇者。視察に行くならもちろんボクもついて行くけど」

 と大魔導士。ボクっ娘の彼女は流星魔法を発動したくて仕方がないだけ。

 いつも私の出番を奪ってる。


「どう思う聖女?」

「うふふ。相手は人間とのことですし、話が通じるかもしれませんわ。七罪魔王招聘の真意を直接確認しに行くというのはいかがでしょう」


 どっちにしたって見てみないことには判断のしようがないか。

 こうして私たちは視察を決行することになった。


 ☆


 明け方。シルフィ、ノエル、アウラ、ウリエルの目パチッ。

 アレン「すぴー、すぴー。」鼻風船。

 目はε。起きる気配など微塵もなし。


「シルフィ」

 と暗闇の中から九桜。

「起きたわ。動きがあったのね」

「以前から警戒していた勇者が動き出したぞ。修道院周辺に意識遮断結界を展開しているが、占星術師が破り出したようだ。真っ直ぐ向かっている。到着するのも時間の問題だ」


【風の知らせ】を発動するシルフィ。

「ウリエル。貴女はアレンを例の場所に避難させてもらえるかしら。最悪、【凶悪化バーサク】の発動許可を求めることになるわ。心積りはしておいて」

『はっ、はい!』

「【風の知らせ】が発動できないアレンの伝令係はティナにお願いするわ」

『承知しました!』

「勇者に顔が割れている私とアウラが交渉に出るわ。九桜と凛は悪いけれど着いて来てもらえるかしら」

『むろんだ。治安と秩序を維持するのが私の役目だからな』


「聞こえるかしらディーネ」

『ふぁ〜。なにかしらシルフィ』

「相手の出方次第ではアレンを逃すため海からの脱出経路を使うわ。準備をしておいてもらえるかしら」

『了解よ〜』


 ☆


【シルフィ】


 よりにも寄って魔王を招聘するタイミングで勇者来訪だなんて……!

 要件は——まあ、当然アレンよね。


 ☆


【数時間後のアレン】


 目が醒めるや否や、風の魔法により遠視させれられる。

 そこに広がる光景は、


 ——ドドドド! ガガガガ!

 ——キンキンキンキンッ!


「【四方聖樹】!!!!」

「【未花月】」「【絶花】」

「【流星】」「【風掌】」


 ひょぉっ⁉︎ 異世界バトル始まっとるがな!

 何あってん! 主人公寝ている間に何あってん! 

 勝手に物語進めんなや!

 我輩、涙目不可避!

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