第64話
お菓子とスイーツを再現したことでディーネのやる気が補充された様子。
「お姉ちゃん、甘〜いものこれからも食べたいわー。【唄】で魔物を沈静化したらこれからもお願いしていいかしら」
白いワンピースに麦わら帽子。潮風に飛ばされないよう手で押さえる姿は深窓の令嬢である。
のだが、かつてここまで己の欲望を全面に出してくる奴隷がいただろうか。
ディーネによると【代償】の対価にはいくつかのパターンがあるらしい。
両足を手に入れる代わりに美声——すなわち喉は差し出さなければいけないとのこと。
さらに寿命と魔法回路(言葉通りの意)を捧げる必要もあるとか。
なかなかにブラックな取引である。人魚が陸に上がるのは禁忌である所以だろう。
前者だと魔法を発動できる代わりに残された寿命は数年。人間に恋をした人魚はその短い間に愛を育むのだそう。
どうやら人魚は悲劇や儚い恋愛に惹かれるらしい。
失うものの方が圧倒的にもかかわらず、【代償】を発動する子が少なくないのはそういうことだ。
そんな中、ディーネは何もかも異例である。まず色気よりも食い気が優っていた。
悲劇や恋愛はどうでも良かったらしい。ただただお菓子やスイーツを食べてみたかった、と。
まあ、価値観は人それぞれだ。否定するつもりは一才ない。
さらにディーネはごねる。喉は失ってもいいが、寿命は失いたくないと。
夢にまで見たお菓子やスイーツがたった数年しか口にできないのは嫌だと。
本来なら寿命と魔法回路だけ、つまり両目の光を失うようなことはないのだが、スイーツの味を感じられるなら、どこか別のところを持っていけ、ということで失明。
身動きができないところを偶然奴隷商に拾われ、現在に至るという。
ツッコミどころが多すぎる。
しかし、そこまでしてでも食べたかった。気がついていたら行動していた、という点は汲み取ってあげるべきだろう。
というわけで、
「そうだね。それじゃディーネの働き——これから得られる塩と魚の魔物、その対価としてお菓子やスイーツを食べていいよ」
「わーい。アレンちゃん大好きよー」
なんと深窓の令嬢が俺に抱き着いてくる!
おうふ! おうふ! 結構ありますな⁉︎
頭の栄養がお胸に行ったのかな。アレン大歓迎ですよ!
「よーし。それじゃお姉ちゃん【唄】を披露しちゃうんだから。メロメロよ〜」
俺から離れたディーネは一人、海に近づき
心安らぐ音色。続けて彼女が口を開く。
「HA————————————————!」
美声。間違いなく透き通っている。癒し。それから心が洗浄されていくような気持ち良さ。リラックス効果が凄まじい。
「凄いですね。私とはまた違った【調教】スキルです」
とウリたん。
「えっ? あの美声と音楽って【調教】なの?」
「はい。正確には【調教】から派生した【洗脳】に分類されているスキルなんです。私の場合、威圧を放ち、魔物たちの肌を差すんですが、あれは振動により脳波を操っていると思われます」
……怖!
恐怖を覚えたせいだろう。俺は心が洗浄されたにもかかわらず、邪なことを考えていた。
ウリたんに密着したい。
「あっ、ウリたん。もし良かったら半身支えてくれ——「はいっ! 村長さん! えへへ。楽しい」」
言い終える前に柔らかい半身を押し付けてくるウリエル。まるでご主人様にしがみついて離さない猫の甘えのようである。
やはりマイスイートエンジェル。あぁー、これこれ。この横乳の感触。たまりまへんな。
主人に愛着が湧きやすい性質を利用している罪悪感はあるものの、本人は本当に楽しそうな笑顔。
強要や強制はしてませんから。あくまでお願いですから。お願いを聞いてくれたのであって、犯罪は何一つ犯してませんのであしからず。うひょ。しゅごい。金髪からいい匂いがしゅる! ボディタッチ介護最高!!!!
いつの間にか俺も異世界転生者の仲間入りだ。これで彼女に「下心で密着してんじゃねえよクソ童貞!」と罵倒してくる黒ギャルverさえなければ……!
未だ息子の反抗期は終わっていない。
息子「父さんは肉片にされたときにプライドもベチャベチャにされたんだ!」
殴るぞお前。
ディーネが【唄】という名の洗脳を始めてからすぐのことである。
海水が騒がしくなる。姿を光景に溶け込ませていたサイレント・シャークが現れる。
目が♡になっている。
おおっ……! ディーネの言ったメロメロというのはそういう意味ですか。
洗脳は海中にも伝播する。次々に顔を出すスナイパー・フィッシュも目がとろんとしている。恋は盲目とは良く言ったもので。
【唄】を披露している目の前の人魚がお菓子やスイーツ欲しさに色々と残念な女の子なんて知りもしないだろう。
「海全域の魔物を支配下に置くのはまだまだ時間がかかるわ〜。海水に潜って【唄】を発動していかないといけないから。塩を調達するときは私に声をかけてからしてちょうだい。でないと、安全を保障できないわ〜」
ふむ。なるほど。さすがに一回で統治はできないか。海中には腐るほど魔物が潜んでいるだろうし。
しかし彼女に声をかけてから作業に入れば問題ない、と。
「ありがとうディーネ」
「徐々に【唄】の範囲が広げていくわー。もしかしたらお菓子とスイーツをたっくさんくれたら頑張れるかも〜(チラッ)」
「ははっ。仕方ないなー。それじゃ報酬制にするよ。支配下の範囲が広がる度に食べさせてあげる。その代わり、虚偽の申告は絶対にしないこと。安全な範囲と考えられるリスク、注意すべきことはしっかり報告して欲しい。それがディーネの仕事だ。その働きがお菓子やスイーツだと思って欲しい。もし塩作りや漁中に何かあったら責任を追求するつもりだから。いいね?」
「はーい。お姉ちゃんに任せてー。難しいことはわからないし、ありのままを報告するわー」
IQ85の俺が言えた口じゃないが、やはり頭が弱そうだ。この分野はシルフィさんを噛ませつつ、俺も頭を回しておこう。
——さあ、塩づくりに取りかかろうか。
これで塩、しょうゆ、みその調味料も完成するだろう。
料理における『さしすせそ』、砂糖、塩、酢、しょうゆ、みそコンプリート!
味覚だと味覚、塩味、酸味、苦味。
ディーネによれば日々、支配海域が拡大していくとのこと。
ノエル発明の瘴気除去により
おすしに挑戦できる日も近い。
「それじゃドワーフとコンちゃんたち金狐を呼んでくる。ディーネには安全地帯の指定をお願いしたいんだけどいいかな?」
「了解よ〜。生キャラメルが食べたいわ〜」
「はいはい」
「村長さん、村長さん! ここから歩いて戻るのは時間がかかりますし、私に背負わせてもらえませんか? 役に立ちたいです!」
ウリたそが健気すぎる。これ、末期になったら俺は指一本動かさなくても大丈夫になるんじゃないだろうか。
過保護という言葉を脳をよぎる。
でも、自分不器用ですから。スケベですから。答えは言うまでもなくおんぶしてもらったよね。
首筋からめっちゃ良い匂いすんの!
ウマー!
この幸せな日々が殺人業務に追われることになる魔王会議まで48時間を切っていることなど知るよしもありません。
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