第52話

【アレン】


 夢を見ていた。

 パン職人に駆け上がるサクセスストーリーだ。個人的にはセクロスストーリー所望ではあるのだが。

 

 内容はこうだ。

 ただひたすら生地をこねる。

 こねこねこね。

 こねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこねこね!


 諸君らは夢を見ていることを自覚した経験はないだろうか。

 ついさっきまでの俺がそうである。

 たとえば実在しない動物、空想上の生物なんかが登場したときなどだ。


 俺が見ていた夢の生地は花魁言葉で話しかけてくるのだ。


「あっ、そこは優しくお願いするでありんす——んんっ」

「えっ、またでござりんすか——あっ♡」

「こっ、これ以上はもう立っていられないでありんす。どうか容赦を加えてくんなんし——んんんんっ♡」


 やけに色っぽい生地である。

 まさしく超体験。super experience。

 略してsexである。略称は実体験でお願いしたい所存。


 さて、これまた夢あるあるではあるのだが、見ているときは自覚しているにもかかわらず、目が覚めた途端に忘れたことはないだろうか。何か夢を見ていた気はするのだが……というやつである。


 現在の俺がそれである。

「おはようでありんす。昨夜の激しい余韻がまだ残っているでござりんすな」


 声のする方に視線を向けるとそこには【色欲】の魔王が全裸で俺の横にいた。

 プシャーァァァァァァァァァァァァァァ!

 えっ、ちょっ、あの、おっぱい、ぷるんって、えっ、ちょっ、あのおっぱいぷるぷる、その、えっ、なに、おっぱいが——。


 落ちケツ。馬鹿野郎! 落ちツケ。

 九尾さんはなんて言った? 昨夜の激しい余韻? おいおいおいおい! 全然記憶ないんですけど⁉︎ 

 まったく全然身に覚えがないんですけど?

 まさか俺の知らないところで息子が色々と卒業しちまったってのか⁉︎


「続きをするでありんすか?」


 ラアや蜘蛛型モンスターが仕立た布団を捲る九尾さん! 大事なところが見えてしまいそうです! さっきから過激すぎぃ!

 いいんですか⁉︎ このラッキースケベを享受していいんですか?


 息子「いいんです!」


 ウマー! 男性諸君ならば一度はやってみたいルパンダイブ。

 あれをやろう。そう決意した次の瞬間だった。


「起きたのねアレン。話があるわ。これを着て

院長室に来てもらえるかしら——」


 と背後から声。振り向かなくてもわかる。

 俺のご主人様——、否、真の魔王さまだ。

 錆びついたロボットのように振り向くとそこには感情の読み取れないシルフィさんがいた。


 あの……これ、子ども服!

 俺、涙目。シルフィ淑女のような笑み。

「——【退行】」


「ふふっ。続きはお預けでござりんすな」


 シルフィお前だったのか。俺を物理的に幼児化していたのは。


 ☆


 シルフィが院長室に呼び出した目的は二つあった。

 一つ。

 俺は奴隷の許可なくして飲酒してはならないこととなった。

 彼女たち曰く「放っておけない」レベルで豹変するらしい。


 酒クセが悪いということである。たしかによくよく考えてみれば俺は美月ちゃんから「私以外の前でお酒飲まないで。破ったらお風呂でおしおきだから」と警告されていた。

 公の場では下戸で通し切った。いくら酒の場とはいえ、上司に失礼を働いて職を失うわけにはいかないからである。


 酒は飲んでも飲まれるな、というのはやはり核心を突いていた。

 どうやら俺はお酒が入ると「色んな意味で手に負えない」タイプらしく、案の定【色欲】の魔王にも迷惑をかけてしまったようである。


 ——記憶にございません。


 クソッ、どんな追及も無効化する最強アイテム、議員バッチがあれば発動できるのに!


 これさえ言っておけば言い逃れできる政治家はなんて羨ましい職業なんだ!


 だが、たとえ【色欲】の魔王に失礼を働いていたとしても、こう言いたいと思う。


 ——セクハラ罪という罪はない。


「わたくしアレンはみなさんの許可なくして飲酒しません」

 俺にもう少し横柄に振る舞える度胸があれば。涙目である。

 反省のため強制ショタ化された俺は落ち込みます。

 その姿に何か刺激されるものがあったんでしょう。

『きゃー可愛い』


 あー、こら、ちょっとエリーさん、ティナさん、引っ張らないで。謹慎中ですので! 私、いま謹慎中ですので。そんな奪い合いような真似をされたら勘違いしちゃうじゃないですかー。

 あー、ちょっと、抱っこですか?

 抱っこしたいんですか? 母性を満たしたいなら仕方ありませんよね——。


「——ごほん」


 シルフィさん咳払い。

 奴隷のみなさん、サァー。血の気が引いたように俺から距離を取ります。

 弱肉強食。強いものには逆らわない。これ鉄則。生物界の常識。みんなシルフィさんが怖いんですね。俺もです。仲間ですね。

 あとで食っちゃ寝リバーシしましょうね。


 ショタアレンの争奪戦後、なにやら主要メンバーが集結しております。

 えっ、なに⁉︎ これ絶対なんかあるやつじゃないですかー。もう嫌だー。


 さて、院長室にはシルフィ、ノエル、アウラ、九桜、九尾、ネク、そして俺。


「これから次期【怠惰】の候補者として魔王会議に諮るでありんす——が、その前に一つ耳に入れておきたいことがござりんして。ネク」

「近々、魔物の大暴走スタンピードが発生するわ〜」


 魔物の大暴走スタンピード⁉︎

 アレン、それ知ってる! 異世界のド定番!

 分解消滅ゴリゴリ系TUEEEできないのが悔やまれる。悲しいけど、これ現実なのよね。


 俺ができることといえば無限【再生】による肉の壁ぐらいでしょうか。嫌すぎる役回りですね。もう少し、何かなかったんでしょうか。


「とりあえず話を聞こうか」


 ☆


 話を要約すると、ネクとラアの縄張り——巣窟である森は暴走した魔物の侵攻ルートになると。

 さらに九桜の諜報によると到着予想時間は二週間。

 一難去ってまた一難。アレンさんこういうところだけ主人公してますな。

 クソッ、混浴サービスお楽しみ回は強制スキップなのに!


 さて。どうすっべ。


「——闘争か逃走。どちらを選ぶかってことだよね?」


 侵攻ルートがラアやネクの森ということは、それを抜けると修道院が、さらに降ると帝国である。

 正直に言えば帝国には自分たちで対処して欲しい。勇者を始め、屈強な冒険者、猛者を多く抱え込んでいるわけだし。


 うーん。これはお引越しかな?

 と思っていたのだが、ここでノエルさん、

「魔物から瘴気を取り除く錬金術を開発した。褒めて欲しい」

 

 ん? どういうこと?

 俺の疑問に九桜が答えてくれる。


「魔物は瘴気を纏っているのだ主。だから牙や爪、皮、鱗、舌、翼、尾などを有効活用することができずにいた。さらに言えば食料などもってのほかだ」


 ……つまり、なんですか。ノエルさんのおかげでこれまで厄介者だった魔物が宝になると。宝が向こうの方から大量に、いや、大猟たいりょうというわけですか。

 ふむ。

 とりあえずノエルを撫でておきましょう。


「もっと撫でて欲しい」


 きゃわわである。ちなみに身長が低めのノエルさんではあるが、俺の方が小さくなっているので、彼女は屈んで頭を差し出している格好である。なんそれ!

 

「アレンの理想を実現するためには資材が必要になるわ。ある意味千載一遇じゃないかしら?」


 シルフィさん⁉︎ さてはキミ応戦するつもりかいな⁉︎ えっ、嘘やろ! こわ! 

 こっっっっわ! 

 飢饉をなくすとか、種族差別をなくすとか、統合型リゾートを開発したいとか、そういうのを今引っ張り出してきますか貴女という人は……!


 まあ、エンシェント・エルフなんて聞いただけでダンチがわかる名前ですもんね。

 うずうずしても仕方ないね。【無限樹】でしたか? 

 木魔法で魔物を串刺しにするつもりかな? 「いずれアレンもああなる運命よ?」とか言い出さないでくださいね。


「建設資材を調達したい。そのためにこの錬金術を編み出した」


 ふんっと鼻息を鳴らすノエルさん。

 こちらもやる気十分である。

 これまで不良在庫であった魔物を有効活用する気満々である。


 さらっと受け入れてしまったんですけど、魔物の瘴気を取り出す錬金術を発明したとのことですが、それってめちゃくちゃ凄いことじゃないの?

 

 ついこの前までくわをどちらが作るか競い合っていたのに、いつの間に雲の上に行かれたので? 

 エルダー・ドワーフ凄ない? 凄すぎへん? 

 最初の頃の張り合っていた俺がバカみたいじゃん。身の程を弁えろってやつじゃないですか。いい笑いものですよ。


「そういえば日本刀だったか? 図々しいことは承知だが、刀とやらを是非再現して欲しい。私たち鬼族はそれを武器に助太刀しよう」


 脳筋九桜。以前俺は彼女に日本刀を話したことがある。覚えていたんですね。

 ちゃっかりおねだりするあたり、ただのメスゴリラではないのかもしれませんね。

 そういえば剣術の達人でしたか? 狙撃魔法には太刀打ちできないとおっしゃっていましたが、近接戦は強そうですね。隠密性も高そうですし。


「いい加減、魔物の大暴走スタンピードがうざったらしくて、適任者を捕まえたわ〜。【調教】スキルLv10の可愛い女の子よ〜」


 とネク。

【調教】スキルがカウンターストップしている可愛い女の子?

 なぜだろうか。矛盾を孕んでいる気がしてならないんですが。

 アレンレーダーがビンビンに危険を感知しているんですが。嫌な予感しかしないんですが。

 というか、逃げ出したいのは俺だけですか? そうですか。

 みなさんは全員主人公級ですからいいですよね。


 どうせアレでしょ? 魔物の大暴走スタンピードなんて目玉イベントにもかかわらず、俺の活躍する場面はないんでしょ?

 

 もう知ってるから。アレン知ってるから。


 そりゃこの場にいる血の気が多い女性陣はいいですよ。

 どうせバリバリ主人公補正かかってんでしょ? でもさ、どう頑張って妄想してみても俺が活躍するところが見えないんだよね。


「適任者は天使族のウリエル。遊郭でのお礼、友好の証として彼女を奴隷としてもらってくんなんし。アレンの【再生】があれば彼女の欠陥との相性もきっと良いはずでござりんす」


 ほらー! 悪い予感的中したじゃないですか! 【調教】スキルがカンストした可愛い女の子に欠陥⁉︎ 

 それもう絶対ヤバいやつですって!

 なんか【再生】ありきみたいな言い草じゃなかった⁉︎


 えっ、あれ⁉︎ もしかして俺いま【色欲】の魔王から不良在庫を押し付けられようとしています? 

 みなさん魔物の大暴走スタンピードを出汁にして俺を利用としてませんか?


 最近、思ったんですけど、やりがい、金、性を搾取しようとしていた俺の方が搾取されがちじゃない?


「作戦を練りましょう」

「そうね〜」「承知したでありんす」「ああ」「もちろん」「もちろんですわ」


 なんか勝手に話進んでるー!

 このままじゃ置いてけぼりだよ。どうせ本番のときは大した活躍の場もないこと確定だろうし、せめてここだけは威勢が良く——、


「お行儀の悪い魔物にはしつけが必要だよね!」


『(全員覇気のある返事!!!!!!!)』


 あー……俺またなんかやっちゃいました? はぁーあ! (大きなため息!)

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