第50話

【シルフィ】


「幼児化どす?」「幼児化ですか?」

 アレンの体質について説明すると空狐と天狐が首を傾げる。

「ええ。そうよ」


 ある意味彼の弱点を暴露してしまっている状況よね。

 とはいえ、これから【色欲】の魔王がアレンと酌み交わすことになるなら話さないわけにはいかないでしょう。

 言動が幼稚化したアレンはお世辞にもお行儀が良いとは言えないもの。

 むしろその……色々と、ねえ?


「次期【怠惰】の魔王はんは本当に面白い人やなぁ。それじゃ姐さんには伏せておくどす」

「あのねえ……話を聞いていたかしら?」

「そうですよ姉さん。何を」


「安心しい。姐さんは【色欲】の魔王やさかい、お酒の入った殿方がどうなるかはようくご存じどす」

「……それで、いいのかしら」

 

 と視線を天狐に送る私。

【色欲】の魔王と次期【怠惰】の魔王がお酒を酌み交わすに当たり、詰めていくのは互いのNo.2。


 彼女がそれで大丈夫と太鼓判を押すなら強制もできない。

「安心してください。姉さんの悪巧みには思うところがありますが、姐さんは心広いお方です。恩人となればなおのことでしょう。お酒で態度が大きくなるよりは可愛い部類でしょう」


 ……No.3の空狐が苦笑を浮かべながら言う。

 さすが魔王軍だけあって指揮系列がはっきりしているわね。

 姉であり上司である彼女が「大丈夫」と判断したらそれに従う、と。


「ただ、酔いが回り切る前に感謝の気持ちは伝えさせてあげたいどす。そこはよろしゅうね」


「わかったわ。このあと空狐や天狐、【色欲】の魔王軍から派遣されたみんなの歓迎会を開くことになっているわ。そこでアレンの飲酒を控えてもらうようお願いしておくわね。ただ、主人にお願いする形だから奴隷である私たちが飲むわけにはいかないの。歓迎の場で申し訳ないけれど」


「かまへんよ。むしろ主人に忠誠があって良いわぁ。やっぱり彼への忠義は厚いん?」


「もちろん。この修道院でアレンに感謝していない奴隷なんて一人もいないわ。むしろ奴隷という身分から解放されるにもかかわらず、自ら居残りを志願するぐらいだもの」


「それはすごいですね。上に立つ者のかがみじゃないですか。そういった方は姐さんを見ていればよく分かりますが、惹きつけるチカラ——心酔させる何かが違います」


「ありがとう。天狐からそう評価してもらえると私も鼻が高いわ。でも普段の彼、とにかく脱力しているから気を悪くしないでもらえると助かるわ。魅せるところは絶対に外さないのだけれど、それ以外が、その、ね?」


「良いリーダーやなぁ。常に完璧である殿方よりずいぶん親しみやすいどす」

「それはまあそうなのだけれど……いかんせん、その落差がありすぎてね——仕える立場としてはなかなか大変なのよ」


 見惚れてしまいそうで、は胸の中で収めておく。

「では、温泉でアレンさんと姐さんを二人きりに。感謝とお礼も兼ねてお酌——ということでよろしいでしょうか」

「了解よ。奴隷たちにも根回ししておくわ。その代わり空狐。しかるべき時期に——」

「——姐さんにはうちのちょっとした悪戯も兼ねていた説明は任せなはれ」

「さて。それじゃ宴会ね」


 ☆


【アレン】


 しばらくしていなかった前回のあらすじ。それをしようと思います。

 とりあえず次の一言をどうぞ!


「飲酒は控えてもらえると助かるわ」


 歓迎の場に案内されて一発目にこれである。陰の黒幕シルフィによる飲酒禁酒令です。


 おっ、おにょれ……!

 やはり【色欲】の魔王案件にぐーすかぴーをやらかしてしまったのが原因か。

 これ以上、アレンファミリーの沽券に関わることは差し控えろというお達し……!


 アレンはセクハラを封じられた!


 まだだ! まだ手はある。

 発想の転換だ。セクハラがダメなら逆セクハラという名のラッキースケベを誘発すればいい!


「みんなは飲みたいでしょ? 正直に言ってくれる方がご主人様として嬉しいな」

 

 ぶははは! 甘い、甘い! 甘すぎるわシルフィ! さては砂糖水であるまいな⁉︎

 諸君。ゴキブリは危険を察知するとIQが爆発し340に至る噂を耳にしたことはないだろうか。

 証明こそされてはいないものの、俺はこの説が全て間違いだとは思っていない。

 

 前世で美月ちゃんから「きゃっ! ゴキブリ(パチンッ)——なんだお兄ちゃんか」と見間違えられた俺だからこそ、『死の危機にIQ爆発説』を信じたい所存である。


 ちなみに(パチンッ)はスリッパで頬を叩かれた音である。

 右頬をしばかれたら左頬を差し出せとはかの有名なキリストの言葉である。

 初めて聞いたとき、俺は左頬をしばき返せ——すなわちやられたらやり返せという意味だと思っていた。


 だがしかし、気になって調べてみると誤認であることがわかる。

 簡単に言えば敵を愛しなさい、である。右頬をしばかれたら左頬も差し出す余裕を持ちなさいと。

 愛の前にはいかなる暴力も無力である、と説いたそうな。


 だから俺は美月ちゃんに左頬を差し出した。兄は妹の味方。ずっと一緒。家族として愛しているメッセージを込めて。


 美月ちゃんはニコッと淑女の笑み。

 どうやら俺の想いは通じたようだった。

 さすがイエス・キリスト。YES! 愛ラブピース! 愛の前にはいかなる暴力も——、









 ——パチンッッ! パチンッッ!












 俺はしばかれた。左頬を。立て続けに。二発も! オヤジにもぶたれたことないのに!

 三度もぶった! 


 美月「なんだゴキブリじゃなくてただの豚じゃん。驚いて損しちゃった」


 ふゴォ! 燃え上がれ俺。


 よろしい。ならば戦争だ。

 俺は強引に美月を自室に引き摺り込み、ひたすらこちょこちょ攻撃してあげた。

 気がついたら制服がはしたなく乱れ、妹が俺のベッドで熱を帯びた息をしていた。

 美月ちゃん「続き……する?」

 しません! あっ、こら何ボタン外してるの! 続きってこちょこちょだよね⁉︎ こちょこちょのことだよね⁉︎


 またしても脇道に逸れてしまったが、ようするに俺が主張したかったのは、危機を感じたとき、Gは想像を絶する思考力を得るということ。


 俺にとってえちえち展開を取り上げられるということは死と同義。死を意味する。

 ——俺のIQが瞬く間に爆発した。

 ご主人様が禁酒しても奴隷のみんなにはお酒を飲ませてあげたい。

 これを思いやりと言う名の下心と言います。


 しかし我ながらこの切り返しはめちゃくちゃ上手いと思っております。

 なぜならシルフィさんを完封できるから。

 さすがの彼女も「いやお前。下心見え見えだろ。死ね」とは正体を明かせまい。


 なにせ仮にもご主人様と奴隷という関係性は成立している。負債を1ドールだけ残して奴隷でい続けるという悪魔の所業にも穴はある。それを突いたわけだ。

 

 案の定シルフィは「貴方という人は……」と呆れ果てていた。怒りも一周すると呆れに変わると聞いたことがある。

 完全勝利である。

 しかし、俺はすぐにこの報復を受けることになる。誰にたてついたのか思い知らされることになる。


 調子に乗った俺はみんなの体内にアルコールが積まれていく光景を確認。ちょうど良い頃合いを見計らい、混浴の誘いを切り出す。


 絶対に負けられない戦いがそこにはある!(↑フラグ)


「シルフィ。このあともしよかったら俺と一緒に温泉——」

「——ごめんなさい。一人で入浴してもらえるかしら」


「ノエル」

「入らない」


「アウラ!」

「申し訳ないですわ」


「ラア!」

「すまねえ!」


「エリー、ティナ、レイ⁉︎」

「「「ごめんなさい」」」


「エルフのみなさん⁉︎

 ドワーフのみなさん⁉︎」

「(混浴できない意思表示)」


「九桜!」

「すまない主……」


「凛ちゃん!」

「どうしようかなー♪」

「凛。貴様何を考えている」

「ひぃっ」


 恐るべし、アレンに対する統一された拒否反応! やはり生理的に無理な男と裸のお付き合いは無理だったということか。

 この拒絶の示すところはさすがの俺も堪えるものがある。


 諸君らは何を意味するか理解できたか?

 

 ツイスターゲームができるならセクロスに行けるんじゃねと思っていた時期がありました。大きな間違いでした。

 彼女たちはショタを愛でているだけで、俺のことを男として微塵も見ていませんでした。その証拠に混浴は全拒否! それも即答です。堪えるなという方が無理があります。


 二つめ。主人である俺に一切感謝していないことが判明。

 俺は混浴し易いようジャパニーズ文化『裸のお付き合い』を改造している。

 具体的には『ご主人様と奴隷という立場、かつ男と女であり、奴隷が主人を労いたいとき、背中を流すという行動で感謝を示す』というもの。


 こう説明することで下心100%にもかかわらず、スケベなんか期待していませんよ、と欲望を隠すことができたわけだ。


 しかし『裸のお付き合い』の定義が確定しておきながら、奴隷たち全員から断られるという……これすなわち、労いたいと思ってない。だから背中を流すという行動で感謝を示す必要がない、と同義。


 いったい俺はいつから好評価を得ていると勘違いしていた……?

 なん……だと……。

 凹む。これで落ち込まない方がどうかしている。


 最後。三つめ。神算鬼謀である。


「失礼しているでありんす」

「コンバンワ!」


 なんと温泉には先客、【色欲】の魔王が生まれたときの姿で浸かっているではないか!

 

 息子「こんばんわ!」


 馬鹿野郎! 良い子はもう寝る時間だろ!

 おやすみなさい! おやすみなさい!


 息子「僕、まだ眠たくないよ?」

 寝なさい! 色んな意味で!


 前世では叱られてしまうが、パオーンが治るまでラア特製タオルで下半身を隠しながら、湯に浸かる。濁り湯なのが幸いか。


 なんと湯に浮いているのは九尾のおっぱい——いやいや、そっちじゃねえだろ——とっくり。おそらく中身はお酒。日本酒だろう。


 日本酒を味わいながら湯浴み。

 なんと風流な! 

「こっちに来て欲しいでありんす」


 狐美人が俺を手招きする。うっぴょ!

 透明の湯が空気に触れることで濁り湯になっているのは残念だが、ここはお約束というやつだ。むしろ真っ白な肩や北半球のおぱいが肌けているチラリズムの方がグッとくる。

 神は俺を見捨ててなかった!


 女神「そうですね。見捨ててはいません。面白がってはいますけど」

 またあんたか。


 女神「あぁ! なんですかその反応! 私、傷つきました! だからアレンさんを傷つけますね! 左頬を差し出してください」

 さてはまた俺の脳内を勝手に……!

 美月ちゃんとの過去を覗き見たな⁉︎


 いや、それよりも、アレンチャンネル復旧したんだな。


 女神「こんなクソしょうもないチャンネルをBANするとか運営もトチ狂ってるとしか思えませんよ」

 貴様……!


 憎まれ口を叩いてやろうかと思ったが、意識を現実に戻す。

【色欲】の魔王と混浴。それも日本酒を酌み交わしながら。

 全く想像していないラッキースケベに心が躍る。だがしかし、ここで素面が悪い方に働いた。酔いが回り、陽気な気分になっていたら、この豪運の正体について考えることなんて絶対にしなかっただろう。


 だか、しかし、俺の頭はクールである。いや、色んな意味でホクホクではあるのだが、どこかで冷静な自分がいることを自覚する。


 それはなぜか。


 おそらく陰の黒幕が一枚噛んでいるからだ。いや、間違いないと言い切ってしまっても問題あるまい。


 これはシルフィの差金。刺客。神算鬼謀による賜物ではないだろうか。

 ご主人様と奴隷。男と女。互いに全裸で片方は体内にアルコールを含み、理性が緩んでいる。男女の仲に発展不可避の状況とも言える。


 だが、ここで相手が【色欲】の魔王だと話が変わってくる。

 向こうは深々と頭を下げてまで救いを求めに来た相手である。ましてや俺は爆睡していただけ。

 いくら性を搾取したいアレンさんとはいえ、部下の、奴隷の手柄を横取りする形で九尾を押し倒すほどの度胸はない。

 男としていうより人としてどうかと思う。


 息子「眠たくなってきちゃった」

 このとおり。環境や状況を考えるだけで息子も小さくなり、おねんねに入るほどだ。


 一体どんな根回しをすれば俺のゲス欲望をここまで見事に抑え込めるのだろうか。

「貴方という人は……」という言葉をそっくりそのままお返ししたい気分である。


 俺があともう少しだけ節操がなければこの幸運をありのまま享受していたのだろうが、完全にビジネスモードオンである。


 相手がこれ以上失礼を叩けない人物、それも極上の美人で巨乳にもかかわらず、別の意味で緊張してしまう。


「お酌させてくんなんし。遊女は治癒魔法を禁じられた穢れの対象でありんす。医学と呼ばれる叡智を授けてもらい【色欲】の魔王としてお礼に上がりんした」


「おで、なにもしてない。したのシオン。感謝するの、チガウ。するなら彼女」


 なぜに片言⁉︎ 

 色気と緊張と不安と恐怖からガチガチに緊張しとるやんけ!


「そう言いなすんな。どうか今だけはお酌させておくんなんし」


 狐美人さん、全裸で俺の傍にピタッ。

 二の腕、横乳むにゅん!

 息子「パパー!」


 寝なさい! ハウス! 良い子だから部屋で休みなさい!


 据え膳食わぬとはなんとやら。

 もしも【再生】発動による「俺、失敗したないので」を披露できていたら、えちえち要求の一つも口にできていたかもしれない。


 だが今回はひっくり返っても、俺の功績は落ちて来ない。本当にシオンと彼女を支えた奴隷たちの頑張りによるペニシリン発見&生産である。

 俺は何もしていないという現実、事実は変わらない。

 

 せっかく楽しい混浴にもかかわらず、裏で糸を引いているシルフィさんや色んな感情が邪魔して素直にこの状況を楽しめない。


 俺が一体何をしたというのか。

 女神「いや、なんもしてへんやろ」

 答えは聞いてない!


 結局、俺は注がれる日本酒を味もわからぬままグビグビ平らげている。いわゆるヤケ酒である。

 このときの俺はすっかり前回【再生】が効かなかったことに意識を割けておらず、緊張と相まって酌を空にする配分が異様に早くなっていた。


 九尾と何言か、会話を交わして俺は手遅れの状態で自身の変化に気がつく。

 あっ、やばいっ……沈む! 意識が——。


「すごい! すごい! めちゃんこ柔らかい! 僕、おっぱい大好きなんだー♪ 揉んでもいい?」


 ☆


【九尾】


 次期【怠惰】の魔王、その男の名はアレンでありんす。

 彼はわっちが不意打ちでお邪魔したことに思うところがござりんしょう。

 どこか無愛想でありんした。

 わっちから目を逸らし、どこか遠いところを眺める横顔。

 間夫(色男)でありんすなぁ。

 わっちとて【色欲】を司る頭でありんす。惚れた方の負けでござりんす。

 わかっているつもりではござりんすが、惹かれてしまうのも仕方ないでありんす。


 せめて今だけはどうか感謝の気持ちを——お酌させてくんなんし。

 それから注ぎ続け、そのときが来たでありんす。

 アレンが突然あっちの胸に飛び込むようにして倒れたでござりんす。


 男と女。全裸でお酒まで入っているでありんすから、当たり前の流れが……ですが、胸が高鳴るでござりんす。

 人間とは初めてでありんした。

 

 顔を上げたアレンはおっせえす。

「すごい! すごい! めちゃんこ柔らかい! 僕、おっぱい大好きなんだー♪ 揉んでもいい?」


 ……?

 …………??

 ………………????


 あっ、お待ちになっておくんなんし! 

 そこは——あっ♡

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