第31話

【凛】


 ぶっちゃけもう化け物だよねザコのお兄さん——いえ、アレンお兄さんは。

 あっ、みなさん初めまして。大きなお兄さんが大好きな凛ちゃんだよ。きゃぴきゃぴ。

 可愛いからってお触りは厳禁だよー。

 非接触ノータッチが守れないわるーいお兄さんたちは、血だるまだからね!

 きゃは♡


 それじゃ近況報告ー♪

 凛ちゃんの周辺で起きたことを一言で言うと奇蹟かな。うん。多分この言葉が一番しっくりくると思う。 

 これがマジなんだよね。正直私も全然追いつけてなくてさー。


 私たち鬼は人間に迫害されている種族。厄介なのが魔法使い。

 おかげで住む場所を追われ、彼らの目に触れないよう潜む日々。

 正直やってらんないよね。

 狙撃魔法が脅威であることは間違いない。けど、それだけで封殺されているかと言えば必ずしもそうではなくて。


 鬼の起源は隠。つまり意識外からの殺害。暗殺なんかはお手のもの。

 やりようによってはいくらでも対抗できるに決まってるじゃん。

 それをしないのは単に鬼の矜持。

 復讐を糧にするのは美しくない。ただそれだけの理由。

 最もその思想が強いのが鬼の最上位にして希少種、頂点である幻鬼。そう。九桜師匠。


 師匠が村に人間を連れて来たときにはさすがの凛ちゃんも驚いたかな。

 でも昔の人ってさすがだよね。核心をついたことわざを残してるんだからさ。

 

 ——類は友を呼ぶ。


 失礼は承知なんだけど、この男の人も独特でさ。まず鬼に対する差別意識がないわけ。

 これは後になって師匠から聞いたんだけど、村に鬼以外の者を入れるに当たって重視したのが偏見の有無や価値観なんだって。

 何百、何千人と候補者を探し彷徨う中で、エルフやドワーフ、アラクネ、蜘蛛のモンスターと仲睦まじく過ごしている人間を発見したとき「彼だ!」と思ったらしいよ。


 武力で脅して治療させるのは簡単。けどそれは最後の手段だったんだと思う。

 それは師匠の、鬼の美学に反するから。

 だから師匠は村の限界ギリギリまで適任者を探し続けていた。

 私たちは受けた恩に対して律儀な種族でもあるから。

 願わくば恩返しには己を捧げるに相応しい対象を追い求めていたに違いない。


 私からすれば村人を救うためとはいえ幻鬼自らが奴隷になるのは、ちょっと、いや、相当頭がおかしいと思う。

 正直理解できないし、だからこそ私が尊敬を禁じ得ないわけだけど。


 師匠曰く、

「私が幻鬼という希少種であることは事実だ。だが、命は平等でなければいけない。私の身一つで一人でも多くの村人を救って欲しいなど傲慢でしかないのだ。だからこそアレンは偉大なのだ。覚えておけ凛」だって。


 いやー、痺れるよね。鬼の鑑。素晴らしい美学。私に同じ真似ができるかって言われたらもちろん無理だよね。


 私からすれば尊敬と畏怖の対象である師匠が男の欲望に穢されないか心配なわけで。

 ザコのお兄さんってほら、裏で何考えているわからない雰囲気あるでしょ? 

 わっかんないかなー。あれ絶対裏で「おっぱい!」とか考えているタイプ。それも場違いなところでさ。


 ただ、不思議なことに過ごしていくうちにどんどん心の服を脱がされてんの。気がついたら真っ裸。いやー、まいったね。

 お兄さんのエッチ。

 気がついたら生意気なメスガキで接するようになっちゃった。だってザコのお兄さん、すごく唆る反応するんだもん。ぶっちゃけ癖に刺さりまくり。

 ちょっと肌をチラつかせるだけで鼻息が荒くなるの。なぜか言動も幼稚化してさ。もう可愛い反応しちゃってさ。


 けどこれの何がすごいって、私たちって鬼な分け。

 わかる? 警戒心が強く欲望に敏感である鬼が親近感を覚えてるの。

 

 気がついたら村中の子どもたちが毎日行列を作って人間に甘えてるわけ。

 迫害されて惨めな生活を強要された人間に。

 本当に凄いことなんだから。逆に言えば怖いぐらい。


 鬼が人間に籠絡されている事実。

 場合によっては世界中の機密事項や極秘情報を収集できる立場になれるわけで。

 ましてや幻鬼、師匠を手に入れた時点でその権限は手にしたも同然。

 まっ、そっち方面でザコのお兄さんからは匂わないから大丈夫ではあるんだろうけど。


 なんていうの? 上手くやれば世界を掌握できるかもしれないのに、私たちを違う点で評価している、みたいな?

 いや、自分でもなに思ってるかわからないんだけど。

 ただ、もどかしいというか、安心感があるというか、でもこんなこともできるんだよーって自ら打ち明けたくなってしまうというか。

 まっ、そういう雰囲気がアレンお兄さんには漂っているわけ。しかも無意識に。一種のカリスマだよね。

 で、本人が全く気付いていないところも面白いんだよね。

 

 ザコのお兄さんはなーんにも考えてなさそうで、実はなかなかに考えさせられることもあって。

 たとえば、無邪気な小鬼が「人間って良い奴だな」とか言ってお兄さんに抱き着いたりするわけ。

 あー、これは後で色々教育しておかないとなー。だって警戒心が緩んだせいで酷い目に遭うかもしれないでしょ?

 だから子どもたちの相手をする振りをしながら聞き耳を立てていたわけ。


 そうしたらさ、

「それは違うぞ」って切り出し。

 もうこの時点で期待感しかないでしょ。


「人間には悪い奴もいれば良い奴もいる。悪い奴の中にも正義があって、良い奴の中にも悪がある。俺が証拠だ。俺は何の見返りもなく村を救ったわけじゃない。九桜という自己犠牲を厭わない、いい女を手に入れるためにキミたちを治療した。人間が良い奴かどうかはきちんと見極めないといけない。わかった?」

「よくわかんないー」


 ザコのお兄さん赤っ恥。唇を噛み締めて後悔している素振りがまた親近感を湧かせるわけで。

 あれを演技でなく素でやってのけるあたり、人たらしになるわけだ。


 どんどんザコのお兄さんから目が離せなくなる。

「九桜。鬼は闇魔法に長けた種族という認識で間違いはない?」

「ああ。適性がある者たちばかりだ。それがどうかしたか」

 と確認したかと思えば、


「これは提案なんだけど、もしよければ倭の村に希望者がいれば修道院に仮移住してみないか。もちろん労働力はそれなりに提供してもらうことにはなるけど、米を使わせてくれるなら俺が持っている知識と技術を提供しよう。もちろん労働から得られる売上金も分配しようと思う。鬼といえどお金はあった方がいいんじゃない? 両者にとって利がある話とは思うんだけど」


 人間から追われて、衣食住がままならない鬼にとって米は最重要かつ機密だった。

 幸い、この世界の主食は小麦。稲の穂から種子を取り出して食べるのは鬼だけだ。

 さすがの師匠も米の存在はアレンお兄さん伏せていたのに。村人の症状を見るだけで看破するなんて本当に何者なんだろう。


 しかもお兄さんから漂う自信の匂い。治療に当たっているときと同じそれが嗅覚を通じて理解できる。

 たぶんお兄さんの提案は行き当たりばったりのものじゃない、よね。さすがに。

 わざわざ【聖霊契約】まで取り出して鬼の利権を尊重? 

 もう九桜師匠はお兄さんの奴隷なんだから報酬としてお米だけを譲り受ければいいのに? 

 それとも闇魔法に長けた種族を欲していた? やっぱり私たち鬼を利用するつもりなのかな。まっ、ある程度はそうだよね。労働力を提供してもらうって言ってたし。


 でもやっぱり独占しようという臭い匂いが一切しないんだよね。いや、本当に不思議。なんでだろう。

 米の存在を知っていて、まして有効活用する方法までお見通しなのにどうしてわざわざ鬼に良くしようとしているんだろう。


 えっ、種族差別をなくす?

 いやいやいや! それはさすがに大義すぎるでしょ! 

 ザコのお兄さんでも達成なんか——って、ええええ⁉︎ 

 エンシェント・エルフにエルダー・ドワーフ⁉︎ 嘘でしょ! 伝説級の希少種じゃん!

 詠唱破棄のハイ・エルフにアラクネ(しかも魔王幹部!)にきゅっ、九尾⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎

 ちょっと待って。深呼吸! 呼吸の時間ちょうだい。すーはー。再確認。

 やっぱ【色欲】の魔王様じゃない! 滅多に表に出ない存在がたかが人間一人の捜索に駆けつけたってこと⁉︎


 あれっ、本当に待ってよ。もしかして私、めちゃくちゃヤバい人に対してメスガキで接しちゃってるんじゃ……⁉︎


 修道院に戻るや否や、代表としてシルフィさんが色々と説明をしてくれる。

 てっきりザコのお兄さんが掟やルールを説明するのかと思いきや、えっ、あの、ちょっと? 

 さっきまでの姿が嘘のような脱力感じゃない。どこに行く気——って、遊んでる⁉︎ 今までに見たことのない笑顔で修道院の奴隷たちと遊び始めたんですけど!

 

 というか、なにこの生活環境。凄すぎなんですけど。奴隷一人一人に煉瓦造りの家まであるし。

「凛ちゃん。もし欲しい衣類や衣服があったら遠慮なく言ってね。悪いけど九桜にはこれを着てもらうと決めているものがあるから、作り終えたら着心地だけでも確かめてくれる?」

 えっ、今さらっと言ったけど、めちゃくちゃなこと言わなかった? 衣服を好きなだけ要求していい? 嘘よね⁉︎ 貴族でも聞いたことないんですけど。


 って、凄! 凄すぎ! えっ、なにこれ⁉︎

 供給される蜘蛛モンスターの糸にエルダー・ドワーフたちの技術と技能が盛り込まれた紡績機と織機。どういう仕組みで動いてるのこれ? しかもアラクネが仕立てるの?

 ちょっ、ちょっ、ちょっとザコのお兄さん。一体どういうこと——っていない! どこいった⁉︎ えっ、リバーシ? なにそれ。でも楽しそう。

 

 エルフやドワーフのみんな奴隷なのにすごく幸せそう。張り詰めた空気や緊張感なんて微塵もない。そっか。これがアレンのお兄さんの理想なんだ。


 やっぱり九桜師匠が一目置くだけの男ってことなのかな?


「くくく。凛ちゃん」

 えっ、ちょっと。

「気持ち悪い下衆の笑みを浮かべてますよザコのお兄さん」


「倭の村ではずいぶんと俺を叩きのめしてくれたな」

「あっ。いやっ、それはその」

 ……ごめんなさい! なんかお兄さんの方もフルボッコにされて喜んでいるように見えたからつい。

 もっ、もしかして根に持たれてたかな?


 九桜師匠の即断により倭の村は希望者を募った上で仮移住することに。

 村の監視に加えて有事の際には闘争しなければならない男鬼は村に残り、ザコのお兄さんをもてなすという意味もあって希望者は全員女鬼だ。


 やっ、やっぱりザコのお兄さんも男なんだ! 男はみんな狼ってお母さんも言ってましたし!


「リバーシで勝負だ!」


 えっ、あのっ、えっ? リバーシ、ですか? なんでしょうそれ。


 ☆


【アレン】


 アレンさん。今日のハイライトのコーナです。


 主人公がしたい。カッコ良いことが言いたい。女の子が一目惚れしてしまいそうな決め台詞を口にしたい。


「人間って良い奴だな」


 来た! なぜかやたら懐いてくる小鬼が甘ったれてやがる。

 くくく。人間が良い奴だと? んなわけねーだろ! こちとらやりがい、金、性を搾取したいとか四六時中考えているクズ中のクズよ。

 孤村のドクターアレンに見えたかもしれないが、それは見返りがあってこそ。


 この一件で小さい鬼たちの警戒心が薄まり、人間に近寄ったことで酷い目に遭わされては目覚めが悪いからな。

 ここはきっちり教育してやろうではないか。

 俺は九桜といういい女に種付けプレスをお見舞いするために、すなわちスケベ心全開で村を救ったんだとな。

 そもそも医者と患者という関係性はある意味危険だ。親身になってくれる医者に対して好感を持ってしまう患者も少なくない。

 実際そういう心理効果があることも証明されているわけで。


 人間は良い奴などではない! 誰しもが欲望を持つ生き物だ。

 いくぜ——! 耳をかっぽじって聞くがいい! 


「人間には悪い奴もいれば良い奴もいる。悪い奴の中にも正義があって、良い奴の中にも悪がある。俺が証拠だ。俺は何の見返りもなく村を救ったわけじゃない。九桜という自己犠牲を厭わない、いい女を手に入れるためにキミたちを治療した。人間が良い奴かどうかはきちんと見極めないといけない。わかった?」


 ふっ。決まった。渋いぜ。惚れるなよ?


「よくわかんないー」


 これだからガキは。

 もういいや帰って食っちゃ寝ボティタッチリバーシしようっと。

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