第29話

 中世ヨーロッパ風異世界の定番と言えば科学が未発達であることだろう。

 魔法という超自然現象により、科学を探究する必要がなく、歪な世界となる。

 かつて偉人が「高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない」と遺したらしい。

 

 意識高い系のアレンはこの格言を逆に言い換えてみた。


「魔法は高度に発達した科学と見分けがつかない」


 ということは、魔法が存在している時点で、異世界の科学は高度に発達済みであると言えるのではなかろうか。

 だから前世のような知識や知恵、偉大なる先人が積み重ねて来た叡智が異世界には少ない。

 発達済みのものをわざわざ分解し、原理を追求する必要性がないからだ。【回復ヒール】が医学を駆逐しているように。


 QED証明完了。我が名はアレン!


 フッ。ようやく主人公らしくなってきたじゃねえか。

 惚れるなよ? 火傷するぜ?

 俺はぜーはーと息を切らしながら大の字で倒れていた。

 視界に広がる青い空。青色の下着も良いかもしれない。

 あー、見たいな。えちえち展開早く来ないかなー。
















「お兄さんざこ〜い♡」



 俺は鬼少女にコテンパンにされていた。

 木刀を使ったチャンバラごっこでボッコボコにされていた。

 倭の村に突如現れた天才脚気専門医アレン。

 恩人とも呼べる俺に鬼の子どもたちはやたら挑みたがってくる。

 

 ただでさえカッコ良いところが少ない系主人公だ。

 さすがに小鬼ガキに舐められたら終わりである。売られたケンカは買う主義だ。

 やれやれ。暴力はあまり好きじゃないんですけどね。

 戦わなければ生き残れないわけですか。

 ……くくく。バカめ。

 負け確には絶対手を出さないアレンさんも少女が相手という勝ち確から逃げるほど男が廃っておらぬわ!

 

 脚気であること的中させ、必要な処置を施しているうちに子どもたちは瞬く間に回復。尋常じゃないスピードで克服してみせた。

 鬼といえどビタミン欠乏症には抗えぬ一方で、肉体そのものは人間よりも丈夫にできていたということだろう。


 卓越した反射神経、胴体視力。しなやかな可動領域。柔軟性。殺気や気配の高感知。発達した筋肉。衰えることを知らない肺活量。


 パッと思いつくだけでもこれだけ優れた子どもたちが木刀握り、俺をフルボッコにするため毎日行列ができるという。


 しかも「先生! 今日もよろしくお願いします!」などと無邪気な笑顔でお願いしてくるのだ。子どもの特権を無意識に行使するとは卑怯者め……!

 どれ揉んでやろうではないか、となることは必至。拒否不可避。結果、俺が揉まれて終わるという。

 

 やはり俺が揉むことができるのはシルフィやノエル、アウラのおっぱいだけということか。凹む。


 そもそも鬼は人間から迫害され逃亡生活を余儀なくされたという話だったはず。

 なぜ人間の俺に絡んでくるのか。最弱無勝の無能に親近感が湧いたのだろうか。

 嬉しくない。


「また負けちゃったねザコのお兄さん。どーしてもって言うなら、もう一戦してあげてもいいよ。お兄さんも見たいでしょ?」

 

 チラッと胸元を肌けさせ谷間を見せつけてくる。外見年齢は十二歳〜十四歳。俺のことザコお兄さんと呼ぶメスガキの名は凛ちゃん。九桜の弟子である。


「ふんっ。十年早い」

「カッコ付けてるくせに鼻血出てるー。や〜ん。やっぱり見たいんだ。年端もいかぬ女の子を脱がしたいんだー。お兄さんのス・ケ・ベ♡」


 はうっ。こらっ! 耳元で囁くでない。

 良くない癖が芽生えたらどうしてくれる!

「責任取ってあげようか?」

 

 クソッ、なんだこれは……! メスガキなのにエロい! Bカップのくせに!(魔眼【全部視えてるぜ】測定)

 色気があるお姉さんがタイプの俺が落城寸前だと⁉︎ 恐るべし凛ちゃん……! 先行きが怖いぜ。

 ていうか、今さらながら俺普通に倭の村に馴染み過ぎじゃね? 拉致られてからどれくらい経った? 一月は過ぎてるよね。

 あの……シルフィさん? そろそろ俺の居場所探知できないもんですかね?

 いや、【色欲】の魔王が怒り狂ってそれどころじゃない可能性もあるわけでご無理は申し上げられないんですけど、そろそろまた救出に来て欲しいなー、なんて。


 脚気である裏付けと経過観察があったから九桜に「帰らせてくれ」と言い出せなかったが、さすがの俺もシルフィたちの身が心配になってきた。

 もはや俺のご主人様になりつつある彼女たちに危害を加えたら報復に行かねば。

 まっ、ネクが【色欲】の魔王幹部だし、上手く取り持ってはくれているとは思うが。


「師匠はうなじが性感帯なんだよ。【聖霊契約】で奴隷にしたんだよね? 確かめてみれば」


 ほう。あの剛力系女主人公にそんな唆る一面があったとは。

 倭の村に蔓延っていた謎の病気はやはり脚気だった。治療方法を知っているだけで俺は凛とした鬼——九桜を奴隷として手に入れることができた。

 虫を払うようにしただけで百キロはあるであろう大鬼を吹き飛ばすメスゴリラ。いくら外見がドストライクかつ【再生】持ちとはいえ、対等なまま手を出すのは恐怖心が勝る。


 だがしかし奴隷紋。ここに奴隷紋が加われば状況は一変する。

 ヘタレなおかげで、シルフィたちに何一つ命令できない俺ではあるが、今回は勇気を振り絞ってみようと思う。

 二人きりの場で「俺とエッチしてくれ。受け入れるんだ九桜。種付けプレスさせろ!」と言ってやるのだ。元ヒョロガリクソ童貞の俺が怪力系美人鬼とエッチ。なかなかに燃えるシチュエーションではないか。


 ぶはははは! 完璧な作戦だ。九桜は鬼の起源はおぬだと言っていた。

 人間から追われている事実も踏まえるに倭の村は発見が困難な場所にあるはずだ。

 ネクのときは早い段階でシルフィさんたちが救出しに来てくれた。美人で有能すぎる彼女のことだ。きっと俺が知らない何かしらの手段で探知してくれたに違いない。

 しかし今回はどうだ。一月だ。これは倭の村が持つ隠密が関係しているに違いない。

 つまり俺はシルフィたちに見つかる前に童貞を卒業。


 自力で帰還orシルフィたちが発見してくれる頃には俺は一皮剥けて男として成長。

 噂によれば童貞を卒業すれば心に余裕と自信がつき、これからの言動次第ではモテスパイラルに突入することも珍しくないとのことではないか。


 スーパーアレンさんになることでシルフィやアウラ、ノエル、さらにラアやネク、【色欲】の魔王様とも一戦交えることができるかもしれない。

 

 神は俺を見捨ててはいなかった……!

 さらに凛ちゃんからうなじが弱いという思わぬ情報も手に入れた。


「九桜。少しいいかな。二人きりで話したいことがあるんだ」

「承知した。場所を移そう。覚悟はできている」


 覚悟はできている……! 諸君。レディの方からまさかのYESサインですよ!

 やった、やった! これでようやく大人の階段を登ることができる。


 というわけで倭の村にある崖の上。

 ビュウビュウと風が九桜の艶やかな黒髪を撫でる。彼女は長いそれを耳にかけ俺の言葉を黙って待っていた。

 舞台はこれでもかというぐらいに整っている。さあ、言えアレン! 言うんだ!

「俺と——」


「「「アレン(様)!」」」

「「ようやく見つけたぜ(わ)!」」

「こんなところにおりんしたか」


 神は俺を捨てたもうたか。

 ……チミたちさあ。なんちゅうタイミングで駆けつけて来れてんねん。いや、嬉しいよ?

 嬉しいに決まってるじゃん。久しぶりにみんなの声を聞けたし、無事だったことがわかったんだからさ。そりゃ一安心だよ。


 でもさ、時と場所を弁えなくちゃいけないっしょ。

 俺がこれから頼もうとしていることって

「種付けプレスさせろ!」やで? 

 勇気を振り絞って雄の願望をストレートに伝える寸前やってんで。


 しかも凄い色香醸し出してる新キャラまでおるやんか。

 ふわふわもふもふ間違いなしの狐耳に九本の尾。しかも花魁衣装。女狐なんて言葉が頭によぎるんですけど。

 もしかして【色欲】の魔王様でしょうか?

 初めましてアレンです。まずはお友達エッチからさせてください。


「俺となんだ? 続けてくれ」


 九桜くん。キミもさ、もう少し空気読もうや。俺の仲間が最悪のタイミングで駆け付けて来てるんやわ。

 この状況で「エッチしてくれ」なんか言えると思う? しかもこっちは元ヒョロガリクソ童貞なのよ。わかる?

 つまり頭真っ白。全く予想していない事態にまーしろっ。


 俺との次に続く言葉なんか全く思い浮かばないわけよ。だって代案なんて用意してないから。そんな余裕もありませんしね。

 

 一体どうしてこんなことになってしまったのか。

 この村に拉致されてから俺のピーク——ハイライトを思い出すことにした。


 ☆


 魔法が存在することにより、この世界の医療はハイリスクハイリターンだ(ここで言う医療にはもちろん魔法は含まれてない)。


 かつては神童と呼ばれていた俺は予習を怠らない。えっ、なんの予習かって。

 そんなの決まってるじゃん。


『異世界転生後のチート項目』である!


 美月ちゃんによれば「お兄ちゃんって異世界転生しても弱そうだよね。ほら……俺ZAKOOOザコォォォだっけ。一緒にお風呂入ろっか」とのこと。

 もはやお風呂のお誘いがデフォになりつつある点は完全無視パーフェクトスルーだが、たしかにその通りである。


 一体いつから異世界転生はチート付きだと錯覚していた、みたいな?


 事実、俺はこうして戦闘面では無能である。美月ちゃんにはいくら感謝してもしきれない。

 こう見えて俺の趣味は読書である。貧乏人の強い味方、図書館で本の虫状態だ。

(ちなみにエッチな本は美月ちゃんに見つかってしまったときに「見たいなら私に言えって言ったよね」とマジギレされてから我輩、一度も買ってない!)


 そんなわけでビタミン欠乏症はバッチリ抑えていた。なぜかと言えばローリスクハイリターンだからである。

 人間は生きていく上で塩が欠かせないことはさすがに誰でも存じ上げていることだろう。


 人間にはビタミンが必要であり、不足すると病気になる。

 この概念が発見されていなくてもなんら不思議ではない。

 致命的にもかかわらず効果は抜群という、無能の俺が活躍できる数少ない知識と言えよう。


 脚気かっけは「江戸患い」と呼ばれて日本で罹る者が多かったらしい。白米を食べる習慣が広まったからだ。

 死者数なんと毎年数万人。手足が動かなくなっていき、心臓まで停止。しかも原因が不明とくれば怖すぎる。


 とりあえず、毎日の食事を白米から玄米に代えてもらうよう九桜に指示。

 軽い脚気ならそれだけで治るはずだ。

 それよりも気になるのが、精米方法である。


 収穫した稲の穂からもみを取る脱穀、

 乾燥、

 もみすり(もみがらを取る。前世ではもみすり機にかける。こうしてできるのが玄米)

 

 そして、精米。

 玄米の表面ぬかを削り白い米にすることだ。


 これだけの作業をどうしているのか確認したところ、

「これから披露するのは米と同じく倭の村でも機密事項だ。アレンには明かすが、そのつもりで見ていて欲しい」

「わかった」


【再生】を口外しないと約束してくれた九桜のお願いだ。無碍になどするはずがない。


「鬼術【阿修羅】」


 ナイフのような刃物を取り出した九桜は手を四本生やし、合計六本の手で稲の穂に刃を通す。

 目に追えない速さの斬撃が繰り広げられた次の瞬間。あらかじめ彼女の足元に設置していたざるに白米がじゃらじゃらと落下。


 魔法の存在により農業機械がない代わりに剣術で精米までやってのけるという。


「凄!」

「鬼は剣術の達人だ。このぐらい健康な鬼であれば誰でもできる」

「その、他意はないけどこれだけの剣術があるなら人間に迫害されないんじゃ」


「まさかそのような戯言を本気で言っているのではあるまいな?」

 九桜の目つきが鬼のそれになる。デリケートな質問をした自覚はある。

 ちょっと想像力を働かせればすぐに答えに辿り着くのだが。これは俺の失態。


「えっと」

「ふんっ。まあいい。アレンからは愚弄の匂いがしなかった。純粋な疑問だろう。いくら剣の達人といえど狙撃魔法には勝てん。それだけのことだ」

「ああ、そういう……」


 しまった。俺が魔法を発動できないせいでその視点がごっそり抜けていた。なるほど。鬼の剣術や剣技がどれほど素晴らしくても魔法、それも遠隔からの攻撃には太刀打ちできないわけか。

 人間ほど狡猾な生き物はいない。立ち向かうよりも長所である隠を利用した方がいいわけか。


「ごめん。本当に他意はなくて」

「気にするな。こちらこそすまない。村の恩人になるかもしれない主に殺気を漏らしてしまった。許してくれ」


「それじゃお互い様ってことにしよう。ちなみに、にんにくってある?」

「匂いのキツいあれか……それをどうすればいい?」

「精米したときのぬか。これを水に漬けてした水溶液にそれをすり下ろして欲しいんだ。あとはそれをゴクっと」

「そっ、そんなものを飲むのか」


 九桜の整った眉が寄せられる。

「好き嫌いできる状況じゃないでしょ?」

「あっ、ああ。そうだな」

「あとは朝、昼、晩に分けて飲ませよう。よし。俺も手伝うよ。農業は俺が修道院で役立つ数少ない長所だったから役に立てるはず」

「自ら打ち明けるのは卑しいが鬼は受けた恩を忘れない種族だ。施しには必ず報いよう」


 結論から言うと、むしろここからが大変だった。

 突如忌み嫌う人間が村にやってきたかと思えば効くかどうかもわからない薬を差し出し飲めと言う。

 これまで迫害されてきた彼ら彼女が毒だと疑ってかかるのは当然である。

 俺は九桜と一緒に村を歩き回り、先に毒味するところを見せてからコンコンと説得を続ける。ぶっちゃけ【再生】した方が早い上に即効性があるわけで。


 逡巡したものの、使わずに済むならそれに越したことはないだろう。それは俺と鬼、両者にとってだ。

 俺はチカラの存在を隠し通すことができ、鬼は蔓延している病の原因が判明。生きる知識、知恵として残る。

 こっちもいつまでも桃姫でいるつもりはない。チェリーボーイなのに桃姫。不名誉すぎる。


 特に師弟関係にある九桜とクソ生意気なメスガキ凛との間を取り持つのが最も大変だった。

「人間に頼るなんて見損ないました」

「凛。彼は命の恩人になる方だ。口の利き方には気をつけろ」などとバチバチ。


 ステイステイ。仲良くしようよ。二人とも綺麗&可愛いんだからさ。

「触るな人間!」

「凛貴様——!」


 脚気で弱った弟子に掴みかかろうとするメスゴリラを取り押さえるのは本当に大変でしたよ。ええ。

 ただ、彼女の身体にしがみつけるのは役得でもありまして。


 程よい筋肉、それでいて柔らかいこの身体のどこに百キロの大鬼を吹き飛ばすチカラが出せるのか。本気で疑問になるほどだ。

 九桜の身体は服越しでもわかるほど温かく(どちらかといえば熱いという表現の方がしっくりくるぐらい)、抱きついていいなら冬は最高でしょうな。ぐへへ。


「どけアレン。礼儀も知らぬ弟子をこのまま野放しにすることは私の矜持が許せん」

 

 拳が俺の頬にドーン!

 意識と共に一瞬で吹き飛ぶアレンさん。

 剛力系ヒロインは人気出ませんよ九桜さん。


 災害のような日々を過ごしていくうちに、

「すまなかった。人間への恨みは完全に消えぬが、アレン殿。貴殿への恩は決して忘れぬ」

 とあの老仙人鬼村長が直々に頭を下げていた。

 ラブ&ピースが一番だよね。


 ☆


 さて、そんなわけで意識は現実に戻る。

 崖の上にシルフィ、ノエル、アウラ、アラクネ姉妹に色気がヤバすぎる狐さん(【色欲】の魔王と推定)、そして鬼の九桜。

 唯一の男である俺は「えっちさせてくれ」と切り出す寸前。

 むろん全員集合したこの場でそのままお願いできるわけもなく。

 

 みんなさ、駆けつけるんならもう少し前か後でしょ。どっちでもいいのに、なぜドンピシャ。しかも九桜と対峙する場所が場所だけに全員の注意が俺に集中してんじゃん。

 

 なんか前にも似たようなことなかった?

 これデジャブじゃない。

 えーい。もういい! ピンチはチャンスだ。

 考えろ。考えるだ。こっちは童貞卒業の機会をみすみす手放すことになるんだ。

 それに匹敵するものが欲しい。絶対に何かあるはずだ。この状況を上手く利用して俺の株を上げられるだけの台詞が。


 俺と——。

 俺と、なんだ。どう続ければいい?

 考えるな。感じろ。奇跡の一手は直感から生まれると天才棋士も言っていたじゃないか。


 鬼。人間。迫害——。

 ……見つけた! これだ! これなら【色欲】の魔王も一目置くに違いない。

 いくぜ童貞卒業の代わりに俺の評価を爆上がりさせる台詞。


「俺と——


































——一緒に種族差別を無くさないか?」

 はい。決まった! 決まりました。俺いま最高に主人公してる!

 ……はぁ。これでまたえちえち展開は保留ですか。村の危機を救っておきながらなんの冗談や。

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