第28話

「ふざけるな! なぜこの村に人間を入れた九桜⁉︎ さては貴様、我々を売ったのか!」

 

 なんか老仙人みたいな鬼爺さんがブチ切れしてる。ちょっと顎髭伸ばし過ぎじゃない?

 アレン知ってる。これ仲間割れ。たいていこういうの爺側悪い。キレるだけ。頭ごなしに否定して、新しいものを受け入れようとしないからこうなる。


「しかしもう村は限界だ。一刻も早く治療を受けさせなければ子どもたちは——」

「——人間はダメだ! 人間だけはダメなのだ九桜! 種族が鬼というだけでどれだけ我々が迫害されて来た⁉︎ よりにも寄って人間に助けを求めるとは……貴様は破門だ! この村から出ていくがよい!」


 爺さん瓢箪ひょうたんガシッ! 

 豪速球リリース!

 九桜さん手刀でズバッ!

 パーンッ! (瓢箪の破裂音)

 パシャァ! (爺さんの飲みかけが俺の横顔にかかる音。汚ねぇぇぇぇ!)


「たしかに我々が害されてきたことは紛れもない事実。だが、全員が悪だったわけではない。過去の雪辱を晴らすために人間を根絶やしにする計画など正気の沙汰ではない。まあ、何を言っても無駄だろうがな。ちょうどいい。破門された身だ。好きにさせてもらおう」

 

 あいかわらず隣で女主人公やってる九桜さん。

 主人公の俺でさえ未経験なのに追放されてますよ。

 このあと覚醒して新しいチートを入手するんだろうか。

 それ俺の役目! 涙目。


 とはいえ、強制連行された村長室の雰囲気は真剣そのもの。

 火薬の匂いが充満してやがる。ピリついてやがるぜ。

 当初こそ俺はこんな風に楽観的に考えていた。


【再生】持ちの救世主登場!

 ↓

 次々に村人を救出!

 ↓

 貴方は私たち村の命の恩人だ!

 ↓

 この村にお礼できる余裕はない。もしよければ町娘をもらってくだされ。

 ↓

 俺「いただきます!(色んな意味で)」


 だと脳内シュミレートしていた。これが本来の異世界転生後の流れだからだ。

 よもや出鼻をくじかれるとは夢にも思ってなかった。

 権力者VS異端児。ただし、主人公である俺は蚊帳の外、みたいな?


 足りない脳みそを振り絞って歴史的背景を組み立てみる。


 まず鬼という種族は人間から忌み嫌われた存在だというのは間違いない。

 拉致られた倭の村とやらの生活水準、文明もずいぶんと低い。

 これはおそらく定住の地を人間に追われているからだと推定する。

 惨めな生活を強要され続けてきた村長は憎しみを増福。


 九桜が口にした「過去の雪辱を晴らすために人間を根絶やしにする計画」から人間にクーデターを起こす気満々である。


【再生】持ちのチーターだったからこうして落ち着いていられるけど、俺いま敵の腹ん中状態ですからね? 

 そこんとこ理解していらっしゃる?


「待て——!」


 なんか「話は終わった」みたいな感じで九桜さんが立ち上がる。

 老仙人のお付き——ムキムキのゴリラ鬼が二人、彼女に掴みかかろうとしていた。

 えっ、これやばいやつじゃない⁉︎ 村の方針に反いた九桜さんが監禁されてえっちな拷問される展開じゃないの⁉︎

 

 その、できれば面倒臭い展開は抜きで治療だけさせてもらえるとありがたかったですけど⁉︎ 

 こちとら【色欲】の魔王様にブッチしている身分なんでね。早く戻らないと修道院が跡形もなく消えているかもしれないんでね。

 やばい! どうするの⁉︎ どうするんですか⁉︎


 お付き——ムキムキゴリラ鬼の手が九桜さんに迫る。

 彼女は蚊を相手にするかのように手を払うと、

 ——パチッ……ビュンッ……ドゴォッ!

 メキメキメキメキ!!!!!

 

 お付きは一瞬で吹き飛ばされ、村長室の内壁にミシミシとめり込んでいく。

 ムキムキゴリラ涙目。いや、白目。泡を吹いて卒倒している。


 まさかの剛力系女主人公ですか。


 吹き飛ばされたゴリラさんたちどう見ても百キロ以上はありますよ。

 それを雨が降っていたから傘をさしたぐらいの軽い感じでやられてもですね。

 理解が追いつかないというか、彼らの面目が立たないというか、貴女筋肉メスゴリラですかというか。


おなごに気安く触れるなァ!」

 ブチ切れしてますやん九桜さん。

「……っ」

 絶句してますやん鬼の村長さん。


 いや、まあ、村長さんは見るからに身体の線細いですもんね。失礼は承知ですけど余命○年みたいな。手足も痺れてますし。

 あからさまに病に蝕われていますよね。そんな病弱で合計二百キロ以上の大男たちが一瞬で吹き飛び、壁にめり込んだ光景見せられたら言葉も出ませんよね。わかります。【再生】持ちの俺ですら「ちょっと……」と思いますもん。心中お察しします。


「行くぞアレン」

「えっ、村長は治療しなくてよいのでして?」

「復讐を糧にして、生に執着する老いぼれなどくたばってしまえ!」

 

 言い方ァ! 九桜さん、あんた言い方ってもんがあるでしょうよ。

 いや、まあ人間の俺からすれば危険人物に違いないんでしょうけれども。

 けど、こういう復讐が生み出す負の連鎖ってどちらか一方だけが悪いってことはないじゃない?

 だからまあ訴えかける手段は決して赦されるものじゃないことは重々承知しているけど、村長さんの気持ちもわからなくもないわけで。


 人間に頼りたくないんですよね。

 人間に借りを作りたくないんですよね。

 人間を赦せないんですよね。


 それを目の前の脳筋が腕力だけで解決しようとしていることに脳の整理が追いつかないんですよね。

 ええ、ええ、わかりますとも。事実俺も目の前で起きていることが理解しきれていませんので。


 ただ、申し訳ないですけど俺は常に強い者の味方なんです。ぶりぶりざえもんなんです。ごめんなさい。

 村長さんの制止も聞かず俺は九桜さんに着いて行くことにした。


 ☆


 ぷりぷりお怒りの——まさしく赤鬼になった九桜さんの後ろを黙って着いていく。

 綺麗な、凛とした姿勢。ポニーテールふぁっさふぁっさ。うーん。後ろ姿はドストライクなんだけどな。

 なぜだろう。俺の息子がすっかり萎縮してしまっている。手を出そうとしたらムキムキゴリラの二の舞になるかと思うとどうしても二の足を踏む。

 

「——失望したか?」


 突然歩を止めて振り向く九桜。

 シャフト角度です。

 あれを見せつけられたあとのこれは怖過ぎますね。

 もちろん俺は紳士なので顔には出しませんけど。


 女神「足腰震えてますよ?」

 生きとったんかワレ。


「色々ありますよね」


 とりあえずふわっとした言葉で場を濁そう。何が九桜さんスイッチを刺激するかわからない。「わかったようなこと言うんじゃねえ!」と脳漿爆裂させられても困りますので。


「我々鬼という種族はたしかに人間たちに迫害されてきた。ただそこにいる、というのが許せない者たちにな」


「色々ありますよね」


「そういうお前は鬼に対する忌避感がないな」

「えっ? そういうのってわかるもんなの?」


 やばい! 九桜さんのことメスゴリラにしか見えないとか思っていることがバレたら俺は死ぬ!


「私は鬼の中でもよく鼻が効く方でな。殺気を始め負の感情を察知することができる。うん? なにかやましいことでもあるのか」


 ドキッ! アレンさんピンチ!

 しかし、これが噂のシルバーバック(ご存じない方はググって欲しい)か、などと思っていたことがバレるわけにはいかない。


「人間誰しも褒められない思考や感情を抱くものだよ。平和でいたいなら余計な詮索はしないのが一番じゃないかな」


「全くだ」

 

 あっ、危ねえ……! 危うくムキムキゴリラ鬼さんと同じ運命を辿るところだった!

 この緊張感……肌がざわつくぜ。


 なんにせよ俺は平和な国に生まれ育った善良な一市民だ。肌の色や目の色、性別で差別するような価値観や思考は持ち合わせていない。

 奴隷制度が実在する異世界や多様な種族に驚きこそしたが、現在じゃ受け入れられている自分がいる。

 現地人が忌み嫌う種族だから【再生】を発動しない、使いたくない、など微塵も思わない。


「ふっ。貴様は変わっているなアレン。私を初めて前にしたときから嫌な匂いはしなかった」

 

 ええ、そりゃまあ。女性って匂いに敏感ですから。そこは【再生】で気をつけていますよ。

 余談だが、この世界にも【浄化】がある。身体を清潔に保つ魔法だ。

 俺は魔法を発動できないので綺麗な肉体に戻す——再生することで代用しているというわけだ。

 

 入浴やお風呂が浸透していない理由はここにある。

 たしかに湯に浸かることなく、一瞬でその目的が果たされるのであれば、わざわざ時間と手間をかけ、ましてや衣服を脱ぎ捨て無防備になどならないだろう。

 アレン、これ、すごく良くない習慣だと思ってる。ダメよ〜、ダメダメ。


 お風呂にはリラックス効果もあるんだから。前世では入浴が趣味の女性も少なくない。

 時間と手間をかけるだけの価値があることをこの俺が証明してやりますよ。

 諦めません。混浴するまでは。


「ついたぞ」


 ☆


「九桜。子どもたち【再生】をかける前に先に言っておきたいことがある」

「なんだ」

「まずは症状を確認したい。もし子どもたちに俺のことを聞かれたら医者として診察に来たと伝えてくれ」

「ああ。それは全く構わない。しかし、なぜだ。【再生】をかけてくれるならそんな二度手間になるようなことをする必要はあるまい。いや、そうか人数制限があるのだな?」

「うんまあ、それもある」


 九桜がそう勘違いしてしまうのも無理はない。

 俺の【再生】を隠し見ていたことがあったとしても、最高人数は奴隷インバウンドの五十人がMAXだ。

 

 さらに俺はこの世界に転生してから裏切られることがない、信頼できる(そういう意味では奴隷が最適)対象にしか【再生】を発動しないことを信条として生きて来た。


 つまり、九桜が勝手に人数制限という縛りがあることを勘違いしてしまうのも頷けるわけで。

 結論から言えば【再生】は全く魔力を消費しない。そういう意味では人数制限もあって無いようなものだ。


 問題はそこじゃない。


「これは俺にとって切り札。最後に切るべきカードなんだ。無闇矢鱈発動したくない。これは俺のエゴだが曲げるつもりはない」


「承知した。尊重しよう。アレンのそれが神域であることは私も分かっているつもりだ。そのチカラが公になれば脅迫、暴力、権力により独占しようと考える者も少なくない。私も種族上、そういったことには理解があるつもりだ。私も口外しないことを【聖霊契約】に追加しよう」


 九桜。貴女いい女ですね。

 脳まで筋肉でできていると思ってました。


「ありがとう。症状によっては【再生】を発動せずに治療できるかもしれないし、できるならそうするべきだと思ってる。根本的な原因を解決しないと再発するのは時間の問題だしね。その度に誘拐されても困るし」


「すまない。本当に申し訳ないと心の底から思ってはいるのだ。理解してくれとも、納得してくれとも言わない。罪は必ず償おう。彼女たちの命を救ってくれるなら私はどうなろうと構わない。手段も問わない。【再生】でなくとも治療できるなら任せよう。この通りだ」


 頭を下げる九桜。うん。手段こそ褒められたものじゃないけど完全に悪い鬼じゃなくてよかった。ネクといい九桜といい、根はいい奴に誘拐されたのが不幸中の幸いというべきか。

 これが大犯罪人を【再生】して欲しいだと間違いなく一悶着だ。その点ではありがたいとも言える。


 さて、鬼の子どもたち(と言っても見た目は人間にしか見えない)の様子を確認したところ、症状は主に以下のとおり。


 手足のしびれ。

 最悪、心臓停止による死亡——心不全か。

 食欲不振、下半身の倦怠感。

 進行すると手足にチカラが入らず、寝たきり……。


 あれれー、おかしいよー。

 俺はシルフィからもらった人間が作った植物図鑑を思い出す。あれには間違いなく米は記録されていなかったはず。


 けれど目の前にしている病気、症状は俺が知識として持っているアレにそっくりなのである。

 倭の村。鬼。大和撫子。和風美人。

 上述の症状。村全域に蔓延っている病。


 俺の頭の中でピースが次々にはめられていき、一つの答えが浮かび上がってくる。


「……九桜。一つだけ聞いてもいい? もしかしたら答えにくいことかもしれないんだけどさ」

「何でも聞いてくれ。私に答えられるものなら隠すつもりはない」

「それじゃ単刀直入に言うね。鬼たちってさ——」


 ごくり。九桜の唾を飲み込む音が響く。




















「もしかして主食に米食べてるでしょ?」

「なっ! なぜそれを⁉︎」

 九桜の反応に図星を確信した俺は不謹慎だとは思いながら心の中でガッツポーズしていた。諸君、日本人の魂、米だ!!!!!!!!

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