第13話

【アウラ】

 

 ごきげんよう。アウラですわ。

 100万年に1人のエンシェント・エルフ——シルフィのせいで影が薄くなっていますけれど、こう見えてもわたくしエリートだったんですのよ?


 ハイ・エルフは魔法式の構築や魔力の感知に優れた種族。

 奴隷に堕ちるまでは憧憬と畏怖を覚えさせたものですわ。

 ですが、それもわたくしが不治の病にかかるまでのお話。

 魔法の根幹を司る心臓に致命的な欠陥が見つかってからというもの、驚くほどの速度で転落しましたわ。


 気がつけばわたくしの価値はエルフ自慢の美貌と子宮。

 娼館か性奴隷しか残されていないことを悟ったわたくしは肌を火魔法であぶり、自ら全身火傷を負いましたの。

 これは本当に苦渋の選択でしたわ。わたくしは自他共に認めるナルシスト。自分が大好きでしたから。

 美を手放すのは文字通り地獄。けれども搾り尽くされる現実と天秤にかけたとき、わたくしは畜生の——奴隷商人の負債となり、大いに悔しがらせることを選びましたわ。


 豚小屋のような檻の中で絶望しながら、死を待つ人生。

 そこに彼らは現れましたの。そうアレン様とシルフィですわ。

 前者はその……とても独特な感性の持ち主で、誤解を恐れずに言えば……変人?

 

 彼は【再生】という神に近いチカラを持っておきながら、その真価に気づいていないような——いえ、シルフィから聞いた話によりますと、誰よりもそのチカラの偉大さに気づいているからこそ馬鹿を装っているとのことでしたが——言動。


 いずれにしても、憎かった火傷とそうするしかなかった運命——心臓の致命的な欠陥。それはたった一瞬で完治。

 奴隷にこそ落ちたものの、わたくしは再び大好きだった自分に戻ることができましたの。


 不特定多数の男性と肌を重ねるぐらいならばと火魔法で自ら醜くなることを選びました。

 ですが、わたくしの身に起きた奇跡はこれまで信じていなかった神に感謝を捧げたいほどのものでしてよ?

 ですからご主人様となったアレン様だけには躰を赦してもよいと思っておりましたの。


 そう思っていた先のこと。

「……はい?」

 わたくしは相手が希少種であるエンシェント・エルフであることも忘れて呆けた顔をしまっていたと思いますわ。


 奴隷たちに労働対価を支払う?

 それで負債(アレン様が支払ったお金)を返済? 完済したら奴隷紋を解いてもいい?

 はい? はいいいいいい?


 全くの意味のわからない、真意を読めない決定に品行方正のエルフたちは皆、驚きと疑いを隠しきれない様子。

 事実、


「あのシルフィさん……恩人であるご主人様を疑うようなことはしたくないんですが、私たちに美味し過ぎてにわかには信じられないんですけど」


 わたくしと同じように修道院にやってきたエルフの一人が信じられないとばかりに聞いていましたもの。


 もしかして何か裏があるのでは。警戒心をグッと引き上げ、シルフィを観察。

 彼女はエルフの最上位かつ希少種であるエンシェント・エルフ。同族を騙すような存在でないことは理解しているつもりですの。

 ですが、それでもこの話は美味しすぎますわ。


 わたくしたちは皆何かしらの怪我や欠陥により市場価格の何十倍も安い金額で取引されていた存在。

 当然、アレン様の【再生】後ではその価値の差は雲泥ですわ。それはご主人様はもちろん、猿でもわかること。

 中には『発動不可』や『無効』だった才覚の持ち主が『発動可』や『有効』に再生した奴隷もいることは想像に難しくありませんわね。

 奴隷商人から【鑑定紙】を引き取ったご主人様がその現実を知らないはずはないですし。


「ごめんなさい。これがアレンという人なの。悪いけれど早く慣れてもらえると助かるわ」


 額に手を置くシルフィは演技には見えず、本当に頭痛に苦しんでいるかのように見えましたわ。

 まるでこの決定に一番理解に苦しんでいるのは私なのよ、とでも言いたげですわね。

 まるで天才の上司に振り回されている秀才の部下、とでも言えばいいのかしら。そんな哀愁をシルフィから感じ取れますわ。


 それとシルフィから様付け禁止のお達し。


 アレン様が「俺のことはアレンって呼び捨てで。最初は難しいかもしれないけど、フランクに接してくれる方が嬉しいな。できるかぎり相談やアフターフォローもしていくつもりだから、その……ね?」とおっしゃられていた手前、彼の奴隷であるシルフィが様付けで呼ばれるわけにはいかないでしょう。


 疑り深いわたくしですが、なんと奴隷紋解除の条件はすでに【聖霊契約】済みであることがシルフィから説明されていきましたわ。

 さすがのわたくしもこうなると現実を受け入れざるを得ないですの。

【聖霊契約】は絶対遵守。聖霊の強制力はエルフであるわたくしたちがどの種族より把握していますわ。


 つまり、まだこれ以上疑うのであれば、アレン様にとって引き取った奴隷が奴隷でなくなる方が都合が良い何かがあるということ。

 …………そんなの思い浮かぶわけがありませんわよ。一体どういう思考回路をされているんですの。

 ごくり。

 もしかしたらわたくしのご主人様は本物のバカか遥か高み、決して手の届かない存在なのでは?


 好奇心旺盛であるエルフの血が騒ぎますわね。

 エルフという種族は矜持と見栄の塊。

 女なら誰でもいいような下賤の言動は一切受けつけない代わりに、好感を抱いた殿方から興味を示されないと、燃え上がってしまう種族。

 もしもこれがエルフであるわたくしたちを落とすための計算なのでしたら、なかなかの恋愛プレイヤー。相当の手練れであることは間違いありませんわ。きっとこれまで星の数ほど女性を泣かせてきた殿方ですわ。


 早くもアレン様の掌で踊らされていることを自覚しながらも大切なことを確認するわたくし。


「お話を整理しますと、わたくしたちはアレン様にご奉仕——つまり躰を差し出さなくてもいい。そういうことですの?」

「ええ。そうよ」


 ざわめき。

 殿方がエルフを奴隷にしておきながら性奉仕させるつもりがない。そんな話信じられるわけがありませんわ。

 

「もしかして女性に興味がおありでない?」

「それはない——とは思うわ。たまにだけれどその、胸やお尻、脚に視線を感じることもあるから」


 わたくしから見ても美人——美の女神の生まれ変わりと言われても信じてしまいそうになるシルフィの表情に一瞬メスがチラついたのをわたくしは見逃しませんでしたわ。


 あら。あらあらあら。なんですのその唆る表情は。わたくし綺麗な女性や可愛い少女に目がありませんでしてよ?


 シルフィにとってアレン様は恋慕とは言わないまでも気になる異性になっていることは間違いなさそうですわね。

 なんでも器用にやってしまいそうなエンシェント・エルフが一人の男に振り回されている現実。

 …………燃えるシチュエーションですの。濡れますわね。


 舌で唇を舐めてしまいそうになる衝動を抑えて、もう一つの確認ですわ。


「それはもちろんですわ。ですが、一つお聞きしたいことがございますの。シルフィはエンシェント・エルフ。本来なら奴隷など相応しくない存在ですわ。貴方は負債を返済して自由の身になりたいと思わないんですの?」


「なりたいに決まっているじゃない」


「——でもそれはもっと先の話よ。まだ私は彼の下で見てみたい景色があるの」


 ふふふ。誰の目から見てもいい女であるシルフィにここまで言わせるなんて、ずいぶんと罪な男ですのねアレン様は。


 ☆


 シルフィからいくつかの指示と注意を聞き終えると、アレン様がトチ狂ったように鍬で畑を耕しておりましたわ。

 チラチラと、「アレン。こんなこともできるんだよ! 褒めてママー!」とシルフィの方に視線を送りながら土を掘り返す姿はなんというか……、


「お可愛いこと」

 主人であることも忘れてしまったわたくしはつい、アレン様に聞こえるように口にしてしまっていましたの。


 負債を返済すれば奴隷から解放されることが【聖霊契約】済みとはいえ、わたくしはまだ彼の命令には背けない身。

 機嫌を損なわせることは御法度。


 アレン様はわたくしの言葉が耳に入ったのでしょう。あれだけ狂ったように振っていた鍬を止めて、こちらにズンズン歩み寄って来ます。

 おっ、怒られてしまうんですの……。


 彼がわたくしの前までやってきましたわ。

 ナルシストのわたくしが逸らしてしまいそうになるほど

 あら? 

 まっ、まさかわたくしのことなど眼中にもないと?

 

 そっ、それはさすがにあんまりですわ。

 たしかに紳士的な対応ではありますの。感謝と尊敬は示しますわ。ですが女としてこのまま引き下がる引き下がるわけにはいきませんわよ。


「リバーシで勝負だアウラ!」


 ……えっ、あの、ちょっ、はい?


 ☆


 どうやら帝都で流行っている娯楽品(アレン様が発案。ノエルちゃんが開発。シルフィが発売という、ちょっと羨ましくなる連携ですわね)でわたくしと対戦されたいとのこと。


 わたくしは初めて見るそれに好奇心を刺激されながらもしっかりとルールを頭に叩き込んでいきます。


 凄いですわ。単純なのに奥深い。

 こんな楽しいゲームを発案、けれども開発と発売は全て奴隷であるシルフィとノエルちゃんに一任する采配力。

 それでいて

 

 こっ、これはまさか——遥か高み、決して手の届かない存在ですの?


 ちょうど良い機会ですわ。アレン様がどういった殿方なのか、全然把握できないんですもの。


 わたくしが直接見極めて差し上げますわ。

 えっ、勝った方は敗者に一つだけ命令できる? 

 ふふっ、やはりなんだかんだ言ってアレン様も男性ですのね。わたくしに何をさせるおつもりで?


 ☆


「……一色に染まった場合はわたくしの勝利でいいんですのよね?」

「チェックメイトですわ」

「もう詰んでおりますわよアレン様」

「え? 繊細な風で一片を抜き取るのは卑怯? ジェンガをなんだと思ってるんだ、ですの?」


 結論から申し上げますとアレン様は娯楽品の発明者とは思えないほどの実力。幼児以下、いえそれでは幼児に失礼、猿以下、いえそれもお猿さんに失礼ですの——というレベルでしたわ。


 えっ? 「俺はまだ本気出してない?」

 そうおっしゃられている割には目が潤んでいらっしゃってよ?

 

 対局前の「アウラの実力が知りたいから本気でお願い」と注意されたわたくしは言われたとおり全力でお相手することとなりましたの。

 結果、完勝。完膚なきまでの快勝でしたわ。

 うるうると今にも泣き出してしまいそうなアレン様を見て、もしかして何か失態を犯してしまったのではないかと心配ですわ。

 もっ、もしかして忖度そんたく⁉︎ 忖度をして欲しいってことでしたの⁉︎


「シルフィ! シルフィ!!!! アウラが俺のことイジメる! ご主人様に全然花を持してくれない! 俺の代わりに叱っといて」


 思わず子どもですか⁉︎ とツッコミたくなる去り際の台詞に、ついつい微笑ましくて「お可愛いこと」と口が滑ってしまいますの。


 それを聞いたアレン様は逃げるように去っていきます。

 さーて、何を命令して差し上げましょうか。わたくしは奴隷という身でありながら気分が高揚していることを自覚します。


 騒ぎを聞きつけたシルフィはわたくしを見下ろしながら、衝撃的な発言をしましたの。


「アウラ。


 シルフィからそう言われ、自分が浮ついていることをはっきりと自覚しましたわ。

 遊んであげている気分でありながら、遊ぼれていたのは自分だと、ようやく気がつきました。

 

 なにせ、対局を終えた現在、アレン様に対する警戒心は自分でも驚くほど低いものに——いえ、なくなっていると言っても過言じゃないありませんでしたから。


 。シルフィの言わんとしていることを理解したわたくしの額から一筋の汗が滑り落ちました。


「…………恐ろしい方、ですわね。計り取る、なんて烏滸おこがましくなるほどですわ」

「ええ。全く。私はアレンの所有物だから、こんなことを言う資格がないのは百も承知ではあるのだけれど——」


「——いえ、聞かしてくださいませ」

「あまり軽い気持ちで彼に近づくと。気持ちは理解しているつもりだけれど、いつだって惚れた方の負けよ。それはエルフである私たちが一番良く知っていることでしょう?」


 まるで全てお見通しと言わんばかりの瞳。

 アレン様という異物。

 そしてその側近、彼の一番近い先で支えられる天才はシルフィ以外にいない。

 そう本能が理解した瞬間でしたわ。

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