第3話

 奴隷を買ったらあとは自然にえちえちできると思っていた時期が俺にもありました。


「そろそろ聞かせてくれてもいいんじゃないかしら」


 と、シルフィ。

 両目と片腕、全身の損傷を再生してから早いもので三ヶ月。

 今ではもう痩せ細っていた姿を思い出すことが難しいぐらいに美人さんになっていた。

 ライトグリーンの髪は艶を取り戻し、直視できないほど。くっ、眩しい……!


 一方、俺は元ヒョロガリクソ童貞。身なりと栄養を整え、瞬く間に美人(美少女)になっていく奴隷とは対照的に「えっ、あの……その」と典型的な非モテ男子になっていく。


「お兄ちゃんって顔も見た目も性格も悪いよね。しかもオタクのくそ童貞でしょ? だからモテないんだよ? ほら、豚さんみたいにふゴォって鳴きなよ」とは妹の談である。

 ふゴォ! 存在の全否定! 天使の皮を被った悪魔とは妹のことだ。


「私も気になっている。貴方の目的を教えて欲しい」


 続いてドワーフのノエル。感情の起伏がない彼女だが、驚くほど整った顔つきであり、知性を感じさせる美少女である。

 瞳の奥は無機質であり、真理を追い求めるときの癖か、ジッと俺の両目を凝視してくる。可愛い。くっ、やっぱり直視できない!

 

 絵に書いたようなヘタレご主人様の俺は二人にとって都合が良い存在だろう。

 俺もそれに思うところはある。元はと言えばやりがい、金、性を搾取するために奴隷を買うつもりだったんだから。


「貴方の行動原理がどうしてわからないの。私たちは希少種。健全となった現在の状態ならその価値は計り知れないわ。けれどアレンはスキルを生活の足しにする程度よね。なぜかしら?」


 二人を購入してからの三ヶ月。俺は自分の無計画さを呪った。

 というのも【再生】が発動できる俺は奴隷を破格で買う前提だったからだ。結果は、ご存じのとおり、百戦錬磨の奴隷商人にまんまと毟り取られ宿代を支払うことさえが躊躇われるほどになっていた。

 どげんかせんとあかん、と思った俺は帝都の山奥に荒廃した修道院を発見。ここを拠点とすることに。


 幸い、異世界転生の定番である芋は痩せた土壌でも育ち、放っておいても勝手に育つことを知っていた。なんとかなるだろと楽観的に考えていた。

 棚から牡丹餅だったのはこの後。

 シルフィは【木】に適正があり、魔法を発動することで植物の成長を促すことができるとのこと。さらにノエルは【金】を得意とし、肥料を錬金術で開発。

 彼女たちは相互効果シナジーを発揮し、なんと荒廃した修道院を快適な生活空間にしはじめた!


 きっと俺の聞いていないところで「あの男、本当に経済力皆無。こんな汚い修道院で女を野宿させるとかサイテーだわ」「同感」

「豚は使えないから私たちでなんとかしましょうノエル」「私も同じこと考えていたシルフィ」などと一通り、俺の悪口で盛り上がり、俺が全く望まない形で友情が確固たるものになったに違いない。泣くでホンマに。


 それからというものシルフィからお使いを言い渡され、(美人の上目遣いに勝てるはずもない。彼女のオーダーは高価なものでなかったし、ケチだと思われたら男の沽券に関わるので、気前よく買っていた。というかほとんどが植物の種子だったし)、それらを帝都から持ち帰ってくる度に修道院の生活水準が飛躍的に向上するという冗談みたいな展開が続いた。


 いま思えば俺のピークは二人を再生し終え「よく頑張ったね」とそれっぽい台詞を口にしたときだったような気がする。

 

 ご主人様の活躍が一瞬で霞むほどの順応性&奴隷間での結束、生活水準爆上げ。

 規則正しく、芸術のごとく煉瓦が積み重なった修道院は雨風を凌ぎ、外に出れば小麦、じゃがいも、大麦、大豆が育てられているという……。

 俺は拗ねた。スネちゃまになった。ふて寝してゴロゴロすることにした。二人の才覚に嫉妬し、激おこぷんぷん丸になってヒモのような生活を送ることにした。


 気がつけばシルフィが収穫した植物や穀物が食卓に並び、食費がほとんどかからなくなっていた。

 

 家でダラけている男というのは、やはり女性からして何か思うところあるようで、シルフィとノエルはやたらと俺の真意を聞きたがる。


 どうして私たちに良くしてくれるの? どうして私たちのチカラチートを利用しないの? と。

 

 アレン知ってる! これ嫌味だって!


 >どうして私たちに良くしてくれるの?

 いや、養われてるの俺やんけ! むしろ俺がどうしてタダ飯させてくれるのって聞きたいわ!


 >どうして私たちのチカラチートを利用しないの?

 いや、こっちは食と住を女の子から——ましてや、奴隷から提供されて、自給自足できてるのに、これ以上望むわけないじゃん! おめえは無能のダメ男なんだからもっと惨めな姿を曝け出せってこと⁉︎


 これが女房にネチネチ嫌味を浴びせられるダメ亭主の気持ちか! 拷問じゃねえか!

 

 とはいえ、シルフィとノエルが自分たちの頭で考え、行動してくれるのは俺にとっても好ましく、なにより、成果を恵んでくれる姿は聖母に見えるわけで。

 享受できる立場にある以上、「俺を舐めるな!」なんて文句は勘違いも甚だしい。

 もはや俺は彼女たちの脚を舐めろと言われても喜んで舐める犬になっている。むしろ舐めたいのだが、そういう本面では全然要求してくれないのがこれまた嘆きたいところである。


 だが、二人はとことん俺を惨めにしたいらしく、

「実はこんなこともできるのだけれど……」

「見てアレン。【高速錬成】」

 世にも珍しい木魔法と素人でもわかる圧倒的な錬金技術。彼女たちはそれを俺に見せつけてくる。


 俺は拗ねた。スネちゃまになった。

 だが、ここであからさまに態度に出すと俺はますます器の小さい男になってしまう。「わたしのご主人様ってアソコだけじゃなく器も矮小なのよね」などと言われてはたまったもんじゃない。

 そんなことを盗み聞いたとき、俺は首を吊らない自信がない。

 だから余裕の表情で、むしろこの程度の煽りなんて微風みたいなもんですよ、みたいな余裕ある大人の男を装っている。本当は胸の中で泣いているよ。

 

 とりあえず、私たちこんなこともできるの。すごい種族なの。希少種なのPRには全て「すごいね!!」と満面の笑みで返し続けた。


 さて、問題はシルフィとノエルの質問になんて回答するか、だけど……俺の目的? 

 そんなの二人にたらふくご飯を食べさせて肉をつけてえちえちしたい下心に決まってんじゃん! それ以外にむしろ何があるのか俺が知りたいよ!


 どうしよう。もういっそ建前を脱いじゃう? そんで服も脱いでスッポンポンで良いことしちゃう?


 言え! 俺の欲望をストレートに言っちまえ!

「——まずはこの世から飢饉をなくすこと、かな?」

 脳内炭◯郎「逃げるなァ‼︎ 逃げるな卑怯者ォォッッ!」


 ☆


【シルフィ&ノエル】


(……どうしてエンシェント・エルフを奴隷にしておいて全然利用しようとしないのかしら? 無欲すぎないかしら?)


(何を考えているかわからない。けれど私たちの買い主に相応しい器の持ち主かもしれない)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る