第547話 2つのやりたいこと


小林パパさんは用意してくれたお茶を手に取ろうとしたのはわかった



「お父さん、今日は準備できたからここに来たの」


「準備?結婚・・結婚のか?」


「それはとっくに出来てる」


「ぅぐ!じゃ、じゃあなんだ?」



三上に任せている結婚式場は実はほとんど出来ている


足りてないのは『スタッフの練度』『アクシデント発生時の対処』あたりだと聞いている、レアナー様は結婚式を見たくて見たくてたまらないらしいけどこっちの結婚式をどんな形にも対応できて、更に完璧にこなせるというのは大切だ


こちらの世界では結婚式は一生に一度の思い出であって、とても重要なものとなっている


結婚式を上げたかどうか、結婚式が良いものだったかどうかで一生心に刻み込まれることもあって・・・更にはよくない結婚式だったらその場で別れるなんてこともよくあるそうだ


式の費用も車が買えるぐらいの高額になってくるし、良い思い出か悪い思い出だったかが一生記憶に残り続けるのであればこちらも愛のためには準備してしかべきだろう・・信徒さんのお婆さんなんて50年も前の結婚式をグチグチ言うと相談を受けたこともある


こちらの世界では一般の家庭でも映像を鮮明に残す技術が発達しているためそれを見て何度も何度も良かったシーンを思い出したり、逆に嫌な記憶が蘇るなんてこともあるそうだ


愛の女神たる結婚大好きレアナー様の元でも離婚はよくある話だが、こちらの風習も大事にするべきだ


レアナー式宴会・・じゃない結婚式が原因で別れることがむしろ増えたなんてレアナー様が凹みかねない



こちらの世界では武器を持った人間が結婚を阻止しようとやってきたりとかはあまりないようだ


誰にだってアクシデントは起こりうるものだがそもそもこちらの世界では結婚の邪魔になりそうな人は排斥されるそうだ、恋敵をわざわざ呼んで殴り合うこともない・・・その辺は考え方に相違があるが郷に入っては郷に従えだ



式の成否で一生の愛が深まるという風習があるのならと愛の女神様もそういう考えや思い出も大切だと準備に準備を重ねている


結婚には新婦や新郎を両者の家族や友人に披露する宴、披露宴が行われる


親戚や家族に自分の結婚相手を紹介できる式はこちらの世界が平和で交通事情や手紙がしっかりしてるからこそできることだよね・・手紙が数カ月後に届いて、国家間で戦争してたら移動だって困難だ


三上はスタッフに一流ホテルに研修に行かせたり、言語の習得やタブーとなる所作まで学んでいってるところだ



向こうでは結婚と離婚は大事なものであってもこちらよりは結構サラッとしていたと思う


相手に不満を持つぐらいなら相手を別の人にするなり、殴り合うのもレアナー教である


すでに一般水準程度には結婚は可能らしいが後はやってみないとわからないよね



「色々あるけど2つしに来たの」


「わかった、話は聞こう・・・だから奈美ちゃん、拘束を外してほしいんだけど」


「それはダメ、お茶かける気でしょ?」


「茶はかけないと約束する」


「お茶以外ならするってことか」


「・・・」



黒葉がムチを取り出して小林パパさんの肘のあたりでぐるぐる巻きにした


すると床に落ちた手錠と針金


いつの間にか外してたようだ



「元杉神官、もうマスク外して大丈夫です」



マスクを外して黒葉を見守る


黒葉のムチは[カジンの捕縛布]の技術を使って作られた魔力を通せば自在に動く優れた品だ


ぎゅうぎゅうに締め付けられた小林パパさん、あまりやると骨も折れかねないから止めたほうが良いのかな?


というかお茶を用意したママさんを見て「確実にお茶をかけられるんでつけといてください」とガスマスクを渡してくるあたり謎の信頼感があるようだ


でもここからどうすれば良いんだ?


「娘さんをください」のあとはお父さんがお茶をかけてきてお母さんがお父さんをたしなめて、それに対して「お前は黙っとれ!」と怒鳴ってから挨拶に来た男性をボロクソにこき下ろすのが流れではなかったのか?


そしてその後、婿さんは家を飛び出してからお義父さんの会社や仕事のフォローをして認められていくとか・・・まって、ここからどうしたら良いかわからない



「1つはちゃんとお父さんに挨拶に来たかったの、結婚しますって」


「認めん」


「でもするから、それともう1つ、私の準備ができたから来たの」


「準備?」


「うん、レアナー教の治癒魔法は知ってるよね?」


「不本意ながら」



少し苦い顔をした黒葉、ちらりとレアナー様を見たがレアナー様は気にして無いようでキラキラした目でこちらを見守っている


ため息を吐いて、黒葉が小林ママさんを見た



「お母さん、私、お母さんを治したいの」


「ママでしょ、でもどこも悪くないよ?」


「ママ、ママの不妊症、治したいの、良いかな?」


「奈美ちゃん!?」



驚いてるパパさん


確かに不妊なら治る


僕がここに来てから治した患者には子供が出来た人もいた


黒葉はここに2つのことをしに来た


1つは結婚の挨拶、そしてもう1つがママさんの治療だ


おまけに大学の卒業に必要な単位をおそらく取り終えたという報告、4年通う大学なのにあと1年どうするんだろうと思ったが4年になれば卒論というのがあるそうだ



「本当に?本当に、私にも子供ができるの?」


「うん、可能性はあると思う」


「だったら、受けてみるわ」


「瑠夏さん、駄目だっ!そんなっ!危ないかもしれないじゃないか!!」


「翔さん、私はずっと貴方との子供も欲しかったのよ?あ、勿論奈美ちゃんも大好きよ!うちの子だからね!!」


「わかってるよおかあ・・ママ」



黒葉は「ママ」と言うのは恥ずかしいようだ


だけど、真剣に治したいというのは伝わってくる、ママさんが黒葉を大事というのも


お互い真剣に向かい合って話している



「私は子供が大好きよ・・翔さんとの子供が出来て、奈美ちゃんに弟か妹ができたらっていつも思ってて、でも、元々子供が出来ない身体なんてどうしようもないじゃない」


「瑠夏さん」


「だから、治る希望があるなら、私はやってみたいと思うの」

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