第536話 みみかき


元杉が帰ってきてふらふらと寝てしまった


なにか疲れてるようだけど何かあったのでしょうか?



「・・・すー・・・・・すー・・・・・・」



よく寝ています


音を立てないように靴を脱いでベッドに入る


いまは春日井も黒葉もいません


ゆっくりと近付いて、胸に頭を載せてみた



トクン・・トクン・・



胸の音が聞こえる



「ふふっ」


「んんっ・・」


「!」



少しだけ声が出てしまってもぞもぞと動いた元杉


起きるかとも思ったけどそのまま寝てくれた


レアナー教では伴侶に対して謎に警戒感を抱かなくなるこれは一体何でしょうか?


戦士としての最低限の警戒を抜けてくるのはたまに心臓に悪いこともあるというのに・・・でもこういう時は良いですわね



昼ドラマというものでこんな風にやっている夫婦が居ました



ベッドの上で男女がいちゃいちゃと・・女は男の胸に耳を当て、男は女の髪をなでて微笑んで話していましたが・・・・わたくしもやってみたくなったので試してみます


心音が聞こえて、そう、愛している存在が生きていることを感じられます


元杉はよく寝ていますので髪に触れて遊ばれたりというのは期待できませんが、やってみてよかった



「―――ふふっ」



とても幸せな気分です




そのまま寝て起きるとまだ元杉はそのままそこに居ました


おおきな胸板、筋肉もついてないのにあの力強さはどうやって出るのでしょうか?


小人族にしてはわたくしも大柄なのですが元杉は純人族


純人族としては子供のような体型でもわたくしにとっては大きく感じます


頬に当たる服の生地の感触も心地よい、思わず空いた手で規則正しく動く胸を触ってしまう



―――わたくしはどうしようもなくなって、自分勝手にこの人を殺して国を助けようとした


崖の上で後ろから胸を貫いて、一緒に死のうとした


結果はどうなっても良いと、国のためだからと・・・本当に身勝手なことをしました


自分勝手で酷いわたくしを元杉は命がけで助けてくれました


世間ではもっと勇者との出逢いはドラマのように素敵に描かれている


天馬に乗った元杉が国を脅かす魔族を打ち倒し「礼にはおよびませんよお嬢様」とわたくしの前に跪いて手の甲にキスしたとか・・・


もしもそうなら、それはそれで恋をしていたことでしょう


でも、ほんとはわたくしが身勝手にも殺そうとして、日の当たらない崖の下で血と泥にまみれて命を救われました


どうやっても返せそうにないこの恩を返そうと王でありながらも必死で働きました



闇の中でわたくしより速く動けるものは居ない



だから、昼のうちは王として国を正常に機能させ、夜のうちに他国まで移動して武具を受け取り、元杉のために運んで、元杉のために情報を収集して・・・とにかく働いた


でも、わたくしはいつの間にか恩義で働きながらももその生き方により惹かれました


平民の出でありながら・・力を持たぬものでありながら、苦難を乗り越えて力を得た


増長することもなく、酒や女に、金や領地や奴隷で遊ぶこともなく、普通は見捨てる命を見捨てなかった


無垢でありながら努力し続けるこの人が、いつしかもっと好きになっていた



15歳をすぎれば純人種ならどこの国でも大人だろうと思うのだがこちらの世界では18や20から大人とされるそうだ


もっと夫婦として、ドラマのようにいちゃいちゃしていたいが我慢しましょう


今の関係も・・悪くない


本当に大好き、胸板をにふれる手を止めて・・・少し顔を見た





「お、おはよう」





「おはようございます、わ」





起きてた












寝てたらなんかいつの間にか僕の胸を枕にしてヨーコが寝てた



昨日は色々あった



死の宣告を受けてできる限り向こうの世界には居ないようにしたほうが良いという結論が出た


行くときは絶対にミルミミスも一緒、僕が行かないと物資がなくて困るかもしれないし行き来は止めない


アダバンタスの妹さん、ケテスティアさんは今頃大変だろう


多くの僕の死を見たのなら些細な情報からでも場所や敵の特定しないといけない


もしかしたらあの様子だとそのまま尋問されてるかもしれないけど、うん、第一印象って大事だよね



しばらく寝ころんで考えているとヨーコが起きたのか動き始めた


胸元の手を動かし、少しくすぐったい


手が止まってこっちを見て、目が合った



「お、おはよう」


「おはようございます、わ」



こちらの顔を見て挨拶をすると喉の奥から「キョェアァァ」と謎の音が鳴ってヨーコはゆでダコのように赤くなった


僕がまだ寝てると思ったのかな?



「そうだヨーコ、耳かきしようか」


「耳かき?ですの?します!いえ、してくれますの!!?」


「うん」



実は前から気になっていた、異世界にもヘラのようなもので耳かきする道具はある


だけどめったに使うものでもないし、そもそもゴミや血糊が固まって面倒なときに使うものであって治療道具としてはあるが家庭には無いこともある


ヨーコは小人の長命種・・・・・だというのに産まれて一度も耳かきしたことがないという


もしかして凄くおおきな物が入ってるんじゃないかと心配になる


信徒のおばあさんがここに来たときに耳が聞こえにくい症状が治癒後も残っていてまたきた


不思議に思って見てみると、耳の穴自体がなかった


いや、穴はあったけど、鼓膜まで、真っ黒の塊が詰まっていたのだ



・・・・・もしかしたら、ヨーコもそうなのかもしれない



だから見える範囲だけでもやってみることにした


座った僕の横に座るヨーコ



「寝転んでくれる?」


「はい」


「・・・僕の膝にだよ・・・よっと」



ヨーコの頭を膝にのせて、新品の梵天付きの耳かきと綿棒、ウェットティッシュを取り出す


信徒の中に耳かきサロンと言うところで働いている人が居て、耳かきは優しくすることや道具の使い分け、それと耳の溝も拭くとスッキリするなど教えてもらったのだ


酷い時はピンセットも使ったりするらしいけど、それはひどかったらまた出せばいいかな



「動かないでねー」


「< は い っ ! >」



なんか魔力出た


亜人は耳や羽根、尻尾や角、お腹や足を触るのは駄目という風習があったりする


まぁ治療ではどんな場所でも関係ないが・・・


ヨーコの耳は耳の先が少し尖っている


エシャロットやビーツのような動物に近い耳や尻尾もそうだけど、自分にないのって少し珍しく思ってしまう


髪の毛を横にずらして、耳の穴を見る


耳かきをウェットティッシュで拭ってから始める、こういう道具の洗浄も現代医療的に大事らしい



コリッ・・コリッ・・・


「んっ」



最悪の場合、おばあさんみたいに豆のような汚れが固まっているんじゃないかと思ったけどそんなこともなく結構綺麗だった



「痛かったら言ってね」


「痛くしても、治してくれますでしょう?・・んんっ」


「うん、治すよ、大丈夫?」



コス・・コス・・・


「んっ・・んんっ・・・・んあっ・・・・・」



痛くないようにしてるけど、慣れていないのかヨーコは変な声が漏れ出ていて身体がピク動いている



「少し、くすぐったいですわ」


「もうすこしだからね・・・梵天いれるよ」


「ぼんて・・ひゃ・・・あ、あ・・・やめ、やめてくださいまし・・・・」



ささっと済ませたのだけどヨーコは体を丸めて、拳を握っている


身体に力が入っているし、少しだけ休憩



「痛かった?」


「い、いえ?なんですのそれは?」


「梵天って言って、最後の仕上げかな・・・はい反対側もー」


「きょ、凶悪な形をしてますわね」


「そうかな?」



このたんぽぽの丸い毛のような道具、不思議なことに、地球の神様の話に梵天という名称が何度も出てくる



「ん・・・」



僕の勉強の時間、国語、算数、社会、宗教、道徳、魔法を教わる時間に習った



「んん・・あっ・・・・」



国語と算数は日常生活で大切だけど、宗教も大事だ


レアナー教もこちらになかった宗教だし、レアナー教の慣習を知ってもらうとして、その慣習が他の宗教にとって最大の禁忌だとすれば受け入れられはしない


他の宗教との接触のためにもやはりきちんと学んだほうが良い



「ふぅっ・・・・んっ・・・・」



梵というのはヒンドゥー教・仏教・バラモン教に深く関わるもので広大な宇宙の行動原理の一つだそうだ


そして天という言葉は古くは神を指す言葉である


深くはまだ学んでないしまだまだわからないことばかりではある


他の宗教のことを学ぶ意味があるのかはわからないけど、学んでおいて損なことはないだろう・・・なんで耳かきにそんなすごい名前が付いてるかは分からないが



「そんなにくすぐったいかな?後は梵天で仕上げるね」


「それはいっ、いい・・・」



くたっとしたヨーコだけど最後にウェットティッシュで耳の溝をふいておく、耳の裏まできっちりと



「つめたっ、い、ですわ」


「何やってんのよ?」



はるねーちゃんが入ってきた



「耳かきー」


「そう、洋介もする?」


「うん」



僕もしてもらった


はるねーちゃんの膝に頭をのせてしてもらう



「あんた、なにこれ?」



がさがさ大きな音がしたと思ったらまさか血の固まった塊があんなに入っていたとは・・・


かなりすっきりした・・聞こえすぎてキンキンする



「何してるんですか?」


「耳かきよ」



黒葉も来た


なぜかはるねーちゃんは黒葉に耳かきしてもらい、黒葉はせーちゃんを耳かきした


耳の汚れが一番凄かったのはルールだった

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