第376話 憧れの先生


子供を虐待する親を毒親とか言うらしい



私の両親は酷い人間で、私も酷い人間だった



ピアスに染めた髪、賭け事をずっとしていて部屋にはゴミばかり、私を痛めつけては笑う本物の鬼だった


ダーツの的にされたり、缶詰を投げつけられたことがある


中身の入った缶詰は本当に、本当に痛かった



私自身も万引きをしないと食べていけなかった



ある日、万引きに失敗した



「なんてことするんだっ!?このクズ!!死んで詫びろ!!」



店のバックヤードで何度も殴られた


座っていた椅子から派手に転げ落ちる



「うっ・・」


「子供になんてことするんですか?!」


「これは躾だ!!お宅の物を盗もうとしたんだ、こいつの!盗み癖を!治すためには!!必要!なんだ!!!」



何度も殴られ意識が飛びそうになる


何度かこのまま意識を失ったこともある



「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


「店の人に謝る気あんのか!!おるぁっ!!!」



見せかけの殴り方ではなくこいつ自身本気で殴っている


だけど文句は言えない


文句なんて言おうものならもっと殴られる



「あぐっ!?」


「もういいから、さっさと帰ってくれ!!」


「ありがとうございます、お前も店の人にちゃんと謝れ!」


「ごめ、なさい」



今日は血尿だろう


外に出ると殴られた場所が夜風にあたって心地よい



「ぺっ」


カツッ



ぐらついていた歯が抜けた



「成果は?」


「ん」


「しけてんなぁ」



腹巻きに隠した小さな焼鳥のタレを渡した


この男の指示で万引きをして、失敗するとこれだ



ある時、母の浮気で弁護士がいた


私は母の連れ子だった



その時の弁護士さんが康介さんだ



たしかに母は浮気していた


だけど父も浮気していた



「あんたが悪いのよ!このクズ!」


「あん!?何いってんだよ!お前こそ浮気しといて何だ、その口の聞き方は!!」



両親の怒声の中、コップの割れる音がやけに耳に残った


何度目かの話し合いで事務所にいた


弁護士のおっさんは会うたびに菓子をくれた


ロリコンクソ野郎かと思ったが食い物に罪はない


話し合いをするために初めてきた事務所の奥の部屋はいつものゴミまみれの家と違って綺麗だった



「ごめんね、話し合いが終わるまではここにいてね、好きにお菓子を食べていいよ」


「・・・」


「あ、誕生日おめでとう、お父さんたちには秘密ね」


「ちっ、そんな子供じゃねぇよ」



いちごのショートケーキ、お誕生日おめでとうと書いている


私のために買ってくれた初めてのケーキに胸が高まった



誕生日って今日なのか?知らなかった



菓子を全部食べ終え、ケーキを全部食べて袋のクリームも舐め取る


初めて食べたけど白いふわふわにいちごがすげー美味いのな


絵本なんかもおいてあったけど子供じゃないし興味ない


私はそっちの部屋から出てきちゃいけないと言われたのに話を聞きに行ってしまった


白い床の建物、声が薄っすらと漏れるドアをゆっくりと開けて



「ではお子さんの親権についてですが・・」



「俺はいらねぇ、養育費も期待できねぇしな」


「私だってあんな子いらないわよ!」


ギィー・・カタン


「えっ」


「ちょうどよかったわ、絵美、お父さんと居たいわよね?」


「何いってんだお前の子だろ?!」



「村田さん!お子さんに何言ってるんですか!?」



・・・何も考えられなかった



「弁護士先生は黙ってください!こんな子産まなきゃ私は幸せになれたんだ!こいつが子供好きで一緒に育てるっていうから結婚したのに!働きもしないで嘘ばっかり!」


「だからって俺の子じゃねぇのに引き取るわけ無いだろクソ女!」



何を言ってるのか、何が起こっているのかわからなかった


嬉しくもなく、悲しくもなく、ただただ何もない



「ごめんね、こんな事にならないようにもっと配慮するべきだった」



いつの間にか弁護士の先生に抱きしめられていた



その後、二人は何度も喧嘩して包丁で刺したりして死んでしまった



全く悲しくはない



親戚はいない


施設に預けられ、生活していたらしい


全く覚えていない


最後に先生を見たのは最後に先生が来た日


それまで色々ボーッとする私に声をかけてくれていた・・と思う


ふと気になって、施設に来ていた先生を追ってまたドアを少し開けて話を聞いた



「元杉さん、寄付をどうもありがとうございます」


「いえ」


「また来てくださっても良いんですよ?」


「これ以上私があの子の近くにいるとあの子のために良くないでしょう・・・絵美ちゃんのことをよろしくお願いします」



何を言ってるかわからなかった


ただ、先生が部屋を出る時に目があって、ものすごく悲しい顔をしていた



「本当に、本当にごめん、俺のせいで、こんな事になってしまってっ!!」



先生が居なくなって、ただ、先生のことを考えてしまう


母親によって金色に染められた髪がいつの間にか黒になった頃、私は私の心を取り戻した


先生の仕事は弁護士、弁護士は人を助ける仕事だ


あの人のお陰でご飯も食べれるし、怯えずに生きれるようになった


ずっとあの人のことを考え、胸が熱くなってしまう


ドキドキして、ずっと考えてしまっていた


あんな人間になりたい


少しでも近づきたいと施設の名前の入ったヨレヨレのノートや教科書を使って勉強した



クソな父親だったが一つ感謝したいことがある



万引きがバレるたびに私をボコボコにすることで警察沙汰にならなかった、だから私は法的に潔白だ


・・・・・店側も関わりたくなかったんだろうな


色々わかる歳になって覚えている限り全ての店で頭を下げた


罵られることも、邪険に追い出されることもあったけど、私の万引きの動機に涙を流して謝罪を受け入れてくれた店もある



お陰で弁護士になる第一歩を歩むことが出来る

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る